師匠(師、メンター)を見つける

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1.師匠が必要な理由

「師匠のもとで学ぶ」
昔から言われていることです。
職人の世界だってそうです。
優秀な料理人は、何年も、長い場合だと何十年も、師匠のもとで学んでいます。
教師と言えども、例外ではありません。
自分にとって「師匠」と呼べる存在が必要です。
「師」や「尊敬する人」と呼ぶこともあるでしょう。
最近では、「メンター」とも呼ばれます。
正確にはそれぞれ微妙な意味の違いがあるのでしょうが、ここではひとくくりにします。
中学校教師の場合、「師匠」を誰にするのか?
とても重要な問題です。

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2.師匠のイメージ

私の考える師匠のイメージです。
・壁にぶち当たった時に、適切なヒントを与えてくれる。
・そのヒントは、「具体的な解決法」でない場合が多い。
・自分の良い部分を引き出してくれるヒントを出してくれる。
・多くの人が笑顔で集まる。
・性格的に難しい人ではない(安定している)。
・以前に苦労したことがあるが、それを乗り越えて現在は極めて充実している。
・同じ中学校(同じ都道府県)に所属している必要はない。
・完璧な人ではない。
・教師である必要はない。
・身近である必要はない。

よくある過ちを説明しましょう。
例えば、若い先生が「生徒指導のできる先生」を師匠と決めてしまう場合です。
それはそれでよいのですが、すべての部分をその先生から学ぶことができるか、なのです。
以前に、「生徒指導のできる先生」を師匠のように慕っている若手の先生(=A先生とします)がいました。
しばらく経つとA先生は、「顔つきの厳しい、周りの先生に優しくない」先生に変わっていきました。
理由は簡単です。
師匠のように慕っていた「生徒指導のできる先生」が、そのような先生だったからです。
「生徒指導のできる先生」が悪いということではありません。
その先生から、すべてを学ぼうとしたA先生に課題があったのです。
生徒指導のプロであっても、「教師同士の人間関係」や「他の教師への指導」はプロではなかったのです。
これは「生徒指導のできる先生」を師匠とする場合の話ではありません。
「授業のできる先生」だってそうです。
授業のプロではあっても、、「教師同士の人間関係」や「他の教師への指導」はプロではないのです。
部分的には学んでも、すべてを学んではいけない場合の方が多いのです。
「技術を学ぶことがあっても、思想は学ばない」と言うこともできるでしょう。
そのような人を師匠にすべきではありません。
「師匠」呼べる人を探さなくてはいけません。
「そんな人、近くにはいない」
「出会ったことがない」
という声が聞こえてきそうです。
そういう場合は、
「応援しているアーティスト」や「歴史上の人物」「架空の人物」
でもよいでしょう。
話したことがない人物でも、このひとなら、「どのようにアドバイスしてくれるだろう」「どのような声をかけてくれるだろう」と、想像できればよいのです。
また、「自分で探しに行く」という方法もあります。
これも、以前から何度も記事にしていますが、
「セミナーや研修会に出席する」
こともおススメします。

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