「ありがとう」と言われることをする

「人に喜ばれることをしたいのですが、具体的にどのようにすればよいのか分からないんです。そういう感覚に疎いので・・・。実際に良かれと思ってやってみても、あまり嬉しそうにされなかったり・・・」
年配の先生が話していたことです。
「人に喜ばれることをする」
難しいことだと私は思っています。
意識せずにいつも「人に喜ばれている」先生は、才能があるのでしょう。
さて、その年配の先生に伝えたことを少しだけ書きました。

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「そんなに気負わなくても、ありがとう、と言われることをすればいい
ということです。
「人に喜ばれることをする」と「ありがとうと言われることをする」は、一緒ではないのか?
この先生にとっては、一緒ではなかったのです。
いや、私にとっても一緒ではありません。
「人に喜ばれること」>「ありがとうと言われること」
というようなイメージでしょうか。
私は言語学者ではありませんので、あくまでイメージです。
「人に喜ばれる」というと、大袈裟になってしまうのです。
ハードルが高いのです。
「ありがとうと言われること」は、ハードルが低く感じられるのです。
「ありがとうと言われることなら、できるようになりました」
と後日言ってもらえました。
例えば、
・校舎のゴミ拾いをする。
・「よかったらどうぞ」と、HRのプリントを渡す。
・「誰か」の「何か」を手伝う。
・「ついで」に「何か」をする。
・(知り合いの店で)買い物をする。
などです。
ただし注意点があります。
決して見返りを期待してはいけません。
「やってあげたのに」となるなら、やらない方がましです。
それは、「おせっかい」「大きなお世話」ですからね。
何のために「ありがとう」と言われることをしようとしているのか、考えなければなりません。