自分をもつことは、他人からの批判や指摘に無神経になることではない

以前に、「自分をもっている先生は、明るい未来を手に入れる」で自分をもつことについて記事にしました。
説明を加えます。
自分をもつことは、他人からの批判や指摘に無神経になることではありません。
次のような先生がいたら、諭してあげてください。

ある初任者の話です。
その初任者が嫌いな先生(以降、A先生)から、授業の方法について、
「○○した方がいいと思うけど、どう思いますか?」
と指摘を受けた時のことです。
信念、自分をもつ
– 2015 / 02 / 15 in Kyoto – 春が近づいています。

初任者は、急に不機嫌な態度になり、
「そうは思いません。私は、○○と思ってやっています」
と答えたのです。
嫌いな先生に言われたことで、「反抗モード」にスイッチが入ってしまったのです。
A先生の言った内容はそっちのけです。
私はビックリしました。
指摘してもらっているのですから、たとえ嫌いな先生であっても、「ありがとうございます」と言えるのが大人であり社会人です。

こんなことで機嫌を損ねて自分の主義主張をするようであれば、それは単なる子どもであり、単なるワガママ

です。
「確固たる自分」がないから、過剰に反応したり、過剰に自分を守ってしまうのです。
機嫌が悪くなるのは、その1つの表れでしょう。

逆に批判や指摘を受け入れることは、自分をもつことにつながるのです。
主義主張をしなくていい時に過度な主義主張をしてしまうのは、「自分に自信がない」と言っているようなものです。
そもそも自分をもつことを主義主張をする機会など、1年間でそうそうありませんよ。

また、受け入れるとは、批判されたことや指摘されたことを、そのままそれが正しいと理解することではありません。
先の初任者の場合、もし自分が納得できないことであれば、A先生に説明してもらえばいいのです。
説明された内容が理解できないことなら、「ありがとうございました」と、さっと話を切り上げればいいのです。
その説明がもっともなことであれば、素直に謙虚に改善すればいいだけのことです。
それが、受け入れるということです。

~嫌いな先生に、痛いところを指摘される~
確かに腹が立つことかもしれません。
腹が立つ気持ちは、否定しません。
そういう気持ちになることは私もありますから。
自然に起こる感情ですから、無理になくそうとする必要もありません。
しかし、その腹が立っているという気持ちをそのまま相手にぶつけてしまうことは、間違いなのです。

生徒指導の場合を考えてください。
ある生徒が嫌いな先生から注意された。
それで、逆ギレして、反抗した・・・。
これと、同じですよ。
生徒なら発達過程上、あっていいことですけどね・・・。

他人からの批判や指摘を、

言っている人ではなく、内容そのものに焦点を当てて受け入れることができる・・・自分をもっているとは、そういうことも不可欠な要素

なのです。


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