子どもの幸せのために、世界の平和のために、これからも私は働く

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(この記事はイキって、関西弁で書きます。いや、書くで。なんてったって、大阪のおっさん先生やからな。中学校のおっさん先生が好き勝手にえらそーに書いてる記事やから、読んでくれたとしても、読み飛ばしてや。めっちゃ長いで。しかも、言いたいことは1つだけや。あと、できればこの記事は夜に読んでくれよな。月曜の朝一にこんな暑苦しい記事はオエってなるで。気をつけや。)

節目なんで、思い切ったタイトルにした。
このご時世にあえて、「子どもの幸せのため」と入れた。
理由は簡単や。
私は、誰に何を言われようが、教師として、そう在りたいんや。
そう在りたいねん!
この思いがなくなったら、教師を辞めるくらいのいきおいや。
ただ、「子どもの幸せのために仕事はする」けど、いろんなことの最終的な判断基準は「子どものために」ではないから、注意してくれ。
その辺のところは、2014年6月の記事「「子どものため」を判断基準にしないに書いてるから、もし興味あったら見といてや。

あと、「世界の平和のために」って入れたのは、人としてそう在りたいからや。
ところが、世間の風潮として、真剣に「世界の平和のために」っていうと、嘲笑される場合もある。
「お前、何言うとんねん(笑)」ってな。
そんな風潮くそくそくそくらえや。
これも、誰が何と言おうと、考えを変えるつもりはない。
私はそんなめんどくさいおっさん先生や。
中学生にも思いっきり伝えるで。
「先生は、世界の平和を心から願っている」ってな。
で、次の言葉も付け加える。
「世界の平和のためには、一番近くにいる人を幸せにすることが、もっとも大切で尊いことや」ってな。
「一番近くにいる人」ってのは、もちろん家族や。
で、
「二番目がみんなや」ってな。
家族の幸せなしに、担任する子どもの幸せも、世界の平和もない。
中学3年生にもなったら、それくらい理解できるわ。

世間の風潮については、オルテガの「大衆の反逆」を騙されたと思って読んでくれ。
ちなみに、「高貴な人」はいい例として、「大衆」は、よくない例として使われているからな。

さて、この5年間、私は先生として、エネルギーが出ず、完全に守りに入っていた。
経験だけは長いので、それなりに無難にこなしてはきたが、モヤモヤ感はあった。
このままじゃ、後悔するって思いながらも。

それでや。
最近の記事にも書いたけど、1週間前、校長先生より、次年度の体制について説明を受けた。
ちなみに私は、校長先生には恵まれてきた。
ほんまに恵まれきた。
周りの先生にも恵まれてきた。
ラッキーすぎる17年間やった。
おっと、話がそれた。
次年度、私は担任ができる。
しかも、中学3年生や。
しかも、進路指導主事つきや。
もう、5年前に飽き飽きしてお腹一杯やってんけど、校長先生の言い方が素敵でめっちゃやる気が出ている。
ちなみに私は17年間でいろんな立場を経験してきた。
ここでは細かく言えないが、現場も離れたこともある(大学ではない)。
今、そんな経験がつながってきている。
でや、やる気を持続するのは難しいことも分かってる。
毎日ブログ書くって言って、過去何回も書けなくなったこともあるしな。
で、宣言しておいて、できなくなったら、その記事の書いている部分を消したりして。
ほんま、小さい人間や。
でけへんかったら、でけへんってブログに書いたらええのにな。
ほんま、かっこつけとったわ。
あー、あほらし。

で、進路指導主事という仕事な。
ほんまは、めんどくさいねん。
前にやったとき、自慢やけど、独りよがりかもしれへんけど、結構な成功体験で終わってるから、そのまま終わりたかったんや。
だってそうやで。
進路指導主事なんて、やること決まってて、仕事の95%を占める部分は、
「いかに正確な数字やデータを資料として出すか」や。
間違ったら、一気に信頼なくなるしな。
3年後、5年後、この部分については、AIがやってくれると思ってる。
いや、やってくれ。
私が無料で仕様書を作るから、誰かプログラム組んでくれ。
まあ、とにかく正確さが必要や。
これは、ほんまに「集中力」との勝負や。
考えるだけで、オエってなるわ。
でも、私はやる気満々や。
また、話がそれた。
ポイントは、残り5%の部分や。
この部分が、「進路指導主事の在り方」が問われるところや。
言わずもがな、「進路指導」は「進学指導」と違う。
生徒のこれからのキャリアのヒントとなることを、中学校の教師として考えることになる。
義務教育の最後の年や。
責任重大や。
この記事の最後に、ちょっとだけ関係していること書いといた。

さて、担任業について説明するで。
これは究極、「どんな先生が、いい先生」かってことと教師自身が向き合うことや。
「俺についてこい!正しいから」みたいに、十把一絡げでしか生徒を 見られない先生は、もう終わってるってことや。
で、次の時代は、
「一人ひとりの生徒の声を聴ける先生」かつ
「一人ひとりに合わせて、対話できる先生」や。
今私が目指しているところや。
当たり前って言われるかもしれんけどな。
そんなん、しゃーないやろ。
失敗たくさんしてきた私にとっては、当たり前でない時があってんから、しゃーないわ。
あと、これも大事な事やから言っとくで。
人によって、当たり前と思っていること、正しいことは違うんや。
そんなことも当たり前って?
知らんがな。
私はこれに気づくまで、いや、理解するまでに数十年かかっとんねん。
許せや。

で、この記事で一番言いたいこと。
私は、中学校の先生として、次のように在りたいんや。
子どもを信じきるってことや
何があっても信じ切るってことや
綺麗ごとって言われようが信じ切るってことや
裏切られても裏切られても信じ切るってことや
それが中学校の先生っていうもんや。

で、思い出したことがある。
ビリギャルのお母さんがインタビューで答えてた時、
「ワクワクすることを自分の力で見つけられる人になってほしい」
そのために、
「親ができることは、子どもを信じぬき、可能性が広がる選択肢を与え続ける」ってな。
全くの同意見やっていうか、うまいこと言ってくれてるわ。

中学生の最大の教育環境は先生自身や。
だから、「中学生にとって、ワクワクさせてくれる大人に先生がなる」ってことや。
だから、子どもの幸せのために、それを追求し続けるんや。

長いのに、最後まで読んでくれて、ありがとな。
ほんまに。
気を悪くした表現あったらごめんやで。

まだまだ寒いから、気ーつけや。

2019/03/31
春野伸一


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