私が「熱意」よりも「思い」で働く理由

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「熱意」よりも「思い」で働く

私は初任者によく使う言葉です。
熱意がダメということではありません。
そもそも比べることでもありませんからね。

辞書的な意味は、
「思い」
心がその対象に向かって働くこと。その内容 。
「熱意」
物事に対する意気込み。熱心な気持ち。

となります。

私が考えるイメージは、
「思い」
主にに対する言葉。
「熱意」
主に物事に対する言葉。
です。

例えば学級経営。
「あの先生は、熱意のある先生ですね」
で意味するところは、「何事も(物事中心)一生懸命やる」イメージです。
また、
「私は熱意だけは誰にも負けません。」
という使い方をします。
自分中心の言葉となりがちです。
対象となる物事のことを、あまり考えていないようなイメージです。
どこか、生徒を置き去りにしている感じがします。

それに対して、「思い」は、
「○○さんへの思い」という使い方をします。
一人ひとりの生徒に焦点を当てた言葉だと言えるでしょう。
「○○さんへの思い」はしっくりきますが、 「○○さんへの熱意」では、少し違和感を感じますよね。

「熱意」と「思い」、どちらも必要な資質ですが、似て非なるものです。

相手は中学生。
一筋縄ではいきません。
小手先のテクニックはすぐに見破られます。
どれだけ真剣に生徒一人ひとりのことを考えたのか。
思いを馳せたのか。

「そこまで俺(私)のことを見てくれてたんや」
そんな思いを中学生は感じるものです。
そこに、方法や技術、熱意を超える何かがあるのだと思います。

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