発問と質問の違いと発問の基本

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授業中、教師は多くのことを生徒に尋ねます。
「これは何ですか」
「昨日学習した公式は何でしたか」
「なぜ、このような結果になったのでしょう」
「あなたなら、どちらを選びますか」
「その根拠はどこにありますか」
どれも、生徒に問いかけているという意味では同じです。
しかし、授業づくりでは昔から「質問」と「発問」を分けて考えてきました。
この違いを理解しておくことには意味があります。
ただし、最初に一つ確認しておきたいことがあります。
質問が悪く、発問がよいわけではありません。
授業には、確認するための質問も必要です。
思い出させる質問も必要です。
そして、生徒を立ち止まらせ、考えさせる発問も必要です。
大切なのは、教師が、
「今、何のためにこの問いを投げかけているのか」
を理解していることです。

発問と質問の違い

文部科学省の「補習授業校教師のためのワンポイントアドバイス集」では、質問について「本文を見れば分かるもの」、発問について「思考・認識過程を経るもの」という整理が示されています。
大まかに言えば、「質問」は知識や事実を確認する問い、「発問」は生徒の思考を働かせるための問いと捉えることができます。
例えば、
「日本国憲法が施行されたのは何年ですか」
と尋ねます。
これは、知識を覚えていれば答えられます。
教科書や資料から探すこともできます。
一方、
「なぜ日本国憲法では基本的人権が保障されているのでしょう」
と尋ねれば、言葉を一つ思い出すだけでは答えられません。
既習事項や資料を結び付け、自分なりに考え、根拠を整理する必要があります。
ここに大きな違いがあります。
ただし、質問と発問を完全に二分できるわけではありません。
同じ問いであっても、生徒の発達段階、既習事項、授業の文脈によって、単なる確認になることもあれば、思考を促す問いになることもあります。
大切なのは、言葉の分類そのものではありません。
その問いによって、生徒にどのような思考をさせたいのかを教師が明確にしていることです。

「答えが一つかどうか」では決まらない

発問と質問の違いを、「答えが一つなら質問、答えが複数なら発問」と説明することがあります。
しかし、この区別だけでは十分ではありません。
答えの数だけで、質問と発問を分けることはできません。
例えば数学で、
「この解き方のどこが間違っていますか」
と問うとします。
最終的に見つけてほしい誤りは一つかもしれません。
しかし、生徒は式を読み、既習事項と照合し、どこで論理が崩れているのかを考える必要があります。
十分に思考を伴う発問になります。
反対に、
「この物語を読んで、自由に思ったことは何ですか」
と尋ねれば、答えはいくつも出てきます。
しかし、授業の目標や教材の内容と結び付いていなければ、感想を集めるだけで終わる可能性があります。
したがって重要なのは、
答えが一つか複数かではなく、生徒にどのような思考を求めているか
という点です。

質問も授業には必要

質問を減らせば、よい授業になるわけではありません。
例えば授業の導入で、
「前回、何を学習しましたか」
「この人物は誰ですか」
「この記号を何と読みますか」
「この資料は何年のものですか」
と確認することには意味があります。
既習事項を思い出させたり、これから考えるための共通の土台をつくったりできるからです。
いきなり難しい発問を出しても、生徒が考えるための材料を持っていなければ思考は進みません。
授業では、
質問

確認

情報・体験

発問

思考

対話

再考
という流れになることもあります。
質問と発問は対立するものではありません。
発問に向かうための質問があります。
目的に応じて使い分けることが大切です。

良い発問は「何を考えるか」が明確

発問というと、
「なぜですか」
「どう思いますか」
を使えばよいと思ってしまうことがあります。
しかし、それだけでは十分ではありません。
例えば、
「なぜ、このようになったのでしょう」
と突然聞かれても、生徒には、
何について考えるのか。
どこを見ればよいのか。
何を根拠にすればよいのか。
が分からないことがあります。
良い発問には、
・何を問うているのかが明確
・言葉が簡潔
・生徒に伝わる言葉を使っている
・授業の目標につながっている
・考えるための材料がある
といった特徴があります。
発問は難しく言えばよいものではありません。
問いは短く、思考は深く。
これを意識したいところです。

「根拠」を求める発問

授業で使いやすい問い返しの一つが、
「なぜそう考えましたか」
です。
例えば、
「AとBのどちらだと思いますか」
だけなら、勘でも答えることができます。
そこで、
「どちらだと思いますか。根拠になる部分を一つ見つけてください」
とします。
すると、
選ぶ

資料を見る

根拠を探す

考えを説明する
という学習になります。
「正解はどれですか」だけではなく、
「何を根拠にそう考えたのですか」
と問うことで、生徒の思考を一段深めることができます。

「なぜ」だけが発問ではない

良い発問は「なぜ」だけではありません。
例えば、次のような問いがあります。
「どこが変わりましたか」
「二つを比べると何が違いますか」
「共通していることは何ですか」
「どちらに近いと思いますか」
「この資料から言えることと言えないことは何ですか」
「もし条件を一つ変えたらどうなりますか」
「この考えに反対するとしたら、どのような理由がありますか」
「別の方法で説明できますか」
生徒の実態によっては、
「なぜ」
という抽象度の高い問いより、
「どこを見ましたか」
「何と何を比べましたか」
と具体化した方が考えやすいこともあります。
発問は教師が難しいことを言うためのものではありません。
生徒が考え始めるための言葉です。

主発問を絞る

授業を考えていると、たくさんの発問を準備したくなります。
しかし、一時間の授業で本当に生徒に考えてほしいことは、それほど多くありません。
まず、
「今日、生徒に一番考えてほしいことは何か」
を明確にします。
そして、その中心となる発問を一つ、あるいは少数に絞ります。
その発問にたどり着くために、資料、活動、質問、説明などを組み立てます。
現在の学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」の実現が求められています。
深い学びとは、単に話し合い活動を増やすことではありません。
知識を相互に関連付けたり、情報を精査して考えを形成したり、問題を見いだして解決策を考えたりすることが重要です。
そのためにも、
一つの問いから、生徒の思考が動くこと
を大切にしたいところです。

発問した瞬間に挙手させない

発問そのものがよくても、その後の進め方によっては、生徒が十分に考えないまま授業が進んでしまいます。
教師が発問します。
すぐに、
「分かる人」
と聞きます。
数人が手を挙げます。
その中から一人を指名します。
正解が出ます。
教師が、
「そのとおりです」
と言って次へ進みます。
これでは、「全員に発問した」ように見えても、実際に十分考えたのは数人だけということがあります。
発問したら、まず考える時間をつくります。
ノートに書かせてもよいです。
資料を見直させてもよいです。
一人で考えさせてもよいです。
授業技術については、発問、指示、説明など、教師の働きかけを区別して考えることが以前から重視されてきました。
『授業名人の教育語録』でも、「発問・板書」「指示」「話し方・聞き方指導」などが授業技術として整理されています。
発問をしただけで、生徒が考えたことにはなりません。
考えるための時間を保障することまで含めて授業を設計する必要があります。

「待つ」ことも授業技術

発問したあとに沈黙が生まれると、教師は不安になります。
そこで、
「分からないですか」
「ヒントを言いましょうか」
「つまりですね……」
とすぐに話し始めてしまうことがあります。
しかし、生徒は考えている途中かもしれません。
簡単な確認なら、すぐに答えられます。
一方、比較したり、理由を考えたり、資料から根拠を探したりする問いには時間が必要です。
問いによっては、十秒、三十秒、一分、あるいはそれ以上必要になることもあります。
大切なのは、
問いの難しさに応じた思考時間を保障することです。
教師が沈黙に耐えられず話し続ければ、生徒が自分で考える時間を奪ってしまいます。

発問と指示を分ける

教師がしてしまいがちなのが、
「これについてどう思いますか。近くの人と相談して、理由も考えて、三つくらい出して、終わった人はノートにまとめてください」
という長い問いかけです。
これでは、
何を考えるのか。
何をするのか。
が混ざっています。
例えば、
発問
「AとBでは、どちらの考えに賛成ですか。」
指示
「まず一人で理由を一つノートに書きます。」
と分けます。
その後、
「書いた理由を二人で比べます。」
と次の指示を出します。
発問と指示を分けることで、生徒は何を考え、何をすればよいのかを理解しやすくなります。
「考えること」と「行動すること」を分けて伝えることが大切です。

一人の答えで終わらせない

教師が発問します。
Aさんが答えます。
教師が、
「正解です」
と言います。
これで終わると、教師とAさんだけのやり取りになります。
そこで、
「今の考えと同じ人はいますか」
「少し違う人はいますか」
「Aさんの考えに付け加えられますか」
「別の資料を根拠にした人はいますか」
「今の意見を聞いて、考えが変わった人はいますか」
と教室全体へ戻します。
一つの発言を次の思考につなげます。
教師と一人の生徒の一問一答ではなく、生徒同士の考えがつながっていく授業を目指します。
教師と生徒のやり取りから、教室全体の思考へ広げることが大切です。

生徒指導の視点から発問を考える

発問は、教科内容だけの問題ではありません。
誰が発言できるのか。
間違えても大丈夫なのか。
違う意見を言えるのか。
考えを途中で変えてもよいのか。
こうした教室の雰囲気とも深く関係しています。
『生徒指導提要』では、生徒指導を、問題が起きた後に対応するものだけではなく、児童生徒の発達を支える教育活動として捉えています。
また、生徒指導と教科の指導を一体的に進めることも重視されています。
つまり、
「発問したから主体的な授業になった」
とは言えません。
発問に対して、
「間違ったら恥ずかしい」
「先生の求める答えを当てなければならない」
「早く答えた人だけが活躍する」
という教室であれば、生徒は考えるよりも教師の顔色を読むようになります。
良い発問を生かすためには、
安心して考え、間違い、言い直せる教室
が必要です。
授業づくりと生徒指導は別々のものではありません。
授業そのものが、生徒指導の重要な場です。

「教師が求める答え当て」にしない

発問には注意すべき点もあります。
教師は、授業をする前に教材研究をしています。
当然、授業で扱いたい内容や学ばせたいことを持っています。
そのため、
「どう思いますか」
と聞きながら、実際には教師が準備した答え以外を認めない授業になってしまうことがあります。
生徒はそれを敏感に感じ取ります。
「あ、先生が言ってほしい答えがあるんだな」
と考えるようになります。
すると、自分が本当に考えたことではなく、
教師が求めている答えを探す授業
になってしまいます。
もちろん、教科には正誤があります。
教師が正確に教える必要がある内容もあります。
何でも自由な意見として扱えばよいわけではありません。
その一方で、
「根拠があれば異なる考えも検討する」
「途中で考えを変えてもよい」
「まだ分からないという状態も認める」
という授業はできます。
教師が正解へ誘導することと、生徒の思考を支援することは同じではありません。

教科別に見る発問の具体例

理科

質問
「水の沸点は何度ですか。」
発問
「同じ水なのに、山の上ではなぜ沸騰する温度が変わるのでしょう。」

社会

質問
「日本国憲法が施行されたのは何年ですか。」
発問
「なぜ憲法によって国家の権力を制限する必要があるのでしょう。」

国語

質問
「この場面で主人公はどこにいますか。」
発問
「主人公の気持ちが最も大きく変化したのはどこだと考えますか。本文を根拠に説明してください。」

数学

質問
「この公式は何ですか。」
発問
「二つの解き方のうち、この問題ではどちらの方が使いやすいですか。理由も説明してください。」

道徳

質問
「主人公は最後に何をしましたか。」
発問
「主人公は、本当に相手のためだけにこの行動をしたのでしょうか。」
ここでも重要なのは、
「発問だから複数の正解でなければならない」
ということではありません。
教材や資料を根拠に考え、比較し、判断し、説明する必要がある問いになっているか
という点です。

道徳では「正解当て」に特に注意

道徳の授業では、発問のつくり方に特に注意が必要です。
例えば、
「主人公の行動のどこが素晴らしいですか」
という問いでは、最初から教師が価値判断を示しています。
生徒は、
「先生は主人公を褒めてほしいのだな」
と考えます。
これでは、教師の価値観を確認する授業になりかねません。
例えば、
「主人公はなぜこの行動を選んだのでしょう」
「別の行動を選ぶことはできなかったのでしょうか」
「自分なら同じ行動を選びますか」
「どちらの考えにも納得できるところはありますか」
と問うことができます。
教師が価値を一方的に教え込むのではなく、価値について生徒自身が考え、多面的・多角的に捉えていく授業にすることが重要です。

生徒自身が問いを持つ授業

教師が良い発問をすることは大切です。
しかし、さらに目指したいのは、
生徒自身が問いを持つ授業
です。
「どうしてこうなるのでしょう」
「この場合はどうなるのでしょう」
「本当にそう言えるのでしょうか」
「別の資料ではどうなっているのでしょうか」
と、生徒の側から問いが生まれます。
教師が発問し、生徒が答えるだけで授業が終わるのではありません。
教師の問いによって生徒が考え、
その思考から、
新しい問いが生まれる。
そこまで進めば、学びは教師から与えられるだけのものではなくなります。

生成AI時代に高まる「問い」の価値

生成AIは、多くの質問に短時間で答えることができます。
用語の意味。
人物の略歴。
文章の要約。
例文。
計算方法。
これまで教師が質問し、生徒が知識を答えていた場面の一部は、生成AIでも対応できるようになっています。
だからこそ、
「答えを知っていますか」
だけではなく、
「その答えは妥当ですか」
「何を根拠に判断しますか」
「別の見方はありませんか」
「この回答には何が不足していますか」
「複数の情報を比較すると何が分かりますか」
「あなた自身はどう考えますか」
という問いが重要になります。
生成AIの時代になったから、教師の発問力が必要なくなるのではありません。
むしろ、
簡単に答えが手に入る時代だからこそ、何を問うかの価値が高まります。
教師に求められるのは、答えを知っていることだけではありません。
生徒の思考を動かす問いをつくることです。

明日の授業で確認したい10項目

□1 この問いで、生徒に何を考えさせたいか説明できますか。
□2 質問と発問を目的に応じて使い分けていますか。
□3 発問の言葉は短く、分かりやすくなっていますか。
□4 答えを当てさせるだけの発問になっていませんか。
□5 理由や根拠を考える場面がありますか。
□6 発問後に一人で考える時間がありますか。
□7 すぐに挙手した生徒だけで授業を進めていませんか。
□8 一人の発言を教室全体へ戻していますか。
□9 教師の期待する答えを当てる授業になっていませんか。
□10 授業後、生徒自身に新しい問いが残っていますか。
全部を毎時間実現する必要はありません。
まず一つ変えるところから始めます。
例えば、
発問したあと、すぐに教師が話さない。
それだけでも授業は変わります。
あるいは、
「どう思いますか」
を、
「どちらだと思いますか。根拠を一つ探してください」
に変えてみます。
授業改善は、このような小さな変更から始まります。

発問とは生徒の思考を動かす言葉

教師が話す時間を減らせば、主体的な授業になるわけではありません。
グループ活動を入れれば、対話的な授業になるわけでもありません。
ICTを使えば、個別最適な学びになるわけでもありません。
重要なのは、
生徒が何を考えているかです。
その入口の一つが発問です。
質問で知識を確かめます。
発問で立ち止まります。
一人で考えます。
他者の考えを聞きます。
もう一度考えます。
必要なら考えを変えます。
そして、新しい問いを持ちます。
教師の仕事は、正解を早く言わせることだけではありません。
生徒が、
「そうか」
「でも、本当にそうでしょうか」
「別の考え方もあるのではないでしょうか」
と考え始める瞬間をつくることです。
発問とは、
生徒に答えさせるための言葉ではなく、生徒の思考を動かすための言葉です。
授業づくりでは、この視点を大切にしたいと考えます。

参考資料

文部科学省「補習授業校教師のためのワンポイントアドバイス集」
文部科学省「学習指導要領『生きる力』」
文部科学省「生徒指導提要(令和4年12月)」
文部科学省「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン」
・小沢一仁・重光由加「授業現場における質問と発問の違い―語用論と心理学の視点から―」
・有田和正・野口芳宏・向山洋一『授業名人の教育語録』明治図書

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