教師という仕事をしていると、「もっとできる」と思う場面がたくさんあります。
もう少し教材研究をしたい。
生徒一人ひとりにもっと丁寧に関わりたい。
学級通信も書きたい。
保護者にも丁寧に対応したい。
若手教師の相談にも乗りたい。
校務分掌もしっかりやりたい。
部活動も充実させたい。
研修にも参加したい。
どれも間違ってはいません。
だからこそ難しいのです。
全部、大切に見えます。
そして、まじめな先生ほど、
「自分がもう少し頑張ればできる」
と考えます。
しかし、時間も体力も有限です。
すべてを100%で行おうとすれば、どこかに無理が生じます。
現在、国の学校における働き方改革も、教師個人の「効率化」だけではなく、業務量そのものの適切な管理と教師の健康・福祉の確保を重視する段階に進んでいます。2026年4月からは、教育委員会に業務量管理・健康確保措置実施計画の策定・公表等も義務付けられました。(文部科学省)
教師に必要なのは、
もっと頑張る方法だけではありません。
ときには、
「これはやらない」「ここまでは目指さない」「今は手放す」
と決める力も必要です。
ここでいう「あきらめる」とは、投げ出すことではありません。
限られた時間と力を、本当に大切なものへ使うために、何かを選んで手放すこと
です。
- 1.すべてを100%にすることはできない
- 2.「完璧にすること」と「責任を果たすこと」を分ける
- 3.仕事を「100・80・60・0」に分けてみる
- 4.完璧主義と専門性を混同しない
- 5.「頑張っていること」そのものを目的にしない
- 6.「子どものため」を無限にしない
- 7.やめることを決めなければ、新しいことは始められない
- 8.「昔からやっている」を手放す
- 9.自分でやった方が早い、をあきらめる
- 10.人からどう見られるかを完全には管理できない
- 11.断ることを覚える
- 12.「今日やらなくてもよい」を増やす
- 13.休養を「仕事をしていない時間」と考えない
- 14.失敗しないことをあきらめる
- 15.「あきらめる」「減らす」「休む」「やめる」を分ける
- 16.あきらめてはいけないものを決める
- 17.「あきらめる力」は、大切なものを選ぶ力
- 教師の「あきらめる力」チェックリスト
- 参考資料
1.すべてを100%にすることはできない
教師の仕事には終わりがありません。
教材研究は、時間をかけようと思えばいくらでもできます。
学級通信も、よりよいものを書こうと思えば時間をかけられます。
生徒との面談も、保護者対応も、校務分掌も同じです。
だから、
「全部を十分にやってから帰る」
という基準では、仕事は終わりません。
最初に受け入れたいのは、
すべてを100%にはできない
ということです。
これは能力の問題ではありません。
一人の人間が使える時間と体力に限界があるからです。
できないことを認めるところから、仕事の優先順位を考えられるようになります。
2.「完璧にすること」と「責任を果たすこと」を分ける
教師は責任のある仕事です。
だから、
「手を抜いてはいけない」
と考えます。
その感覚は大切です。
ただし、
責任を果たすことと、すべてを完璧にすることは同じではありません。
例えば、テスト問題なら正確性は非常に重要です。
生徒の安全に関わる確認も丁寧に行う必要があります。
個人情報の扱いも同じです。
一方、
会議資料のレイアウトを何度も修正する。
誰も求めていない掲示物を時間をかけて作り込む。
一度しか使わない資料の見た目を完璧に整える。
そこまで必要でしょうか。
仕事によって、必要な完成度は違います。
全部を同じ100%で扱わないことです。
3.仕事を「100・80・60・0」に分けてみる
一つの考え方として、仕事の完成度を分けます。
100%で行う仕事
安全、人権、成績、個人情報など、間違いが大きな影響につながるもの。
80%程度で十分な仕事
日常的な授業資料、会議資料、校内向け資料など。
60%程度でも進めた方がよい仕事
まず形にして、使いながら改善できるもの。
0%にする仕事
目的が薄いもの、慣例だけで続いているもの、やめても大きな支障がないもの。
もちろん、数字そのものに意味があるわけではありません。
大切なのは、
「すべての仕事に同じ力を使わなくてよい」
と考えることです。
4.完璧主義と専門性を混同しない
「教師として専門性を高めたい」
という気持ちは大切です。
しかし、専門性が高い教師とは、
何でも完璧にできる教師ではありません。
何が重要なのか判断できる。
必要な場面では丁寧に行う。
分からないときは相談する。
専門家につなぐ。
自分ではできないことを認める。
限られた資源を適切に使う。
こうした判断も専門性です。
教師の完全主義とバーンアウトの関連については、日本の小学校教師を対象とした研究も行われています。ただし、完全主義には複数の側面があり、「高い目標を持つこと自体が悪い」と単純化することはできません。(J-STAGE)
高い目標を持つことと、自分に不可能な水準を常に要求することを分ける
必要があります。
5.「頑張っていること」そのものを目的にしない
遅くまで学校に残っている。
休日も仕事をしている。
大量の教材を作っている。
それ自体が教師の価値を示すわけではありません。
見るべきなのは、
その仕事によって何がよくなったか
です。
生徒が分かるようになった。
安心して過ごせるようになった。
教師同士が動きやすくなった。
保護者に必要な情報が届いた。
そうした目的があります。
目的に対して効果が薄ければ、
「こんなに頑張ったのだから」
ではなく、方法を変えて構いません。
努力量ではなく、目的との関係を見る。
これは働き方を考えるうえで重要です。
6.「子どものため」を無限にしない
教師の仕事では、
「子どものために」
という言葉がよく使われます。
とても大切な言葉です。
一方で、この言葉は際限なく仕事を増やすこともできます。
朝早く来れば、子どものためになるかもしれない。
夜遅くまで教材研究すれば、子どものためになるかもしれない。
休日も部活動をすれば、子どものためになるかもしれない。
すべてを続ければ、教師自身が持続できません。
文部科学省も現在、学校における働き方改革を「教師が教師でなければできないことに集中できる環境」をつくる取組として進めています。(文部科学省)
だから、
「子どものためになるか」だけでなく、「学校として持続可能か」
まで考えます。
7.やめることを決めなければ、新しいことは始められない
学校には新しい課題が次々に加わります。
ICT。
生成AI。
不登校支援。
特別支援教育。
教育相談。
情報活用。
新しい学び。
必要なものも多くあります。
しかし、新しい仕事を一つ追加して、古い仕事を一つも減らさなければ、業務は増え続けます。
これは個人でも学校でも同じです。
新しい取組を提案するときには、
「これを始める代わりに、何をやめるか」
までセットで考えます。
スクラップ・アンド・ビルドではなく、
場合によっては、
スクラップしてからビルドする
くらいでもよいと思います。
8.「昔からやっている」を手放す
学校には長く続いている仕事があります。
もちろん、長く続いているからこそ価値のあるものもあります。
一方で、
「昨年度もやったから」
「昔からこうだから」
だけで残っている仕事もあります。
そこで尋ねます。
何のために行っているのか。
誰にどのような価値があるのか。
今も同じ方法が必要なのか。
時間に見合う効果があるのか。
やめたら何が困るのか。
答えられない仕事なら、見直す余地があります。
続けることにも理由が必要です。
9.自分でやった方が早い、をあきらめる
経験を積むと、
「自分でやった方が早い」
という仕事が増えます。
しかし、それを繰り返していると、自分に仕事が集まります。
主任や管理職になれば、なおさらです。
最初は少し時間がかかっても、
任せる。
共有する。
一緒に行う。
手順を残す。
ということが必要です。
一人の有能な教師が大量の仕事を抱える学校は、持続可能な組織とは言えません。
教師のバーンアウトに関する研究では、学校の職場環境や同僚・管理職との関係、情緒的なサポートとの関連も示されています。(J-STAGE)
「私がやらなければ」を減らすことは、組織を弱くするのではなく、むしろ強くすることがあります。
10.人からどう見られるかを完全には管理できない
よい教師と思われたい。
仕事ができると思われたい。
頼りになると思われたい。
そう思うことは自然です。
しかし、他者からの評価を完全に管理することはできません。
早く帰れば、
「熱心ではない」
と思う人がいるかもしれません。
仕事を断れば、
「協力的ではない」
と思う人がいるかもしれません。
新しい提案をすれば、
「面倒なことを始めた」
と思われるかもしれません。
全員から高く評価されることを目標にすると、自分の判断基準を失います。
必要なのは、
「誰にどう思われるか」より、「この判断は目的に照らして適切か」
を考えることです。
11.断ることを覚える
教師は頼まれる仕事が多い職業です。
「これお願いできますか」
と言われると、
「はい」
と言ってしまうことがあります。
もちろん、組織では助け合いが必要です。
しかし、すでに仕事を抱えているなら、
「今この仕事を抱えているので、期限を延ばしていただけますか」
「こちらを優先すると、こちらが難しくなります。どちらを優先しますか」
と相談して構いません。
単純に「できません」と突き放す必要はありません。
自分の業務量を周囲に伝え、優先順位を一緒に決める。
これも仕事の一部です。
教師の援助要請研究でも、教師が周囲へ助けを求めることについて、個人だけでなく学校組織や教師集団全体から考える必要性が指摘されています。(J-STAGE)
12.「今日やらなくてもよい」を増やす
仕事が大量にあると、全部が緊急に見えてきます。
そこで、
今日やる。
今週やる。
今月でよい。
誰かに確認してからやる。
やらない。
に分けます。
特に、
「今日やらなくてもよい仕事を、今日やらない」
ことは意外に難しいものです。
気になってしまうからです。
しかし、全部を前倒しして処理し続けると、仕事に終わりがなくなります。
明日でよいものは明日にする。
それも立派な判断です。
13.休養を「仕事をしていない時間」と考えない
疲れているときに休むことは、仕事から逃げることではありません。
厚生労働省は、疲労を蓄積させないためには、負担を減らすことに加えて睡眠・休養を確保することが必要だとしています。(こころの耳)
また、「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、成人は個人差を踏まえつつ、6時間以上を目安として必要な睡眠時間を確保することが示されています。(厚生労働省)
睡眠を削って教材研究する。
休日をすべて仕事に使う。
それを長期間続けることを、教師としての熱心さの基準にはしたくありません。
休養も、長く働き続けるための条件です。
14.失敗しないことをあきらめる
教師をしていれば、失敗します。
授業が思ったようにいかない。
言葉の選び方を間違える。
会議でうまく説明できない。
準備していたことを忘れる。
大切なのは、
失敗しない教師になることではなく、失敗した後に修正できる教師になること
です。
もちろん、安全や人権に関わる重大な失敗を軽く考えてよいという意味ではありません。
しかし、日々の小さな失敗まで、
「教師としてあってはならない」
と考え続ければ、挑戦することも難しくなります。
振り返る。
謝る。
修正する。
相談する。
次へ生かす。
そこで一区切りにします。
15.「あきらめる」「減らす」「休む」「やめる」を分ける
一口に手放すといっても、いろいろあります。
あきらめる
理想どおりにならないことを受け入れる。
減らす
量や回数を少なくする。
任せる
自分以外の人と分担する。
延期する
今やる必要のないことを後へ回す。
休む
一度仕事から離れる。
やめる
その仕事自体を行わない。
全部同じではありません。
「続けるか、やめるか」
だけで考えず、
仕事との距離を調整する選択肢を増やす
ことが大切です。
16.あきらめてはいけないものを決める
何でもあきらめればよいわけではありません。
むしろ、
あきらめるものを決めるのは、本当に大切なものを守るためです。
例えば、
子どもの安全。
子どもの人権。
教育を受ける権利。
困っている子どもへの支援。
教師としての倫理。
自分や同僚の健康。
こうしたものまで、
「忙しいから仕方がない」
と手放すわけにはいきません。
一方、
完璧な資料。
全員からの高評価。
必要以上に美しい掲示物。
昔から続いているだけの仕事。
自分一人で全部解決すること。
これらは手放せるかもしれません。
何をあきらめないために、何をあきらめるのか。
ここを考えます。
17.「あきらめる力」は、大切なものを選ぶ力
私自身、頑張ることそのものが目的になっていた時期がありました。
長く学校に残る。
仕事をできるだけ完璧にする。
周囲から「よく頑張っている」と思われる。
そんなことに価値を置いていました。
そして、体調を崩して入院したことがあります。
その頃、友人から勧められたのが、諸富祥彦さんの『人生を半分あきらめて生きる』でした。
幻冬舎はこの本を、現実に抗い続けるのではなく、今できることへ意識を向けることを説く本として紹介しています。(幻冬舎)
この本を読んで、私にとって大きかったのは、
「頑張るか、あきらめるか」ではなく、「何をあきらめるかを自分で決めてもよい」
と考えられるようになったことでした。
すべての仕事を完璧にすることをあきらめる。
全員から評価されることをあきらめる。
失敗しない教師になることをあきらめる。
長く働くことで自分の価値を示すことをあきらめる。
その代わりに、
目の前の生徒を見る。
大切な仕事には時間を使う。
失敗したら振り返る。
必要なときには人に頼る。
家へ帰る。
休む。
また次の日に働く。
そうしたことを大切にします。
「あきらめる」という言葉には、どこか後ろ向きな響きがあります。
しかし、
限られた時間の中で、何を大切にするのか決めること
だと考えれば、意味は変わります。
教師は、人に関わる仕事です。
だから仕事を完全には割り切れません。
生徒のことが気になります。
学級のことが気になります。
明日の授業も気になります。
その思いまでなくす必要はありません。
だからこそ、
すべてを背負わない。
教師個人の頑張りだけで学校を支えない。
文部科学省の現在の働き方改革も、教師の努力量を増やすのではなく、業務量管理、健康確保、学校組織の改善を制度として進める方向にあります。(文部科学省)
そして、教師のバーンアウトについても、個人の性格だけではなく、学校の職場環境や周囲からのサポートが関係することが研究されています。(J-STAGE)
だから、
「自分が弱いから仕事を減らす」
ではありません。
自分が大切にしたい教育を長く続けるために、仕事を選ぶ。
それが「あきらめる力」だと思います。
すべてをあきらめる必要はありません。
むしろ、
どうしてもあきらめたくないものを守るために、それ以外の何かを手放す。
まじめな先生、頑張りすぎる先生ほど、そんな選択肢を持っていてほしいと思います。
教師の「あきらめる力」チェックリスト
□ すべての仕事を100%にしようとしていない
□ 安全・人権など絶対に丁寧に扱う仕事を区別している
□ 「80%で十分な仕事」を決めている
□ やらなくてもよい仕事を見つけている
□ 努力量ではなく仕事の目的を見ている
□ 「子どものため」を理由に仕事を無限に増やしていない
□ 新しい仕事を始めるとき、何を減らすか考えている
□ 慣例だけで続いている仕事を見直している
□ 「自分でやった方が早い」を減らしている
□ 他者からの評価を完全に管理しようとしていない
□ 仕事が多いときは周囲へ伝えている
□ 今日やらなくてもよい仕事を明日に回せる
□ 睡眠や休養を仕事より常に後回しにしていない
□ 小さな失敗をいつまでも引きずらない
□ 必要なときに相談できる
□ 自分が本当に大切にしたい仕事が分かっている
□ 「何をあきらめないために、何をあきらめるか」を考えている
全部に○が付く必要はありません。
一つだけでも、
「これは、ここまででいい」
と決められる仕事があれば、そこから始めればよいと思います。
参考資料
・文部科学省「学校における働き方改革について」―教師の業務量の適切な管理、健康・福祉の確保、学校・教師が担う業務の適正化等について掲載。(文部科学省)
・文部科学省「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法等の一部を改正する法律の概要」―2026年4月からの業務量管理・健康確保措置実施計画等について整理。(文部科学省)
・文部科学省「令和6年度公立学校教職員の人事行政状況調査」―精神疾患による病気休職者数や要因、メンタルヘルス対策等を公表。(文部科学省)
・厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」関連資料―成人の睡眠・休養についての基本的な考え方を示しています。(厚生労働省)
・貝川直子「学校組織特性とソーシャルサポートが教師バーンアウトに与える影響」『パーソナリティ研究』―小中学校教師287名を対象に、職場環境、情緒的サポートとバーンアウトとの関連を検討。(J-STAGE)
・酒井麻紀子・松本真理子「教師の援助要請における研究動向と今後の展望」―教師が周囲へ援助を求めることについて国内外の研究をレビュー。(J-STAGE)
・諸富祥彦『人生を半分あきらめて生きる』幻冬舎新書―2012年刊。現実との向き合い方や、自分を追い込みすぎない生き方を扱った書籍。(幻冬舎)

