管理職や主任になると、授業を参観した後にコメントを求められる機会が増える。
研究授業、初任者研修、校内研修、日常の授業参観。
「校長先生、最後に一言お願いします」
「主任からコメントをお願いします」
こんな場面は少なくない。
しかし、授業をすることと、他の教師の授業についてコメントすることは、かなり違う。
自分では授業ができても、人の授業を見て適切な言葉を返すのは難しい。
しかも、管理職や主任の言葉には重みがある。
何気なく言った一言が、その教師の自信につながることもあれば、逆に「もう授業を見せたくない」と思わせてしまうこともある。
授業コメントの目的は、授業者を採点することではない。
授業者が自分の実践を振り返り、「次の授業で一つやってみよう」と思える材料を返すことだと私は考えている。
文部科学省も、学校管理職が学校の教育課題や教員のニーズを踏まえ、定期的な授業観察や指導助言を行いながら、学校組織全体で教員の資質向上を支えることの重要性を示している。(文部科学省)
1.教師より、まず子どもを見る
授業参観というと、どうしても教師を見る。
「説明が長い」
「板書が見やすい」
「発問がよい」
「ICTをうまく使っている」
もちろん、それらも大切だ。
しかし、授業コメントで最初に見るべきものは、教師ではなく子どもだ。
例えば、
- どこで子どもの表情が変わったか
- どの発問で鉛筆が動き始めたか
- どこで手が止まったか
- 誰が参加できていたか
- 誰が参加しにくそうだったか
- 友達の発言によって考えが変わった子はいたか
- 「分かった」と感じた瞬間はどこだったか
を見る。
『生徒指導提要』でも、授業者だけではなく、同僚教員や管理職が授業を観察し、学級の学習の雰囲気や児童生徒の言動などを把握することが示されている。(文部科学省)
教師の技術を論評するより、
「その指導によって、子どもに何が起こったか」
を見る。
これだけで、授業コメントの質はかなり変わる。
2.「感想」ではなく「事実」を返す
あまり役に立たないコメントの典型が、
「いい授業だった」
「子どもたちが楽しそうだった」
「よく工夫されていた」
である。
もちろん、悪い言葉ではない。
しかし、これだけでは授業者は何がよかったのか分からない。
例えば、
「グループ活動が始まってから、普段あまり発言しないAさんが、自分からノートを見せながら説明していた」
「先生が『なぜそう考えたの?』と返したところから、生徒の発言が一語から文章に変わっていった」
「最初は手が止まっていた生徒が、例を一つ示した後、一斉に書き始めた」
と伝える。
これは評価ではない。
観察した事実を授業者へ返している。
事実を返されると、授業者自身が、
「では、あの働きかけには意味があったのだな」
と考えられる。
最近の授業観察研究でも、複数の参観者が観察した事象を共有することで、一人だけでは気付かなかった見方が補完されることが報告されている。(J-STAGE)
3.授業者の「意図」を聞いてからコメントする
授業を見ただけでは分からないことも多い。
だから、いきなり助言しない。
まず聞く。
「今日、一番大切にしたかったことは何ですか」
「この活動を入れた意図を教えてください」
「授業を終えて、自分ではどう感じていますか」
「一番うまくいったと思うところはどこですか」
この数十秒が大切だ。
授業者には授業者なりの意図がある。
その意図を知らずに、
「ここはこうした方がよかった」
と言ってしまうと、的外れなコメントになることがある。
また、本人がすでに気付いている課題を長々と指摘する必要もない。
まず本人の言葉を聞く。
その上でコメントする。
コメントする力以上に、聞く力が必要になる。
4.よかった点は「具体的に」伝える
「よかったです」では足りない。
例えば、
「最初の3分で全員が課題に入れたのがよかったです」
「Bさんへの声掛けがよかったです。あそこでBさんの表情が変わりました」
「間違った答えをすぐ否定せず、『どう考えた?』と聞いたことで、教室に安心して発言できる空気ができていました」
と伝える。
ポイントは、
教師の行動+子どもの変化
で伝えることだ。
「先生が○○した」
だけではなく、
「その結果、子どもが△△した」
まで見る。
これが授業を見る力にもつながる。
5.改善点を全部言わない
授業を見れば、気になるところはいくらでも出てくる。
発問。
指示。
板書。
時間配分。
机間指導。
ICT。
評価。
振り返り。
全部言おうと思えば言える。
しかし、全部言われた教師は、結局何から直せばよいのか分からなくなる。
私は、通常の授業コメントなら、
改善点は一つ、多くても二つ
でよいと考えている。
例えば、
「一つだけ考えてみるなら、活動に入る前の指示です。三つの指示が一度に出ていたので、一つずつ出すと、さらに動きやすくなると思いました」
これなら次の授業で試せる。
コメントの目的は、自分の授業知識を披露することではない。
相手の次の行動につながることだ。
6.「私ならこうする」を言い過ぎない
経験を積んだ教師ほど注意したい。
授業を見ると、
「自分ならこうする」
というアイデアが次々浮かぶ。
しかし、
「私なら最初にこの発問をする」
「私だったらこの教材は使わない」
「私ならここで話合いを入れる」
が続くと、授業者は自分の授業を否定されたように感じる場合がある。
そもそも、
自分ならこうする=正解
ではない。
学級も違う。
教科も違う。
生徒も違う。
教師の個性も違う。
言うなら、
「一つの方法として、こういう方法も考えられそうです」
くらいがよい。
授業改善には複数の道がある。
7.教科が専門外なら、無理に教科内容を語らない
管理職になると、自分の専門教科以外の授業を見ることが圧倒的に増える。
数学教師が英語を見る。
国語教師が理科を見る。
中学校出身者が小学校の授業を見ることもある。
ここで、無理に専門家になろうとしないことだ。
専門外でも見ることができるものは多い。
- 子どもは何を学ぼうとしているか
- 課題を理解しているか
- 考える時間があるか
- 分からない子が置き去りになっていないか
- 子ども同士の考えがつながっているか
- 間違えても安心できるか
- 教師は子どもの反応を見ながら授業を調整しているか
これらは教科を超えて見ることができる。
分からない専門事項については、
「この教科では、ここをどう考えるのですか」
と聞けばよい。
知ったふりをする必要はない。
8.主任と管理職ではコメントの立ち位置を少し変える
主任と管理職では、同じ授業を見ても役割が少し違う。
主任の場合
主任は授業者に比較的近い立場にいる。
そのため、
「次の授業でどうするか」
まで具体的に一緒に考えやすい。
例えば、
「次の時間、導入だけ少し変えてみませんか」
「このワークシート、もう少し書く量を減らすとどうでしょう」
「次、私の授業も見てもらって比べてみましょう」
という伴走型のコメントがしやすい。
管理職の場合
管理職は一時間の授業だけではなく、
学校全体の授業づくり
を見る必要がある。
「この先生のよさを学校全体へどう広げるか」
「学年によって授業の進め方に大きな差がないか」
「学校の研究テーマと実際の授業がつながっているか」
「若手を誰が支えるか」
まで考える。
文部科学省の2025年の指針も、管理職による授業観察・指導助言を、個々の教員だけではなく学校組織全体で資質向上を支える取組として位置付けている。(文部科学省)
9.若手・中堅・ベテランでコメントを変える
同じコメントを全員にする必要はない。
若手教員
まず、
「できていること」
を具体的に返す。
その上で、次に変える一つを示す。
若手教員に毎回10個の課題を渡す必要はない。
「今日はここを残す」
「次はここを一つ変える」
でよい。
中堅教員
答えを渡すだけでなく、問いを返す。
「この活動をもう一度するとしたら、どこを変えますか」
「この生徒の反応をどう見ましたか」
「別の方法があるとしたら何が考えられますか」
自分で授業を分析できる力を育てる。
ベテラン教員
敬意を持って学ぶ。
「この場面で待ったのは、どのような意図ですか」
「若手の先生にもぜひ共有してほしい実践だと思いました」
経験ある教師の授業には、外から見ただけでは分からない判断が隠れていることがある。
その実践知を学校全体へつなぐ視点を持ちたい。
2026年に公表された校内研修の事例研究でも、経験年数や背景によって授業改善の着眼点には違いがあり、同僚との授業観察や助言、振り返りを通して多面的に授業を捉えることが改善につながったと報告されている。(J-STAGE)
10.「ほめる→改善点」だけの型にも注意する
よいところを伝えてから改善点を伝える。
これは基本的には有効だ。
ただし、形式だけにならないようにしたい。
毎回、
「よかったです。でも……」
となると、
授業者は「でも」の後だけを待つようになる。
よかったところは、本当によかったから言う。
改善点は、本当に次につながるから言う。
無理にセットにする必要はない。
また、
- 子どもの安全
- 人権への配慮
- 不適切な言動
- 明らかに必要な合理的配慮
などに関わる問題がある場合は、遠回しにするべきではない。
通常の授業改善の助言と、管理上必要な指導は分けて考える。
11.避けたい授業コメント
次のようなコメントには注意したい。
「私ならこうします」
自分の授業との比較になりやすい。
「もっとテンポよく」
何をどう変えるか分からない。
「子どもが乗っていませんでした」
印象だけで終わっている。
「発問が弱いですね」
何が弱いのか分からない。
「昔はもっと……」
授業改善につながりにくい。
「素晴らしい授業でした」
これだけでは何がよかったのか分からない。
例えば、
「テンポが遅かった」
ではなく、
「指示を出してから活動が始まるまで約40秒ありました。指示を一つに絞ると、もう少し早く動けるかもしれません」
とする。
評価語を、観察した事実へ変える。
これが一つのコツだ。
12.授業を見る10の視点
何を見ればよいか分からない場合は、次の10項目を見るとよい。
- 今日の学習のねらいが子どもに見えているか
- 授業開始後、子どもが学習へ入れているか
- 指示や説明が理解できているか
- 自分で考える時間があるか
- 書く・話す・操作するなど、考えを表現する機会があるか
- 子どもの発言や考えがつながっているか
- 分からない子、参加しにくい子への手立てがあるか
- 間違いや異なる考えを出せる雰囲気があるか
- 教師が子どもの反応を見て授業を調整しているか
- 授業の最後に、何を学んだか確認できているか
特に「静かに座っている=学んでいる」とは限らない。
発言、ノート、表情、活動への参加、友達とのやり取りなど、複数の姿を見ることが必要だ。
13.3分でコメントするときの型
突然コメントを求められたときは、次の型を覚えておくと使いやすい。
①授業者への敬意
「授業を見せていただきありがとうございました」
②子どもの事実
「特に印象に残ったのは、○○の場面での子どもたちの姿です」
③よかった教師の働きかけ
「先生が○○したことで、△△という変化が見られました」
④一つだけ次への視点
「さらに考えるなら、○○のところだと思います」
⑤問いで終える
「先生自身は、あの場面をどのように感じていましたか」
これだけでよい。
長く話す必要はない。
14.授業コメントメモは「3・1・1」でよい
授業を見ながら大量のメモを書く必要もない。
私は、次の形が使いやすいと思う。
事実 3つ
子どもの具体的な姿を書く。
よさ 1つ
授業者に必ず返したい価値を書く。
次 1つ
次の授業で変えられそうな一つを書く。
例えば、
「10時18分、課題提示後ほぼ全員がノートを書き始めた」
「Aさん、班活動で初めて発言」
「Bさん、指示後も何をするか分からず周囲を見ていた」
ここから、
「課題提示が明確だった」
「活動前の指示をもう一段具体化するとよい」
というコメントをつくる。
印象ではなく事実が残っているので、コメントしやすい。
15.最も大切なのは、授業を見せたくなる職員室をつくること
私は、授業コメントの技術以上に大切なことがあると思っている。
それは、
教師が授業を見せても大丈夫だと思える学校にすること
だ。
授業を公開したら欠点を並べられる。
管理職が来ると評価される。
研究授業をすると傷つく。
そんな学校では、教師は授業を閉じるようになる。
逆に、
「見てもらうと、自分では気付かなかった子どもの姿を教えてもらえる」
「一つ次のヒントがもらえる」
と思えれば、授業は開いていく。
校内授業研究についての研究でも、教師同士が授業を見合い、子どもの姿を中心に話し合い、協働して振り返る仕組みが、授業改善と教員の学びにつながることが示されている。(J-STAGE)
管理職や主任のコメントは、単なる「一言」ではない。
その学校の授業文化をつくる。
だからこそ、
「何を言おうか」
だけでなく、
「この先生が、また授業を見せようと思えるコメントになっているか」
を考えたい。
そしてコメントを聞いた教師が職員室を出るとき、
「明日、一つやってみよう」
と思えている。
私は、それがよい授業コメントだと思っている。
参考資料
