先輩教師が初任者の先生に「学び方を指導しなければならない」理由

初任者、指導、学び方、指導法、コツ、後輩教師

「学び方を指導する」

私は初任者の先生と接する時、常に大切にしていることです。
中学校教師
例えば、日々の授業の方法。
「どうしたら、生徒に分かりやすい授業ができるのか」
と初任者に聞かれたら次の3点に分けて答えます。
(1)初任者の授業を見る。その上での改善点を伝える。
(2)「良い授業」についての資料を配布する。
(3)その資料に行き着くまでの方法(学び方)を指導する。
(1)、(2)だけで終了すると、何か問題点や質問があった時に、常に初任者は毎回近くの誰かに指導してもらわなければなりません。
これでは、近くに指導できる教師がいない場合、課題を解決することができません。

(3)を付け足すことで、

初任者は初任者研修が終了した後も、引き続き学び続けていくことができる

のです。
例えば、先ほどの(2)の資料を得るために一般的にすべきことは、
A授業についての本をAmazonで調べる。
B大きな書店や図書館に行き、資料を読みあさる。
Cこれならできそうだと思うものを購入する。または、借りる。
Dそれを調べる過程で、所属している地区以外の達人を知る。
Eその達人の授業を見に行く。できればコンタクトをとる。
F同じくその過程で有益なセミナーや研修会があることを知れば、それに参加する。講師の先生とつながる。

です。
このA~Fの内容も同時に初任者に伝えるのです。
これが、(3)の「学び方を指導する」ということです。
もし指導者が転勤しても、自分一人で課題解決に向けて進めることができます。
一人の近くにいる指導者だけの知識だけでは駄目なのです。
一つの中学校で収まるような学び方をしては駄目なのです。

全国区の教師から学んでいく

のです。
初任者に教えなければならないことはたくさんあります。
・授業の方法
・生徒指導
・仕事術
・保護者との対応
などなど。
これらを、法廷研修の1年間だけですべてを教えるのはかなり難しいのです。
1つ1つ丁寧に教え続けることはできないのです。
ここで、中国の故事を紹介します。
老子の言葉です。
「授人以魚 不如授人以漁」
これは、
「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ」
という意味です。
この故事には、次の背景があります。
釣りをしている老人の所に、腹をすかせた子どもが近よってきました。
そして「魚が欲しい」とその老人に言いました。
しかし、老人は魚を与えませんでした。
老人は、言います。
「もし私が魚を与えれば、あなたの空腹はとりあえず満たされるでしょう。
しかし、明日また同じように空腹になってしまいます。
そうならないよう、あなたに釣具を貸して、どのように魚を釣るかを教えてあげましょう。
それを身に付ければ、釣り道具が壊れてなくなるまで、あなたは魚を食べていけるでしょう。
しかし、釣具が壊れたら、また同じように空腹になってしまいます。
だから、釣具の作り方も教えてあげましょう。
そうすれば、あなたは一生食べていけるでしょう。」

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この故事と初任者指導を結びつけるのは少し乱暴かもしれません。
しかし、この故事の視点は大事なのです。
初任者の例で言うと、「老人」は「初任者を指導する先輩教師」、「子ども」は「初任者教員」になります。
「魚をあげること」=「目の前の課題の解決法を言うこと」
「釣具」=「良い授業についての資料」
「釣具の作り方を知ること」=「正しい学び方(今回の場合、資料の入手法)を知ること」
です。
初任者が一人で強かに学び続けることができるように指導するのは、

先輩教師の責任

なのです。
私は、初任者を指導する時に、目標にしている初任者の姿があります。

どんな困難な状況においても、自分の頭で思考し、自分の言葉で語り、自分の意思で行動できる教師になること

です。
(学級便りの名前を「OVERCOME」としたこともあります)
そのような教師になってもらうためにも、正しい方向へ進むような「学び方」を指導するのです。