「あの時、厳しくしてもらったおかげで」は正しいのか

「あの時、厳しく指導してもらったおかげで、今の私があります」
私は、この言葉はあまり好きではありません。
初任者、中学校教師、仕事術

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指導者にもよりますが、
「あの時、厳しく指導してもらったおかげで、今の私があります」
と言っている1人の裏で、感覚的には少なくとも10人以上が、
「あの時の厳しい指導は、今でも恨んでいる。許すことはできない」
と思っているからです。
「あの時、厳しく指導してもらったおかげで、今の私があります」
という言葉が記憶に残るのは、「そういう指導を受けた極めて体育会的な人間」が、目立つ場所で言う場合が多いからなのです。
私の親しい友人(教師ではない)も、よく同じことを言います。
数十年前のことを振り返り、
「ほんま、あの先生、許せなかった。みんな怖いから言うことを聞いているだけ。何回も殴られたし。今やったら、明らかに体罰。ちょっと結果出しているからって、好きなことして。部活動の一部の人間が、県大会連れて行ってもらったからって言って、持ち上げすぎる」
「優勝すること」や「1位を取ること」など、見た目やプライドを優先する教師です。
そのような教師には、「陰で涙している生徒」の存在が見えないのです。
補欠選手の心のケアができないのです。
目立たない生徒が見えないのです。
大舞台で活躍できる生徒しか、頭にないのです。
それでも、「厳しく指導してもらったおかげで・・・」という生徒は、指導者の厳しい指導以外の他の部分に、感謝しているのです。
極端な例ですが、
A中学校 バスケットボール部 「厳しい指導」@1年間で25人中7人退部(3年2人、2年2人、1年3人) 県大会優勝
B中学校 バスケットボール部 「一般的な指導」@1年間で25人中退部者0人 県大会2回戦敗退
という状況なら、「A中学校バスケットボール部」に自分の子どもを預けたくはありません。
目立つことに騙されてはいけません。
惑わされていはいけません。
一部の目立つ生徒だけを見てはいけません。
特に本ブログにたどりついた心ある若い教師は、覚えておいてください。
すべての生徒(教師も)を均等に見なければならないのです。
それが、中学校教師の仕事なのです。
教師力があるというのは、そういうことなのです。