中学生に「親孝行」をどう扱うか―家庭背景の多様性に配慮した学校での伝え方

この記事は約12分で読めます。

「親孝行」という言葉には、長く大切にされてきた価値があります。
自分を支えてくれている人に感謝する。
家庭の中で自分にできることをする。
周囲の人を大切にする。
こうしたことを中学生に考えてもらうことには、今も意味があります。
一方で、学校で「親孝行」を扱うときには注意が必要です。
すべての生徒が、同じような家庭で生活しているわけではありません。
親との関係が良好な生徒もいます。
親と離れて暮らしている生徒もいます。
一人の保護者と生活している生徒もいます。
祖父母や親族と生活している生徒もいます。
里親家庭や児童養護施設などで生活している生徒もいます。
家族との関係に大きな悩みを抱えている生徒もいます。
虐待やネグレクトなどによって、家庭が安心できる場所ではない生徒も存在します。
こども家庭庁も、さまざまな事情で家族と離れて暮らすこどものための里親制度や、保護者のない児童、保護者に監護させることが適当でない児童などを養育する児童養護施設を位置付けています。
だからこそ、
「親に感謝することは当然」
という一つの結論を全員に求めるのではなく、
自分を取り巻く人との関係や、自分にできることについて、一人一人が考えられるようにする
ことが大切です。

1.「親孝行」という言葉そのものを否定しない

「家庭背景への配慮が必要だから、学校では親孝行について一切扱わない方がよい」
ということでもありません。
中学校学習指導要領の道徳科には、「家族愛、家庭生活の充実」という内容項目があります。
そこでは、父母や祖父母を敬愛し、家族の一員としての自覚をもって充実した家庭生活を築くことが示されています。
したがって、家族との関係や家庭生活について考えること自体は、学校教育の大切な内容です。
ただし、重要なのはどのように扱うかです。
文部科学省の道徳科解説には、家庭を取り巻く状況は様々であり、その姿は一様ではないことが明記されています。また、家庭は安心できるよりどころとなる一方、人間関係のトラブルなどによって子供に悪影響が及ぶ危険性もあることに触れています。
「家族愛」という内容を扱うことと、
「どの家庭も愛情に満ちている」
と教えることは同じではありません。

2.「すべての親は子どもを愛している」と言い切らない

教師が生徒に、
「親はみんな、あなたのことを一番に考えています」
「子どもを嫌いな親なんていません」
「叱るのも全部あなたのためです」
と話すことがあります。
多くの家庭には当てはまるかもしれません。
しかし、学校で全員に向けて言い切ることには慎重でありたいものです。
児童虐待は現実に存在します。
学校や教職員には、児童虐待の早期発見に努め、虐待を受けたと思われる児童生徒について関係機関につなぐ役割があります。文部科学省も、教職員は児童虐待を発見しやすい立場にあり、早期発見・早期対応が求められることを示しています。
例えば、家庭で苦しい思いをしている生徒が、
「親はあなたを愛している」
と教師から断定されたら、どう感じるでしょうか。
「自分が悪いからこんなことをされるのだ」
「先生に話しても分かってもらえない」
と思わせてしまう可能性があります。
教師が家庭の内情をすべて知っているとは限りません。
だから、
知らないことを「分かっている」として語らない
ことが大切です。

3.家庭の形を一つに決めない

学校からの言葉には、無意識に「標準的な家庭像」が入り込むことがあります。
父親がいる。
母親がいる。
兄弟姉妹がいる。
家族全員が一緒に暮らしている。
家族関係は良好である。
しかし、実際の家庭の形はさまざまです。
こども家庭庁の制度上も、里親家庭、ファミリーホーム、児童養護施設、母子生活支援施設など、多様な生活環境の中で育つこどもがいます。
したがって、
「お父さん、お母さんに感謝しましょう」
より、
「自分の生活を支えてくれている人について考えてみましょう」
とする方が参加しやすい場合があります。
もちろん、授業のねらいによっては「家族」を正面から扱う必要もあります。
その場合でも、
全員の家庭が同じであることを前提にしない
ことが基本です。

4.感謝を強制しない

学校では、
「親に感謝しましょう」
「ここまで育ててくれたことに感謝しなさい」
と伝えたくなることがあります。
しかし、感謝という感情は、教師が命令して生み出せるものではありません。
道徳教育について文部科学省は、特定の価値観を押し付けたり、主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育が目指す方向とは異なるとしています。生徒が多面的・多角的に考え、自分自身の問題として考えることが重視されています。
家族についても同じです。
「感謝しなければいけない」
ではなく、
「自分はこれまで、誰にどのように支えられてきただろう」
「自分は家庭や身近な人との関係をどう考えているだろう」
「自分にできることはあるだろうか」
と問いかけます。
考えた結果、感謝の気持ちに気付く生徒もいるでしょう。
複雑な気持ちになる生徒もいるでしょう。
すぐには答えが出ない生徒もいます。
その違いを認めることが大切です。

5.「母の日」「父の日」の一律活動を見直す

母の日に母親へのカードを書く。
父の日に父親へのプレゼントを作る。
このような活動を学校で行うことがあります。
家庭によっては、とてもよい活動になります。
しかし、一律に行う必要はありません。
母親を亡くしている生徒。
父親と離れて暮らしている生徒。
保護者との関係に悩んでいる生徒。
家族について学校で話したくない生徒。
そのような生徒もいます。
「事情のある生徒だけ別の活動にする」
という方法では、本人にとって自分だけが周囲と違うことを意識させる場合もあります。
そこで最初から選択肢を持たせます。
例えば、
「自分を支えてくれている人へのメッセージ」
「家庭や生活の中で自分ができること」
「感謝を伝えたい人へのカード」
「今の自分に関わってくれている人について考える」
などです。
誰に書くかを発表させる必要もありません。
書いたものを必ず相手に渡す必要もありません。
活動への参加方法そのものに選択肢をつくる
ことが配慮になります。

6.家事を「親孝行」だけで捉えない

皿を洗う。
洗濯物をたたむ。
食事を準備する。
掃除をする。
ごみを出す。
このような家庭の仕事を、
「親を楽にするための親孝行」
として伝えることがあります。
それも一つの見方です。
しかし、もう少し広く考えることができます。
中学校の技術・家庭科では、家庭生活を支える仕事があり、家族や地域の人々と協力・協働して家庭生活を営むこと、よりよい生活について考え工夫することが位置付けられています。
つまり、家庭の仕事をすることは、
「親を助けてあげる」
だけではありません。
自分自身が生活を営む力を身に付けることでもあり、共同生活に参加することでもあります。
自分で使ったものを片付ける。
自分の食事を準備できる。
自分の衣服を管理できる。
家庭の中で必要な仕事を担う。
これは「親孝行」であると同時に、自立へ向かう学びとしても捉えられます。

7.「親に迷惑をかけない子」を目標にしない

中学生に、
「親に迷惑をかけてはいけない」
と話すことがあります。
しかし、人は誰にも迷惑をかけずに生きることはできません。
中学生なら、なおさら大人の支えが必要です。
失敗することもあります。
困ることもあります。
誰かに助けてもらうこともあります。
大切なのは、
「迷惑をかけないこと」
ではなく、
必要なときには助けを求め、自分にできることは自分で行い、周囲と支え合うこと
ではないでしょうか。
「親に心配をかけるな」
という言葉にも注意が必要です。
悩みを抱える生徒が、
「相談したら迷惑をかける」
「心配させてはいけない」
と考えてしまう場合があります。
困ったときには相談してよい。
大人を頼ってよい。
そのメッセージも同時に伝える必要があります。

8.反抗期を「親不孝」と結び付けない

中学生になると、自分の考えを強く持つようになります。
保護者と言い合いになることもあります。
注意されて反発することもあります。
このような姿を、
「親に反抗するなんて親不孝だ」
と捉える必要はありません。
中学生は、自分で判断しようとする力を育てている時期でもあります。
文部科学省の道徳科解説も、中学生になるにつれて自我意識が強まり、自分の判断や意思で生きようとする自律への意欲が高まることに触れています。
もちろん、暴言や暴力を認めるという意味ではありません。
意見が違うこと。
納得できず反発すること。
自分の意見を持つこと。
それ自体を悪いことにしません。
大切なのは、
「意見が違うとき、どのように伝えるか」
「相手にも事情や考えがあることをどう理解するか」
を学ぶことです。

9.面談で「親に感謝しなさい」とまとめない

三者面談では、生徒と保護者が同じ場所にいます。
教師から見て、
「本当に保護者はこの子のことを考えているな」
と感じることもあります。
だからといって最後に、
「こんなにお母さんが考えてくれているんだから、感謝しなさい」
とまとめる必要はありません。
教師には見えていない家庭での関係があります。
また、三者面談は「親への感謝を確認する場」ではありません。
本人の学校生活や学習、進路について話し合う場です。
保護者の努力が伝わってくる場合には、
「ご家庭でもいろいろ考えてくださっていることが分かりました」
と受け止めることはできます。
生徒に対しては、
「今の話を聞いて、どう考えましたか」
と本人の言葉を待ちます。
教師が感謝の答えを代わりに決めないことが大切です。

10.家庭の話からSOSが見えたとき

家族や家庭について話していると、生徒から思いがけない話が出てくることがあります。
「家に帰りたくない」
「叩かれる」
「食事を用意してもらえない」
「夜、家に大人がいないことが多い」
「お金を取られる」
「怖くて何も言えない」
そのような話を聞いたとき、
「でも親も大変なんだよ」
「あなたのためを思ってやっているんじゃない?」
と親側の事情を先に説明してはいけません。
まず生徒の安全を考えます。
学校・教職員は児童虐待を早期に発見しやすい立場にあり、虐待を受けたと思われる児童を発見した場合には通告等の対応が求められています。確証がない段階でも、関係機関への連絡・相談や組織的な対応が必要です。
担任一人で判断しません。
管理職、生徒指導担当、養護教諭、教育相談担当等と共有し、必要な対応につなげます。
「親孝行」を教えることより、生徒の安全を守ることの方が優先されます。

11.学級通信や学年集会で伝えるなら

親孝行を学級通信や学年集会で取り上げる場合にも、少し言葉を変えるだけで伝わり方は大きく変わります。
例えば、
「親には必ず感謝しましょう」
ではなく、
「私たちの生活は、多くの場合、自分一人だけで成り立っているわけではありません。自分の生活を支えてくれている人や、自分が支えている人について考えてみてください」
と伝えます。
「家の手伝いをして親孝行をしましょう」
ではなく、
「家や生活の中で、自分でできることを一つ増やしてみませんか」
と伝えます。
「親の言うことを聞くのが親孝行です」
ではなく、
「考えが違うときにも、お互いを大切にしながら話す方法を考えてみましょう」
と伝えます。
同じテーマでも、
教師が答えを示すのか、生徒に考える余地を残すのか
で大きく変わります。

12.中学生に伝えたい「親孝行」の形

では、中学生に親孝行について何も伝えなくてよいのかというと、そうではありません。
伝えるなら、私は次のように考えます。
親孝行は、
「親の言うことを何でも聞くこと」
ではありません。
「親に心配をかけないこと」
だけでもありません。
高価なプレゼントを渡す必要もありません。
家庭の中で、自分にできることをする。
自分の生活を少しずつ自分で管理する。
相手の話を聴く。
感謝を感じたときには伝える。
考えが違うときには、できるだけ言葉で伝える。
自分が困ったときには助けを求める。
そして、自分自身の人生を大切にする。
そのようなことも、広い意味では家族や身近な人を大切にすることにつながると思います。

13.「ありがとう」を言えない生徒も尊重する

卒業式。
母の日。
父の日。
誕生日。
進路決定。
そのような節目には、
「今こそ親にありがとうと言おう」
と伝えたくなることがあります。
しかし、
「ありがとう」
と言えない事情を抱える生徒もいます。
無理に言わせなくてよいのです。
感謝できることがあるなら感謝する。
複雑な思いがあるなら、その思いを持っていてよい。
距離を置く必要がある関係なら、安全な距離を取ることも必要です。
学校が、
「家族なら仲良くしなければいけない」
と追い込む必要はありません。
家族との関係を考えることは大切です。
しかし、その答えは一人一人違います。

14.教師自身の家族観を正解にしない

教師にも、自分自身の家庭があります。
育ててもらった経験があります。
親になった経験がある教師もいます。
家族との関係で苦労した経験がある教師もいるでしょう。
その経験は、教育を考える上で大切なものです。
しかし、教師自身の経験を全生徒に当てはめないことが必要です。
「自分も親になって初めて親のありがたさが分かりました」
という経験は、その教師自身の経験です。
それを、
「人は親にならなければ親の気持ちは分からない」
と一般化する必要はありません。
親になる人生もあります。
親にならない人生もあります。
家族との関係も人それぞれです。
教師は自分の経験を語ることはできます。
ただし、
「私はこうでした」と「あなたもそうであるべきです」は分ける
ことが大切です。

15.家庭について扱うときの教師チェックリスト

□ 「すべての親は子どもを愛している」と断定していない
□ 父・母がそろった家庭だけを前提にしていない
□ 生徒に家族構成を必要以上に発表させていない
□ 家族への感謝を強制していない
□ 母の日・父の日などで一律に特定の相手へのカードを書かせていない
□ 書く相手や活動方法に選択肢を用意している
□ 家庭の仕事を「親を助けること」だけでなく自立や共同生活の視点から捉えている
□ 反抗すること自体を「親不孝」としていない
□ 三者面談で教師が親への感謝を要求していない
□ 「親に迷惑をかけるな」という言葉で相談を抑制していない
□ 生徒から家庭のSOSが出た場合に一人で抱え込まない
□ 家庭の問題について安易に保護者側を擁護していない
□ 教師自身の家族観を唯一の正解にしていない
□ 家族について話したくない生徒の気持ちを尊重している
□ 生徒自身が考える余地を残している

16.親孝行を「感謝の強制」から「関係を考える学び」へ

中学生に親孝行について考えてもらうこと自体を、否定する必要はありません。
誰かに支えられていることに気付く。
自分にできることを考える。
家庭の中で役割を持つ。
相手を大切にする。
感謝を伝える。
どれも大切なことです。
しかし、
「親なのだから感謝しなさい」
「親の言うことは聞きなさい」
「親は必ずあなたを愛しています」
というところまで、学校が決める必要はありません。
家庭を取り巻く状況は一様ではありません。これは文部科学省自身も道徳科解説で明記しています。
だからこそ学校では、
一つの家庭像を教えるのではなく、自分と身近な人との関係について考える機会をつくる。
その中で、
「自分はどうしたいのか」
「自分には何ができるのか」
を生徒自身が考えます。
親孝行を教師が決めるのではありません。
感謝する相手も、感謝の表し方も、家庭との距離の取り方も、一人一人違います。
教師ができるのは、その違いを尊重しながら、生徒が自分の生活や人との関係を考えるための材料を渡すことです。
そして、家庭が安心できる場所ではない生徒に対しては、
「親に感謝しなさい」
と伝えることではなく、
学校にはあなたの話を聴き、必要な支援につなぐ大人がいる
と伝えることの方が、はるかに大切です。

17.参考資料

文部科学省「中学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」。「家族愛、家庭生活の充実」の内容項目とともに、家庭を取り巻く状況は様々で、その姿は一様ではないこと、また道徳教育では特定の価値観の押し付けを避け、生徒が多面的・多角的に考えることが示されています。文部科学省「中学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」
文部科学省「中学校学習指導要領解説 技術・家庭編」。家庭生活を支える仕事や、家族や地域の人々と協力・協働してよりよい家庭生活を考えることが位置付けられています。文部科学省「中学校学習指導要領解説 技術・家庭編」
文部科学省「手引き『児童虐待への対応のポイント~見守り・気づき・つなぐために~』」。児童虐待の未然防止、早期発見・早期対応について示した資料です。文部科学省「児童虐待への対応のポイント」
文部科学省「研修教材『児童虐待防止と学校』」。学校・教職員に求められる児童虐待の早期発見や関係機関への通告等について整理されています。文部科学省「児童虐待防止と学校」
こども家庭庁「里親制度等について」。さまざまな事情で家族と離れて暮らすこどもを家庭に迎えて養育する里親制度について紹介されています。こども家庭庁「里親制度等について」
こども家庭庁「社会的養護の施設等について」。児童養護施設、母子生活支援施設などの役割や現状がまとめられています。こども家庭庁「社会的養護の施設等について」

タイトルとURLをコピーしました