「はしのうえのおおかみ」は、長く道徳教材として親しまれてきた作品です。
奈街三郎さんの作品で、1991年に絵本として刊行され、2020年には新装版も出版されています。国立国会図書館の書誌情報でも確認できます。(国立国会図書館サーチ(NDLサーチ))
文部科学省の「道徳教育アーカイブ」でも、小学校第1学年の「B 親切、思いやり」を扱う実践事例として、「はしのうえのおおかみ」が掲載されています。そこでは、おおかみの行動や心の変化を考えながら、身近な人に温かい心で接し、親切にすることを考える授業が紹介されています。(道徳教育アーカイブ)
小学校低学年の教材です。
しかし、教師が読み返してみると、子ども向けの物語としてだけではなく、教師自身の人との関わり方を振り返る教材にもなります。
思いやりとは何でしょうか。
「優しくしなさい」と言うことで育つのでしょうか。
誰かから大切にされた経験は、その人の行動にどのような影響を与えるのでしょうか。
教師は、生徒に思いやりを求める前に、自分自身がどのような関わりを示しているでしょうか。
「はしのうえのおおかみ」を読みながら、考えてみたいと思います。
- 1.「はしのうえのおおかみ」を正解のある教材にしない
- 2.おおかみを単純な「悪い子」にしない
- 3.なぜおおかみの行動が変わったのか
- 4.「親切にされたら親切になる」と単純化しない
- 5.思いやりは言葉より日常の関わりに表れる
- 6.「優しくすること」と「何でも許すこと」を混同しない
- 7.思いやりは相手の望みと一致するとは限らない
- 8.教師が先回りし過ぎないことも思いやり
- 9.生徒の話を聴くことも思いやり
- 10.感謝を求めない
- 11.職員室の関係も生徒は見ている
- 12.中学生には「思いやり」の難しさまで考えさせる
- 13.教材そのものをブログで再現し過ぎない
- 14.教師自身への五つの問い
- 15.思いやりのある学校は日常からつくられる
- 16.教師用チェックリスト
- 17.「思いやりを教える」前に、思いやりのある関係をつくる
- 18.参考資料
1.「はしのうえのおおかみ」を正解のある教材にしない
この物語を読むと、
「意地悪をしてはいけません」
「親切にしましょう」
「思いやりを持ちましょう」
というまとめをしたくなります。
もちろん、「親切、思いやり」を扱う教材なので、その価値について考えることは大切です。
しかし、道徳授業を、
「この物語の教訓は、親切にすることです」
という正解探しにしてしまうと、生徒が考える余地は小さくなります。
文部科学省の道徳教育では、一つの価値観を一方的に教え込むのではなく、児童生徒が多面的・多角的に考え、自分自身との関わりで考えを深めることが重視されています。
「はしのうえのおおかみ」でも、
「誰が正しいのか」
だけでなく、
「なぜ行動が変わったのだろう」
「相手からどのように扱われたとき、人の気持ちは変わるのだろう」
と考えることができます。
2.おおかみを単純な「悪い子」にしない
物語の前半だけを見ると、おおかみの行動には問題があります。
だからといって、
「おおかみ=悪い子」
と人物そのものを評価して終わらせないことが大切です。
学校生活でも同じです。
友達に強い言葉を使った。
順番を守らなかった。
相手が嫌がることをした。
ルールを破った。
行為については、必要な指導をします。
しかし、
「だから、この子は意地悪な子だ」
「この生徒は思いやりがない」
と人格まで固定する必要はありません。
行動には、変化する可能性があります。
「はしのうえのおおかみ」の面白さの一つは、まさにそこにあります。
人は一つの行動だけで決まる存在ではない。
教師が生徒を見るときにも、大切にしたい視点です。
3.なぜおおかみの行動が変わったのか
この教材で考えたいのは、物語の結末だけではありません。
重要なのは、
「なぜ変わったのか」
です。
誰かに説教されたからでしょうか。
厳しく叱られたからでしょうか。
「親切にしなさい」と教えられたからでしょうか。
物語では、他者との具体的な関わりを通して、おおかみの中に変化が生まれます。
文部科学省の小学校学習指導要領解説では、「親切、思いやり」について、相手の立場を考えたり、相手の気持ちを想像したりしながら、励ましたり援助したりすることに加え、場合によっては温かく見守ることも親切の表れであると説明しています。(文部科学省)
つまり、思いやりは単に、
「○○してあげること」
ではありません。
相手をどう見ているか。
相手をどう扱うか。
そこに関係しています。
4.「親切にされたら親切になる」と単純化しない
この物語から、
「人は親切にされれば親切な人になる」
と一般化し過ぎないことも重要です。
一度優しくされたから、その人の行動が必ず変わるわけではありません。
教師が何度丁寧に関わっても、すぐには変化が見えない生徒もいます。
逆に、何年かたってから教師との関わりを思い出す人もいます。
教育は、
「こちらが○○したから、生徒は○○になる」
という単純な因果関係ではありません。
だからこそ、
生徒を変えるために親切にする
という発想にも注意が必要です。
「こちらが優しくすれば、こちらの言うことを聞くはずだ」
となれば、思いやりが操作の手段になってしまいます。
教師が生徒を大切に扱うのは、生徒を思いどおりに動かすためではありません。
一人の人間として尊重するからです。
5.思いやりは言葉より日常の関わりに表れる
学校では、生徒に多くのことを伝えます。
「相手の気持ちを考えましょう」
「友達を大切にしましょう」
「困っている人がいたら声をかけましょう」
どれも大切です。
しかし、生徒は教師の言葉だけを見ているわけではありません。
教師が、
話しかけてきた生徒の話を最後まで聴いているか。
失敗した生徒を人前で必要以上に責めていないか。
答えを間違えた生徒を笑いの対象にしていないか。
苦手な生徒にも同じように接しているか。
困っている生徒に気付いているか。
自分が間違えたときに謝っているか。
そうした日常の姿も見ています。
思いやりは、教師が説明する価値であると同時に、教師自身の行動によって示される価値でもあります。
6.「優しくすること」と「何でも許すこと」を混同しない
思いやりを大切にするというと、
「厳しく指導してはいけない」
という話になることがあります。
そうではありません。
人を傷つける行為。
安全を脅かす行為。
いじめ。
差別的な言動。
必要なルール違反。
こうしたことには、明確な指導が必要です。
大切なのは、行為について必要なことを伝えることと、相手の尊厳を傷つけることを分けることです。
「それはしてはいけません」
と伝えることと、
「だからあなたはダメな人です」
と言うことは違います。
思いやりのある教師は、何でも許す教師ではありません。
必要なときには止めます。
しかし、そのときにも生徒を一人の人間として扱います。
7.思いやりは相手の望みと一致するとは限らない
「親切にしてあげたのに、喜んでもらえなかった」
ということがあります。
こちらが良いと思ったことが、相手には負担になる場合もあります。
励ましたつもりの言葉が、つらく感じられる場合もあります。
手伝ったことが、
「自分でやりたかった」
と思われる場合もあります。
文部科学省の中学校学習指導要領解説では、思いやりについて、人間尊重の精神を基盤とした他者への深い理解と共感が必要であり、単なるあわれみとは異なることが説明されています。また、温かく見守ることが思いやりになる場合にも触れています。(文部科学省)
だから、
「何をしてあげるか」より、「相手は何を必要としているか」
を見ることが大切です。
これは教育相談や生徒指導でも同じです。
8.教師が先回りし過ぎないことも思いやり
生徒が困っていると、教師は助けたくなります。
答えを教える。
代わりに説明する。
代わりに謝る。
代わりに問題を解決する。
しかし、それが本当に本人のためになるとは限りません。
少し待つ。
自分で考えてもらう。
必要なところだけ助ける。
「どうしたいですか」と聞く。
助けが必要になるまで見守る。
これも思いやりです。
先ほどの学習指導要領解説にもあるように、思いやりは「何かをしてあげること」だけではありません。(文部科学省)
学校では、教師がよかれと思って動き過ぎることで、生徒自身が考えたり選んだりする機会を奪ってしまうことがあります。
助けることと、任せること。
その間を考えることも必要です。
9.生徒の話を聴くことも思いやり
生徒にとって、
「自分の話をちゃんと聴いてもらえた」
という経験は大切です。
教師は多忙です。
廊下で声をかけられる。
授業準備の途中に話しかけられる。
次の仕事が迫っている。
いつでもゆっくり話を聴けるわけではありません。
それでも、
「今は5分しかないけれど、聞きます」
「今すぐは難しいので、昼休みに話しましょう」
と対応できます。
大切なのは、適当に聞いたふりをしないことです。
話を聴くことは、
「あなたの話には価値があります」
と伝える行為でもあります。
先に全面改稿した「生徒は『話を聴いてくれる先生』の話を聴く」で扱った内容ともつながります。
教師が日常の中でどのように生徒の声を扱っているか。
そこにも学校の思いやりが表れます。
10.感謝を求めない
教師が生徒に親切にしたとき、
「これだけしてあげたのに」
と思ってしまうことがあります。
放課後まで残って相談に乗った。
教材を用意した。
何度も声をかけた。
保護者とも連絡を取った。
しかし、そのことに対して生徒が感謝を表さないこともあります。
そこで、
「普通はありがとうと言うでしょう」
「先生がここまでしているのに」
と感謝を要求すると、関係が変わってしまいます。
思いやりは、見返りとの交換ではありません。
中学校学習指導要領解説でも、「思いやり」と「感謝」は関連していますが、感謝は他者の思いやりに触れ、それをありがたいと感じる中から生まれる心の在り方として説明されています。(文部科学省)
感謝させることを目的に親切にしない。
教師として意識しておきたいところです。
11.職員室の関係も生徒は見ている
思いやりを生徒だけの課題にしないことも大切です。
教師同士はどうでしょうか。
若手教師が失敗したとき。
同僚が困っているとき。
意見が対立したとき。
忙しい人がいるとき。
職員室で誰かの失敗を笑っていないでしょうか。
本人がいないところで批判ばかりしていないでしょうか。
相談を受けたときに、
「それくらい自分で考えて」
と突き放していないでしょうか。
一方で、助け過ぎて相手の仕事まで奪っていないでしょうか。
生徒は教師同士の関係も見ています。
「思いやりを持ちなさい」と教える学校の職員同士が、互いを尊重できていなければ、言葉の説得力は弱くなります。
学校文化そのものが、生徒にとって一つの教材です。
12.中学生には「思いやり」の難しさまで考えさせる
「はしのうえのおおかみ」は小学校第1学年向けの教材です。文部科学省の道徳教育アーカイブでも、第1学年「親切、思いやり」の実践例として位置付けられています。(道徳教育アーカイブ)
だから、中学校でそのまま小学校1年生と同じ授業をする必要はありません。
中学生なら、さらに、
「親切とおせっかいの違いは何か」
「相手のために黙っていることは思いやりになるか」
「友達だからこそ厳しいことを言う場合はあるか」
「助けない方が相手のためになることはあるか」
「自分が良いと思うことと、相手が望むことが違ったらどうするか」
といった難しさまで考えられます。
中学校の道徳では、「思いやり、感謝」について、人との関わりの中で人間愛の精神を深めることまで扱います。(文部科学省)
「優しくしましょう」という一言では終わらない価値です。
13.教材そのものをブログで再現し過ぎない
「はしのうえのおおかみ」は現在も出版されている著作物です。1991年版に加えて、2020年には新装版も刊行されています。(国立国会図書館サーチ(NDLサーチ))
そのため、ブログ記事で物語を最初から最後まで詳しく再話したり、本文を大量に転載したりする必要はありません。
教材を実際に使用する場合は、教科書や正規の出版物、学校で利用できる教材を使用します。
このブログでは、
物語そのものを読む代わりになる記事
を目指すのではなく、
教材を読んだ教師が、何を考えるか
に重点を置きます。
教材の価値を守る意味でも、その方が適切です。
14.教師自身への五つの問い
「はしのうえのおおかみ」を読んだ後、教師自身も次のような問いを持ってみるとよいと思います。
- 生徒に「思いやりを持ちなさい」と言う前に、自分は生徒を大切に扱っているだろうか
- 指導が必要なとき、行為ではなく人格まで否定していないだろうか
- 自分が良いと思う支援を、生徒の希望を聞かずに押し付けていないだろうか
- 生徒が変わることを急ぎ過ぎていないだろうか
- 生徒だけでなく、同僚にも同じような思いやりを持って接しているだろうか
子どものための教材を、大人が自分自身を振り返るために読む。
そのような読み方があってもよいと思います。
15.思いやりのある学校は日常からつくられる
思いやりのある生徒を育てるために、特別な授業だけを増やせばよいわけではありません。
毎日の授業。
朝の会。
休み時間。
廊下。
部活動。
教育相談。
生徒指導。
職員室。
そうした普通の学校生活の中に、
「話を聴いてもらえた」
「失敗してもやり直せた」
「困っていることに気付いてもらえた」
「自分の意見を尊重してもらえた」
「間違っても笑われなかった」
という経験があることが大切です。
もちろん、それだけで全ての生徒が思いやりのある行動をするようになるとは限りません。
教育にそのような単純な保証はありません。
それでも教師は、どのような学校環境をつくるかを選ぶことができます。
「親切にしなさい」と百回言うことより、
一人の生徒を丁寧に扱う教師の姿が、生徒に何かを伝えることがあります。
16.教師用チェックリスト
□ 「思いやり」を教師が用意した一つの正解にしていない
□ 生徒を「優しい子」「思いやりのない子」と固定して見ていない
□ 問題行動と本人の人格を分けて考えている
□ 親切にすれば相手が必ず変わるとは考えていない
□ 生徒を変えるためのテクニックとして親切にしていない
□ 相手が本当に必要としている支援を考えている
□ 手を出すことだけでなく、見守ることも選択肢にしている
□ 生徒の話を聴く時間を大切にしている
□ 自分がしたことへの感謝を生徒に要求していない
□ 必要な指導では、行為を明確に伝えながら尊厳を守っている
□ 教師同士も互いを尊重している
□ 教師自身が間違ったときには謝っている
□ 生徒が失敗からやり直せる余地を残している
□ 「親切」と「おせっかい」の違いを考えている
□ 学校の日常そのものが生徒への教育になることを意識している
17.「思いやりを教える」前に、思いやりのある関係をつくる
「はしのうえのおおかみ」は、低学年向けの短い物語です。
しかし、教師が読むと、教育について多くのことを考えさせられます。
人は、叱られたから変わるとは限りません。
説教されたから変わるとも限りません。
親切にされたから必ず変わるとも言えません。
それでも、人との関わりの中で何かに気付き、自分の行動を見直すことがあります。
学校も、そのような経験が生まれる場所でありたいものです。
教師が生徒の話を聴く。
失敗した生徒にやり直す機会を渡す。
困っている生徒を気にかける。
必要なときには明確に止める。
生徒の意見を尊重する。
そして、教師同士も互いを大切にする。
特別なことではありません。
しかし、この「普通」を積み重ねることは簡単ではありません。
だからこそ、
思いやりについて教えることと、思いやりのある学校をつくることを分けない
ことが大切です。
「はしのうえのおおかみ」を生徒に読ませるだけでなく、ときには教師自身が読み返してみる。
「自分は、目の前の生徒にどのように接しているだろう」
そう問い直すことのできる教材でもあると思います。
18.参考資料
文部科学省「道徳教育アーカイブ」。小学校第1学年「B 親切、思いやり」の実践事例として、「はしのうえのおおかみ」を使った授業が紹介されています。(道徳教育アーカイブ)
文部科学省「道徳教育アーカイブ」
文部科学省「小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」。「親切、思いやり」について、相手の立場や気持ちを考えること、場合によっては温かく見守ることなどが示されています。(文部科学省)
文部科学省「小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」
文部科学省「中学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」。「思いやり、感謝」について、人間尊重の精神に基づく他者への理解や共感、単なるあわれみとの違いなどが示されています。(文部科学省)
文部科学省「中学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」
国立国会図書館「はしのうえのおおかみ」。奈街三郎作、花之内雅吉絵、鈴木出版、1991年刊行の書誌情報を確認できます。2020年には新装版も刊行されています。(国立国会図書館サーチ(NDLサーチ))
国立国会図書館「はしのうえのおおかみ」

