中学校の道徳授業で大切にしたいこと

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中学校の道徳授業を考えるとき、教師には「生徒にこれだけは伝えたい」という思いがあります。
思いやりを大切にしてほしい。
いじめを許さない人になってほしい。
自分の人生を大切にしてほしい。
困難があっても前を向いてほしい。
家族や周囲の人を大切にしてほしい。
教師がそのような願いを持つこと自体は、大切なことです。
しかし、道徳科の授業では、その願いをそのまま「生徒が到達すべき答え」にしてしまわないことが重要です。
文部科学省は、「特別の教科 道徳」への転換について、答えが一つではない道徳的な課題を、一人一人の児童生徒が自分自身の問題として捉え、向き合う「考え、議論する道徳」を目指すものと説明しています。また、道徳科では、道徳的諸価値についての理解を基に、物事を多面的・多角的に考え、人間としての生き方についての考えを深めることが求められています。(文部科学省)
つまり、教師が「正しい答え」を教え込む授業ではありません。
生徒が教材や他者の考え、自分自身の経験と向き合いながら、
「自分ならどう考えるか」
を深めていく授業です。

1.道徳科を「教師の考えを伝える時間」にしない

道徳の授業では、教師が扱う価値について強い思いを持っていることがあります。
だからこそ注意したいのが、
「最後には、この考えに到達してほしい」
と授業の結論まで教師が決めてしまうことです。
例えば、「思いやり」を扱う授業で、
「困っている人がいたら必ず助けるべきです」
という結論へ全員を導く。
「努力」を扱う授業で、
「諦めず努力し続けることが正しい」
という感想を書かせる。
「家族愛」を扱う授業で、
「家族には感謝しなければならない」
という結論を求める。
これでは、生徒が考えているように見えても、実際には教師が用意した答えを探す授業になってしまいます。
道徳科には、教師としてのねらいがあります。
扱う道徳的価値もあります。
しかし、
ねらいがあることと、考え方を一つに決めることは別です。
教師が目指すのは、生徒全員に同じ答えを言わせることではなく、その価値について一人一人が自分なりに考えを深めることです。

2.「価値観を押し付けない」と「何でもよい」は違う

価値観を押し付けないというと、
「生徒が何を言っても、それでよいのか」
と思うかもしれません。
もちろん、そうではありません。
人権を侵害する考え。
他者への暴力を肯定する考え。
差別を当然とする考え。
いじめを正当化する考え。
それらまで、
「人それぞれだから」
で終わらせるものではありません。
学校教育として大切にする価値があります。
道徳科にも学習指導要領で示された内容項目があります。
しかし、例えば「公平とは何か」「本当の友情とは何か」「責任とは何か」といった問題には、具体的な場面によって様々な見方が生まれます。
文部科学省は、多面的・多角的に考えることについて、多様な感じ方や考え方に接し、多様な価値観の存在を前提として、他者との対話や協働を通して考えることだと説明しています。(文部科学省)
ですから、
何でもよい授業でもなければ、一つの答えにそろえる授業でもありません。
その間にあるところで、生徒と一緒に考えます。

3.「考え、議論する道徳」を授業の型にしない

「考え、議論する道徳」と聞くと、
「毎時間グループ活動をしなければならない」
「必ず討論を入れなければならない」
と考えることがあります。
これは違います。
文部科学省は明確に、
「考え、議論する」ということを指導方法の型として授業に取り入れなければならないという趣旨ではない
と説明しています。発達段階や生徒の実態に応じて、指導方法を工夫することが重要です。(文部科学省)
一人でじっくり考える時間が必要な授業もあります。
書くことで考えが深まる生徒もいます。
教師とのやり取りで考える授業もあります。
ペアで話す方がよい場合もあります。
学級全体で意見を交流する場合もあります。
役割演技などが有効な教材もあります。
大切なのは、
「何をさせたか」ではなく、「生徒の考えがどう深まったか」
です。
グループ活動をしただけで「考え、議論する道徳」になったとは限りません。

4.教材を読んで登場人物の気持ちを当てるだけにしない

道徳授業では、
「このとき主人公はどんな気持ちだったでしょう」
という発問がよく使われます。
登場人物の気持ちを考えることには意味があります。
しかし、それだけで45分や50分が終わってしまうと、
「登場人物の心情を当てる国語のような授業」
になってしまうことがあります。
例えば、
「主人公はなぜこうしたのだろう」
から、
「自分だったらどうするだろう」
「この行動以外の選択肢はなかっただろうか」
「相手の立場から見るとどう見えるだろう」
「正しいと思っていても行動できないのはなぜだろう」
「この場面で大切にすべきものは何だろう」
へ広げていきます。
文部科学省のQ&Aでも、問題解決的な学習について、教材等から道徳的な問題を見付け、他者の意見を聞きながら多面的・多角的に考えたり、自分との関わりの中で考えたりすることが示されています。(文部科学省)
教材の内容理解は入口です。
そこから、道徳的な問題そのものへ進んでいきます。

5.発問を「教師の正解当て」にしない

教師が発問した瞬間、生徒が教師の顔を見ることがあります。
「先生は何を答えてほしいのだろう」
と考えているのです。
道徳授業で最も避けたい状態の一つです。
例えば、
「この主人公の行動をどう思いますか」
と聞いた後、
教師が望んでいる答えには、
「そうですね」
「その通りですね」
と大きく反応する。
違う意見には、
「ほかには?」
とすぐ次へ移る。
これを繰り返すと、生徒はすぐに学習します。
「先生が喜ぶ答えを言えばいい」
という授業になります。
教師自身の反応にも注意します。
意外な意見が出たら、
「なぜそう思ったのですか」
と聞いてみます。
少数意見が出たら、
「今の考えをもう少し聞いてみましょう」
と扱います。
教師が予想しなかった意見が出る余地を残すこと
が大切です。

6.最初に「書いてほしい感想」をつくらない

道徳の授業づくりで、
「最後に生徒にこんな感想を書いてほしい」
と考えてから授業を組み立てることがあります。
例えば、
「努力を続ければ夢はかなうと思いました」
「友達を大切にしたいと思いました」
「家族に感謝したいと思いました」
という感想をゴールにします。
教師にとっては授業設計がしやすくなります。
しかし、その感想へ生徒を誘導し始めると、生徒が自分で考える余地がなくなります。
授業のねらいは必要です。
一方で、
生徒が書く結論まで決めない
ことが大切です。
同じ授業を受けても、
「努力することは大切だが、続けることだけが正解ではないと思った」
「助けることが、必ず相手のためになるとは限らないと思った」
「友達だからこそ、言いにくいことを言う必要もあると思った」
という異なる考えが生まれることがあります。
そこに道徳科の学びがあります。

7.「自分との関わり」で考える時間をつくる

教材について深く話し合えても、
「主人公は大変だった」
「この人は立派だった」
で終わることがあります。
道徳科では、そこから自分へ戻ってくることが重要です。
文部科学省は、道徳科の学習で、道徳的価値の理解を自分自身との関わりの中で深めることを重視しています。(文部科学省)
例えば、
「自分にも似た経験はあっただろうか」
「自分がこの立場だったら、実際に行動できるだろうか」
「今日考えてみて、自分の考えが変わったところはあるだろうか」
「まだよく分からないことは何だろう」
と考えます。
必ず「これから○○します」という決意を書かせる必要はありません。
道徳的な問題について考えた結果、
「簡単には答えられない問題だと分かった」
という深まりもあります。

8.異なる意見が出る授業を大切にする

道徳授業では、生徒の意見がそろうと、教師は安心します。
しかし、全員が同じ意見になることが、よい授業とは限りません。
例えば、
「友達には、本当のことをすべて言うべきか」
「ルールは、どんな場合でも守るべきか」
「困っている人を見たら、必ず助けるべきか」
「夢は諦めてはいけないのか」
こうした問いには、条件や立場によって考えが変わります。
異なる意見に出会うことで、
「あ、そんな見方もあるのか」
と自分の考えを見直せます。
道徳教育アーカイブに掲載されている中学校の実践でも、複数の価値が対立する場面を扱ったり、生徒相互の考えを交流したりしながら、多面的・多角的に考える授業が紹介されています。(道徳教育アーカイブ)
教師が意見の違いを怖がらないことです。

9.話したくない生徒にも参加できる授業にする

「議論する道徳」を意識するあまり、
「全員1回は発言しましょう」
「グループで必ず自分の経験を話しましょう」
とすることがあります。
しかし、道徳で扱う内容には、
家族。
友人関係。
いじめ。
死。
病気。
差別。
挫折。
将来。
など、個人的でセンシティブなテーマがあります。
自分の経験を話したくない生徒もいます。
それを尊重します。
話さなくても考えられます。
書くことでも参加できます。
架空の人物の立場から考えることもできます。
文部科学省も、発達障害等のある生徒や外国人の生徒などについて、学習過程で生じる困難さを把握し、必要な指導上の配慮を行うことを求めています。(文部科学省)
発表できる生徒だけが活躍する道徳授業にしない
ことが大切です。

10.教師の思いは隠さなくてよい

価値観を押し付けないからといって、教師が無色透明になる必要はありません。
教師には生きてきた経験があります。
教師自身が、
「私はこの部分を大切にしています」
「私はこの経験から、こう考えるようになりました」
と話すこともあります。
生徒にとって、教師自身の経験は一つの教材になることがあります。
ただし、
「私はこう考える」と「だからあなたもこう考えるべきだ」を分けます。
教師の話を最後の「正解発表」にしないことです。
「先生はこう思います。皆さんはどうでしょう」
という余地を残します。
教師の思いは大切です。
しかし、教師の思いが強いほど、生徒が自由に違う意見を言えるよう意識する必要があります。

11.「力のある教材」だけに授業を任せない

心を動かす教材があります。
実話。
小説。
映像。
スポーツ選手の話。
災害の記録。
歴史上の人物。
社会で話題になった出来事。
よい教材には、生徒の思考を動かす力があります。
しかし、
「教材が感動的だから、よい道徳授業になる」
とは限りません。
感動的な映像を見せ、
教師が感動的な話をし、
生徒が「感動しました」と感想を書く。
これだけでは、道徳的な課題について考えたとは言えません。
教材を見るときには、
「この教材で、どのような道徳的な問題を考えるのか」
「一つではない見方ができるか」
「中学生が自分との関わりで考えられるか」
を見ます。
教材の力と授業の力は同じではありません。

12.旬の人物やニュースを使うなら「人物を称賛する授業」にしない

スポーツ選手。
著名人。
ノーベル賞受賞者。
社会で話題になっている人。
現在のニュース。
こうした題材は、生徒の関心を引きやすいものです。
使ってはいけないわけではありません。
文部科学省のQ&Aでも、道徳科では教科書を主たる教材としつつ、教科書以外の有益・適切な教材を活用することが認められており、多様な教材の活用が重要だとされています。(文部科学省)
ただし、
「この人はこんなに素晴らしい。皆さんもこの人のようになりましょう」
だけでは、人物称賛の授業になります。
例えば、努力した人物を扱うなら、
「努力すれば必ず成功する」
ではなく、
「努力を続けることにはどんな意味があるのか」
「方向を変えたり、諦めたりすることは悪いことなのか」
「周囲の支えはどのような役割を果たしたのか」
まで考えられます。
人物を正解にしないことです。

13.教科書以外の教材では著作権と情報の正確性を確認する

インターネットには、道徳授業に使えそうな資料がたくさんあります。
画像。
ニュース記事。
スピーチ。
動画。
SNS投稿。
著名人の言葉。
しかし、インターネットで見つかったからといって、自由に授業用資料へ転載できるとは限りません。
また、
「○○さんが言った名言」
として広まっていても、本人が実際に発言したことを確認できない場合があります。
授業で使用するなら、
出典を確認します。
発言の文脈を確認します。
必要な著作権処理を確認します。
一次資料や公式資料をできるだけ確認します。
特にブログやSNSで見つけた「いい話」を、そのまま事実として使わないことが大切です。
道徳教材だからこそ、教材そのものの正確性にも責任を持ちます。

14.ICTは「全員の意見を表示すること」が目的ではない

一人1台端末を使えば、生徒全員の考えを画面上で共有できます。
これは道徳授業でも有効です。
道徳教育アーカイブにも、ICTを使って生徒相互の考えを共有し、多面的・多角的に考える中学校の実践が掲載されています。(道徳教育アーカイブ)
しかし、全員の考えを一覧表示するだけで学びが深まるわけではありません。
「この二つの意見は何が違うのだろう」
「なぜ同じ教材を読んだのに考えが分かれたのだろう」
「この意見を聞いて、自分の考えは変わっただろうか」
と、考えをつなげることが必要です。
また、センシティブなテーマについて全員の回答を実名で共有することにも注意します。
ICTは目的ではなく、考えを深めるための手段の一つです。

15.教師が生徒の発言を「道徳的に採点」しない

道徳科には評価があります。
しかし、
「親切な意見を言ったからA」
「教師が望む答えを書いたから高評価」
というものではありません。
文部科学省は、道徳科の評価について、他の生徒と比較するものではなく、数値評価でもなく、学習状況や道徳性に係る成長の様子を認め励ます個人内評価として記述式で行うことを示しています。また、一つ一つの内容項目ではなく、年間や学期などの大くくりなまとまりを踏まえて評価するとしています。(文部科学省)
重視されるのは、
一面的だった見方が多面的・多角的になっているか。
道徳的価値について、自分自身との関わりで考えを深めているか。
といった学習状況です。(文部科学省)
「正しい人間になったか」を教師が評価するのではありません。

16.生徒の本音を評価対象にしない

道徳授業の最後に、
「今日学んだこと」
を書かせることがあります。
その文章を評価材料として活用することはできます。
しかし、生徒が、
「私はまだ納得できません」
「今日の問題は難しくて答えが出ませんでした」
と書いたからといって、学びが浅いとは限りません。
むしろ、授業前は簡単だと思っていた問題について、
「考えてみたら簡単ではなかった」
と気付くことは大きな学びです。
道徳では、
教師が求める「美しい感想」を書けることを評価しない
ようにします。
本音を言えば評価が下がると思えば、生徒は教師の望む文章を書くようになります。
それでは「考え、議論する道徳」から離れてしまいます。

17.授業の終末を毎回「決意表明」にしない

授業の最後に、
「これから私は○○したいです」
と書かせることがあります。
もちろん、それが自然な授業もあります。
しかし、毎時間、
「これから友達を大切にします」
「これから努力します」
「これからルールを守ります」
と決意を書かせる必要はありません。
例えば、
「今日、一番考えが変わったところ」
「友達の意見で印象に残ったもの」
「まだ答えが出ていないこと」
「最初と今で、自分の考えはどう変わったか」
などでもよいのです。
道徳授業の終末は、
道徳的な決意を教師に提出する時間ではなく、自分の考えを振り返る時間
として考えます。

18.50分の道徳授業の基本形

道徳授業に万能の型はありません。文部科学省も、問題解決的な学習や体験的な学習について特定の指導の型があるわけではないと明示しています。(文部科学省)
その上で、授業づくりに迷う場合には、次のような流れを一つの参考にできます。

0~5分 問題意識を持つ

今日扱う道徳的な問題を、生徒自身が考えたくなる形で提示します。
最初から教師が、
「今日は思いやりについて勉強します」
と結論を示すより、
「この場面で、あなたならどうする?」
などの問いから入ることもできます。

5~15分 教材を理解する

文章、映像、資料等から状況を把握します。
ここで教材の細部を理解することに時間を使い過ぎません。

15~30分 中心となる問題を考える

個人で考える時間を確保します。
その後、必要に応じてペア、グループ、学級全体などで考えを交流します。
「なぜそう思うのか」
「別の立場ならどうか」
「条件が変わったらどうか」
などを問い返します。

30~40分 考えを揺さぶる

異なる意見を取り上げます。
「どちらも大切だとしたら、どう考える?」
「本当にいつでもそう言える?」
など、単純な結論で終わらない問いを入れます。

40~48分 自分との関わりで考える

教材から少し離れ、
「自分はどう考えるか」
へ戻します。
書いてもよいです。
話してもよいです。
すぐ答えが出なくても構いません。

48~50分 考えを残す

教師が「今日の正解」を発表して終わる必要はありません。
生徒の考えを短く受け止め、
「今日考えたことを、また日常の中でも考えてみてください」
という終わり方でもよいのです。

19.道徳授業のチェックリスト

□ 教師が望む結論を最初から決めていない
□ 「書いてほしい感想」をゴールにしていない
□ 教師の価値観を唯一の正解として示していない
□ 教材のあらすじ理解だけで授業が終わっていない
□ 登場人物の心情当てだけになっていない
□ 道徳的な問題について生徒が考える時間がある
□ 生徒自身との関わりで考える場面がある
□ 異なる意見を歓迎している
□ 少数意見を簡単に切り捨てていない
□ 教師の反応で「正解」を教えてしまっていない
□ グループ活動そのものを目的にしていない
□ 発言を全員に強制していない
□ 個人的な経験を話すことを強制していない
□ センシティブな家庭事情や経験に配慮している
□ 教師自身の経験を話す場合も「一つの考え」として示している
□ 感動的な教材だけに授業を頼っていない
□ 教科書以外の教材では出典・著作権・正確性を確認している
□ ICTを考えを深めるために使っている
□ 「美しい感想」を評価していない
□ 一回の授業だけで生徒の道徳性を判断していない
□ 毎回決意表明を書かせる授業になっていない
□ 授業後に「生徒は何を考えたか」を教師自身が振り返っている

20.教師が「伝える授業」から、生徒が「考える授業」へ

道徳授業で教師の思いがなくなる必要はありません。
生徒によりよく生きてほしい。
人を大切にしてほしい。
自分自身を大切にしてほしい。
社会について真剣に考えてほしい。
その願いがあるから、教師は道徳授業をつくります。
しかし、その願いをそのまま生徒の答えにしないことです。
教師が、
「私はこう考えます」
と伝えることはできます。
同時に、
「あなたはどう考えますか」
と問い返します。
そして、生徒から教師の予想とは違う答えが返ってきたときに、そこから授業を深めます。
文部科学省が示す「考え、議論する道徳」は、単に話合い活動を増やすことではありません。多様な感じ方や考え方に出会い、道徳的な問題を自分との関わりで捉え、人間としての生き方について考えを深めていくことです。(文部科学省)
教師が話す時間を減らせばよいわけでもありません。
グループ活動をすればよいわけでもありません。
難しい発問をすればよいわけでもありません。
大切なのは、
授業が終わったとき、生徒の中に新しい問いや、新しい見方が生まれているか
です。
「そんな考え方もあるのか」
「簡単だと思っていたけれど難しい」
「自分だったらどうするだろう」
「今までと少し考えが変わった」
そのような思考の動きが生まれる授業を目指したいものです。
道徳とは、教師が自分の価値観を生徒へ渡す時間ではありません。
生徒自身が、自分はどう生きるのかを考えるための時間です。

21.参考資料

文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 特別の教科 道徳編」。道徳科の目標、内容、指導計画、指導方法、教材、評価等の基本となる一次資料です。(文部科学省)
文部科学省「中学校学習指導要領解説」
文部科学省「平成29年改訂の小・中学校学習指導要領に関するQ&A(道徳に関すること)」。「考え、議論する道徳」は授業の型ではないこと、多面的・多角的に考えること、教科書以外の教材、評価、必要な配慮などが具体的に整理されています。(文部科学省)
文部科学省「道徳に関するQ&A」
文部科学省「道徳教育」。道徳教育に関する学習指導要領、評価、教材、道徳教育アーカイブ等への入口です。(文部科学省)
文部科学省「道徳教育」
文部科学省「道徳教育アーカイブ」。現在も中学校を含む授業映像、指導案、教育委員会作成資料、郷土教材等が追加されており、「考え、議論する道徳」の授業改善に活用できます。2026年にも新しい中学校実践事例等が追加されています。(道徳教育アーカイブ)
文部科学省「道徳教育アーカイブ」

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