保護者との面談や懇談で、こんな質問を受けることがあります。
「中学生は、1日何時間くらい勉強すればいいのでしょうか」
「何時間くらい寝るのがいいのですか」
「成績が上がらないので、塾に行かせた方がいいのでしょうか」
「スマホを持たせても大丈夫でしょうか」
「受験生の食生活で気をつけることはありますか」
教師をしていると、授業や学校生活だけではなく、家庭での生活について相談されることがあります。
こうした質問に対して、「家庭によって違いますから、一概には言えません」とだけ答えるのは簡単です。
確かに、家庭によって事情は違います。
生徒によっても違います。
一つの正解があるわけではありません。
しかし、「家庭によって違います」で終わってしまえば、相談した保護者にとっては何の手掛かりにもなりません。
一方で、教師が専門外のことまで断定して答えるのも違います。
大切なのは、教師が何でも知っていることではありません。
教師として答えられることと、答えてはいけないことを区別することです。
「一概には言えません」で終わらせない
私は以前、保護者から質問されたときには、教師としてできるだけ明確な答えを返すことが大切だと考えていました。
その考え自体は、今も大きく変わっていません。
ただし、長く学校現場にいる中で、一つ大切なことを付け加える必要があると考えるようになりました。
それは、
教師が答えるべきことには範囲がある
ということです。
学習については、教師は専門家です。
学校での本人の様子についても、教師だからこそ伝えられることがあります。
しかし、医療、栄養、睡眠、発達、家庭内のルールなどについて、教師個人の経験だけで断定することには慎重でなければなりません。
分からないことを、分かったように答える必要はありません。
むしろ、
「学校ではこのような様子です」
「教育の立場からは、こう考えます」
「公的にはこのような目安が示されています」
「ここから先は専門家に相談した方がいいと思います」
と整理して伝える方が、はるかに誠実です。
教師が答える内容を4つに分ける
保護者から相談されたとき、私は次の4つに分けて考えるとよいと思っています。
1 学校で実際に見えていること
これは教師が最も自信を持って伝えられる部分です。
「授業中はここまで理解できています」
「提出物は以前より出せるようになっています」
「数学では計算より文章題で困っています」
「午後になると眠そうな日が続いています」
「友達とのやり取りで困っている様子があります」
こうした事実は、教師だからこそ伝えられます。
推測ではなく、まず事実を伝えることが重要です。
2 教育の専門家として助言できること
勉強の方法、授業内容、家庭学習、学習習慣、学校生活などについては、教師として具体的に助言できます。
ただし、
「中学1年生だから必ず毎日60分」
のように、一律の数字を当てはめる必要はありません。
本人が今どこで困っているのか。
どのような学習方法なら続けられそうなのか。
学校で何を支援できるのか。
そこまで含めて考えます。
3 公的な資料を基に伝えること
睡眠、インターネット利用、健康などについては、教師個人の経験則より、公的資料を基に説明する方が正確です。
例えば睡眠について、厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、小学生は9~12時間、中学・高校生は8~10時間を参考に睡眠時間を確保することを推奨しています。
昔からよく言われてきた「中学生なら7~8時間でよい」「夜10時から2時が睡眠の黄金時間」といった説明を、教師がそのまま保護者に伝えるべきではありません。
情報は更新されます。
教師自身も学び直す必要があります。
4 家庭や専門家に委ねること
教師が決めることではない問題もあります。
塾に行くか。
スマホを買うか。
家庭でどのような役割分担をするか。
どのような食事をとるか。
最終的に決めるのは家庭です。
また、健康上の問題が疑われる場合には、教師が診断するのではなく、養護教諭、学校医、医療機関などにつなぎます。
文部科学省の「生徒指導提要」でも、学校だけで問題を抱え込むのではなく、家庭や専門性のある関係機関等と連携しながら支援することが重要だとされています。
「中学生は1日何時間くらい勉強すればいいですか」
これは非常によく聞かれる質問です。
しかし、
「中1は60分」
「中2は90分」
「学年×何分」
という数字だけを答えることには、あまり意味がありません。
同じ60分でも、ただ机に向かっている60分と、自分の課題に集中している60分では全く違います。
また、生徒によって現在の学習状況も違います。
大切なのは、
「何分勉強したか」
だけではなく、
「何をできるようにするために、何をするか」
です。
例えば私は、
「まず学校の宿題や課題を自分でできる状態をつくりましょう」
「今回のテストを見ると、英語の単語と数学の計算から始めるのがよさそうです」
「いきなり長時間を目標にするより、毎日続けられるところから始めましょう」
といった話をします。
家庭学習について教師が助言するときには、生徒の実態を見ながら具体化することが大切です。
「何時間くらい寝るのがいいですか」
ここは、教師の感覚だけで答えない方がよい分野です。
厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、中学・高校生について、8~10時間を参考に睡眠時間を確保することが推奨されています。
また、思春期はもともと夜更かしや朝寝坊になりやすいうえ、部活動、勉強、友人関係、デジタル機器の使用などによって睡眠不足になりやすいことも示されています。
教師ができるのは、
「最近、午前中に眠そうな日が増えています」
「授業中に集中することが難しくなっています」
という学校での事実を伝えた上で、公的な目安を紹介することです。
「必ず何時に寝なければならない」と家庭に命じることではありません。
睡眠に大きな問題があり、朝起きられない状態が長期間続くなどの場合には、本人の努力不足と決めつけず、必要に応じて医療機関等への相談を考えることも必要です。
「成績が上がらないので、塾に行かせた方がいいですか」
これも教師が結論を決める質問ではありません。
「塾に行かせた方がいいです」
「塾なんて必要ありません」
と簡単に答えるべきではないと思います。
その前に教師として確認すべきことがあります。
学校の授業でどこまで理解できているのか。
何につまずいているのか。
家庭でどのように勉強しているのか。
学校で追加してできる支援はないのか。
本人はどう考えているのか。
まず、そこを整理します。
例えば、
「英語については、単語を覚えるところでかなり困っています」
「数学は授業中には理解できていますが、家庭での復習がほとんどできていません」
と学校から見える事実を伝えることができます。
その上で、
「塾を利用する方法もありますが、まず本人がどこで困っているのかを一緒に整理してみませんか」
と返すことができます。
塾に行くかどうかを決めることより、本人の学習上の課題を明らかにすることが教師の仕事です。
家庭教師を利用する場合も考え方は同じ
家庭教師を利用する場合も、肩書きや料金だけで良し悪しを判断することはできません。
本人がどこで困っているのかを把握しているか。
本人や保護者と学習の目標を共有できているか。
本人の理解度に合わせて指導方法を調整できるか。
宿題の量が本人の学校生活や生活時間と両立しているか。
学習の進み方や課題を、本人や保護者に分かりやすく説明できるか。
こうした点を確認することは、家庭が判断する際の一つの材料になります。
ただし、教師が特定の家庭教師や事業者を「ここがよい」と推薦することには慎重であるべきです。
教師にできるのは、
「学校では、この部分でつまずいています」
「この方法では理解が進んでいます」
「現在の本人には、ここを支援してもらえるとよいと思います」
など、学校で見えている本人の学習状況を具体的に伝えることです。
家庭教師を利用するかどうか、誰に依頼するかを決めるのは家庭です。
教師が家庭の選択を決めるのではなく、判断するための材料を増やすことが大切です。
「自分の部屋にテレビやスマホを持ち込みたがっています」
以前なら、「自分の部屋にテレビを置かない方がいい」と単純に答えていました。
現在は、もう少し分けて考える必要があります。
問題なのは、「テレビだから悪い」「スマホだから悪い」ということではありません。
睡眠、学習、生活時間、人間関係、安全面などにどのような影響が出ているかを見ることが重要です。
厚生労働省の睡眠ガイドでも、長時間のスクリーンタイムと睡眠時間の減少との関連が示され、寝室にはデジタル機器を持ち込まず、別の部屋に置くことなどが紹介されています。
学校で夜更かしや眠気が見られているのであれば、
「最近、午前中にかなり眠そうです。スマホを使う時間も含めて、一度生活全体を本人と一緒に振り返ってみてはどうでしょうか」
と伝えることができます。
家庭のルールは、教師が一方的に決めるものではありません。
「スマホを持たせても大丈夫でしょうか」
スマホを持たせるかどうかも、最終的には家庭の判断です。
教師ができるのは、学校現場で起こり得るトラブルや安全上の留意点を伝えることです。
こども家庭庁は、青少年のインターネット利用について、家庭でルールをつくることやフィルタリングなどの安全対策について情報を提供しています。
重要なのは、
「持たせる・持たせない」
だけではありません。
どこで使うのか。
何時まで使うのか。
課金をどうするのか。
SNSをどう使うのか。
困ったことが起きたら誰に相談するのか。
保護者がどこまで確認するのか。
こうしたことを、できれば購入前から親子で話しておくことです。
教師が、
「スマホは危険だから持たせてはいけません」
と断定するのではなく、
「どんな危険があるのかを知った上で、家庭でルールを話し合ってください」
と伝える方が現実的です。
「受験生の食生活で気をつけることはありますか」
これも注意が必要な質問です。
教師は栄養の専門家ではありません。
「魚を増やした方がよい」
「この食品を食べれば集中力が上がる」
「この食べ物は頭によい」
といったことを、教師個人の知識だけで断定する必要はありません。
健康な人の食生活については、厚生労働省・農林水産省の「食事バランスガイド」など、公的な資料を紹介することができます。
一方、食欲の著しい低下、体重の大きな変化、食事がとれない状態などが見られる場合には、単なる「生活指導」で済ませず、養護教諭や医療機関等への相談を考える必要があります。
教師として伝えられるのは、
「学校では昼食をほとんど食べていない日があります」
「午後になると体調が悪そうな日があります」
といった学校で確認した事実です。
そこから先は、必要に応じて専門家につなぎます。
「中学生に家の手伝いをどこまでさせればいいですか」
家庭での手伝いや役割を持つことには意味があると思います。
しかし、
「中学生ならこれだけは必ずできなければならない」
と教師が決めるものではありません。
家庭の状況はそれぞれ違います。
きょうだいの有無、保護者の勤務状況、本人の生活状況なども違います。
大切なのは、
「家族の一員として自分にできることを考える」
ことです。
料理、片付け、掃除、洗濯、買い物、ゴミ出しなど、生活の中には多くの学びがあります。
受験生だから何もしなくてよい、と考える必要もありません。
一方で、家庭の事情も知らずに教師が一律に家事を求めるべきでもありません。
「どんな役割なら本人が無理なく担えそうですか」
と家庭で考えてもらえばよいと思います。
その場ですぐに答えなくてもいい
教師をしていると、質問された瞬間に何か答えなければならないと思ってしまうことがあります。
しかし、分からないことを曖昧な知識で答えるより、
「そこは確認してからお伝えします」
と言える方がよいと思います。
教師の信頼は、
すべての質問に即答できること
から生まれるのではありません。
分かっていることと分かっていないことを区別する。
事実と自分の考えを区別する。
専門外のことは専門家につなぐ。
そして、調べると言ったことはきちんと調べて返す。
その積み重ねから生まれるものだと思います。
保護者に「答え」を渡すのではなく、一緒に考える
保護者から相談されたとき、教師の役割は「家庭の正解を決めること」ではありません。
しかし、「家庭のことなので分かりません」で終わることでもありません。
学校で見えている本人の姿を伝える。
教師として助言できることを伝える。
必要なら信頼できる一次情報を紹介する。
家庭で判断する部分は家庭に委ねる。
専門的な支援が必要なら専門家につなぐ。
この境界を意識することが大切です。
保護者が教師に相談するのは、「絶対に正しい答え」が欲しいからとは限りません。
「学校では、この子はどう見えているのだろう」
「先生は、この子のことをどう考えているのだろう」
「これから何を一緒に考えればいいのだろう」
という思いで相談していることもあります。
だからこそ、教師は何でも答えようとする必要はありません。
その子について見えていることを丁寧に伝え、保護者と一緒に次の一歩を考える。
それが、教師にできる大切な保護者支援の一つだと考えています。
参考資料
・文部科学省「生徒指導提要(改訂版)」
・厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」
・こども家庭庁「青少年の安全で安心な社会環境の整備」
・こども家庭庁「令和7年度 青少年のインターネット利用環境実態調査」
・農林水産省「食事バランスガイド」

