1.ある友人の先生の話
私の友人の先生が、2組の家族で雲取山に登頂した時に写真を送ってくれました。
その行程であったことも聞きました。
「苦しい時でも他人に優しくできる教師には、かなわない」
ということでした。
雲取山頂までは、とても険しい道のりです。
特に1000mを超えるとはそうなのです。
酸素が薄くなりますから、息をするだけでもしんどくなってきます。
私の感覚だと、「息苦しい」=「思考力がなくなる、イライラする」状態です。
疲れも相当なものになっていたはずです。
その険しい最中にも関わらず、「友人のA先生の優しさが、すごかった」と私の友人の先生が言うのです。
前にかがむことすら辛いはずなのに、辛そうにしている見知らぬ人の荷物を一部運んでいたそうです。
それだけではなく、他の2人に優しい声掛けし、また、知らないご老人にも優しく接していたそうです。
しかもそれは、嫌味がなく極めて自然だったというのです。
心から、相手の幸せを願っていたのでしょう。
私もその先生を少しだけ知っているのですが、優しさが染み出てくるような先生です。
自分の子どもも、そのような優しい先生に担任になってもらいたいと思います。
そのような先生を前にしたら、「集団を動かすのに長けている」ことなんて、とても小さなことのように思えるのです。
2.本当の優しさを
さて、これは、マネをしようと思ってもできるものではありません。
中途半端な余力のあるアラフォー男性教師が、「優しさ」を示そうと行動している姿を見かけますが、所詮見せかけです。
…私のことです(−_−#)。
見ていて見苦しいものがあります。
「優しくする」って難しいことなのです。
「優しさ」について、本ブログでも何回も記事にしています。
私にとって永遠のテーマです。
どのような状況になろうと、見せかけではなく、本物の優しさをもてるよう行動していこうと思います。