新年度の資料作成で大切な14のこと|前年度資料・ネット・生成AIを「自分の言葉」に変える

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新年度が近づくと、教師はたくさんの資料を作ります。
学級開きの資料。
学年通信。
学級通信。
保護者への文書。
年間計画。
校務分掌の資料。
オリエンテーション。
授業開き。
学年集会。
前年度のデータを開き、先輩の資料を読み、本を調べ、インターネットを検索する。
今なら生成AIに相談することもできます。
私は、こうしたものを積極的に使えばよいと思っています。
何もないところから、すべて自分一人で考える必要はありません。
先人が積み重ねてきた実践から学ぶことは、教師の成長にとって大切です。
ただし、一つだけ気をつけたいことがあります。
最後は、自分の頭で考えることです。
前年度資料をそのまま使う。
インターネットの文章をそのまま使う。
生成AIが作った文章をそのまま使う。
それでは、資料は完成しても、自分自身の教育活動にはなりにくいと思います。
資料を一から作る必要はありません。
しかし、
「なぜ、この言葉を使うのか」「なぜ、この取組をするのか」
については、自分で答えられるようにしておきたいものです。

1.前年度資料は「答え」ではなく「出発点」にする

新年度準備で最初に見るものの一つが、前年度の資料です。
年間計画。
学年通信。
行事の実施要項。
保護者への案内。
学級開きの資料。
非常に役立ちます。
前任者が時間をかけて作った資料を活用することには意味があります。
ただし、
「去年こうしていたから、今年もこうする」
だけにはしません。
今年の生徒は去年の生徒とは違います。
学年の教職員も違います。
学校の状況も変わります。
制度や社会状況が変わっている場合もあります。
前年度資料を開いたら、
「何を残すか」
「何を変えるか」
「何をやめるか」
の三つに分けて見ます。
全部変える必要はありません。
全部残す必要もありません。

2.最初に確認するのは「誰に、何を伝える資料か」

資料を作る前に、一度止まります。
この資料は、
誰に、何を伝えるためのものなのか。
例えば、学級通信なら、
生徒に読んでもらいたいのか。
保護者に伝えたいのか。
両方なのか。
新年度の学年集会資料なら、
ルールを説明したいのか。
学年が大切にすることを共有したいのか。
具体的な行動を伝えたいのか。
目的が曖昧なまま資料を作ると、情報をたくさん入れたくなります。
しかし、情報量が多いことと、伝わることは同じではありません。
資料を作り始める前に、
「この資料を読んだ後、相手に何が分かっていてほしいか」
を一文で考えます。

3.「去年の文書だから正しい」と思わない

前年度資料には、もう一つ注意があります。
去年使われた資料であっても、現在も内容が正しいとは限りません。
法律。
国や自治体の制度。
評価。
ICT。
個人情報。
生徒指導。
不登校。
いじめ。
特別支援教育。
こうした内容は変わることがあります。
そのため、制度や数値などを載せる場合には、最新の一次資料を確認します。
「昨年度もこの数字だった」
「前任者の資料にこう書いてある」
を根拠にしません。
前年度資料は、
その時点の資料
です。
現在の正しさを保証するものではありません。
学校で作成する資料は、教育活動の根拠になることがあります。
だからこそ、事実関係については一次情報へ戻る習慣を持っておきたいものです。

4.「事実」「学校の方針」「自分の考え」を分ける

資料を書くときには、
事実
学校として決まっていること
自分自身の考え
を混ぜないようにします。
例えば、
「遅刻しないことは社会人として当然です」
という文章があったとします。
これは法令ではありません。
教師の価値判断が含まれています。
一方、
「8時30分までに登校する」
が学校で定められた時刻なら、学校のルールです。
さらに、
「私は朝、教室で皆さんと挨拶をする時間を大切にしたいと思っています」
なら、教師自身の考えです。
どれが悪いということではありません。
ただ、
何を根拠に書いているのかを自分で理解する
ことが重要です。
そうすれば、生徒から、
「なぜですか」
と尋ねられたときにも説明できます。

5.自分の言葉を「一部分」でよいから入れる

先輩の資料がすばらしい。
本で見つけた文章がすばらしい。
生成AIが作った文章も分かりやすい。
そのまま使いたくなることがあります。
しかし、特に生徒や保護者へ直接伝える文章には、
自分自身の言葉を入れてほしい
と思います。
全部をオリジナルにする必要はありません。
例えば、最初の学級通信なら、
「この一年で、私はこんな学級にしたい」
という部分だけは自分で書く。
学年通信なら、
「この学年で大切にしたいこと」
を自分たちの言葉で書く。
学級開きなら、
「私は皆さんとこういう一年を送りたい」
と自分で考える。
ほんの数行でも構いません。
その数行については、
なぜこの言葉を書いたのかを、自分自身が説明できる状態
にします。

6.自分で考えることそのものが教師の学びになる

教師の仕事には、正解が書かれたマニュアルが存在しない場面がたくさんあります。
目の前の子どもを見る。
実態を考える。
資料や先行実践から学ぶ。
自分なりに組み立てる。
実際にやってみる。
振り返る。
また変える。
この繰り返しが教師の学びです。
文部科学省の教員育成指針でも、教師一人一人が自らの専門職性を高めることを自覚して主体的に学ぶこと、さらに校内研修や授業研究など「現場の経験」を重視した学びを進めることが示されています。
教育実践における省察の研究でも、教師が自分の実践について「これで本当によいのか」「もっとよい方法はないか」と問い直すことの重要性が論じられています。
資料作成も同じです。
完成したファイルだけが成果ではありません。
資料を作る途中で何を考えたか
も、教師の成長の一部です。

7.よい実践は積極的に借りる。ただし「移植」しない

教育の世界には、優れた実践がたくさんあります。
先輩の実践。
書籍。
研究会。
論文。
他校の取組。
インターネット。
積極的に学べばよいと思います。
しかし、
「○○先生が成功したから、自分も同じことをすれば成功する」
とは限りません。
学校規模。
地域。
生徒の実態。
教師と生徒の関係。
教職員構成。
時代。
すべて違います。
だから、
方法ではなく、考え方を借ります。
なぜこの実践をしたのか。
どのような課題があったのか。
何を大切にしたのか。
どんな条件でうまくいったのか。
そこを考えます。
その上で、自分の学校、自分の学級に合う形へ変えます。

8.「オリジナルでなければならない」とも考えない

反対に、
「自分の言葉が大事」
と言われると、
「去年とは違うことをしなければ」
「何か新しいアイデアを出さなければ」
と思う人がいます。
その必要もありません。
よいものは残せばよいのです。
完成度の高い年間計画を、無理に変更する必要はありません。
分かりやすい文書を、毎年作り直す必要もありません。
学校には、継続することで価値が生まれるものもあります。
大切なのは、
「去年と違うか」ではなく「今年も必要か」
です。
変えること自体を目的にしません。
残す理由を説明できるなら、残す。
変える理由があるなら、変える。
やめる理由があるなら、やめる。
それで十分です。

9.生成AIは「たたき台」をつくる道具として使う

現在は、資料づくりに生成AIを使うこともできます。
文部科学省のガイドラインでも、教職員による校務での利用例として、学年・学級だより、通知文、案内文、校内研修資料などの「たたき台」を作成することが示されています。
例えば、
「新入生の保護者に伝わるように柔らかい文章にしてください」
「この文書の重複部分を整理してください」
「箇条書きにしてください」
「この内容で抜けている視点を挙げてください」
と使うことができます。
これは便利です。
ただし、文部科学省は同時に、生成AIの出力は「参考の一つ」であり、最適解とは限らず、最後は人間が判断し、成果物に責任を持つことを基本姿勢としている。
つまり、
AIに書いてもらうことと、AIに任せることは違います。

10.生成AIが作った文章ほど、一度「自分の言葉」に戻す

生成AIの文章には特徴があります。
整っています。
丁寧です。
もっともらしく見えます。
だからこそ、そのまま使いやすいのです。
しかし、
「これは本当に自分が言いたいことだろうか」
と確認します。
例えば学級開きの文章をAIに作らせたら、
一度読んで、
「自分なら本当にこう言うか」
と考えます。
言わない表現は消す。
自分が大切にしている具体を加える。
長ければ削る。
生徒の実態に合わなければ変える。
生成AIには誤った出力、いわゆるハルシネーションを完全には防ぎきれないという性質もあり、事実については別途確認が必要です。
AIの文章を完成品として受け取らず、考える素材として受け取る。
この距離感がよいと思います。

11.個人情報を生成AIへ安易に入力しない

生成AIを校務で利用する場合には、情報の扱いにも注意が必要です。
「○○さんという生徒が、このような行動をしている。保護者への文章を考えて」
と、実際の児童生徒の情報をそのまま入力するような使い方は慎重でなければなりません。
文部科学省の生成AIガイドラインでは、教育委員会の情報セキュリティポリシー等を遵守し、適切な環境でない場合には成績情報等の重要性の高い情報をプロンプトへ入力してはならないとしています。また、個人情報を含む入力についても、サービス提供者による取扱い等を十分確認する必要があるとしています。
したがって、
「便利だから」という理由だけで、普段使っている個人用AIサービスへ学校の情報を入力しない
ことが基本です。
所属する教育委員会・学校のルールを必ず確認します。

12.他人の文章や画像を使うときは著作権を確認する

インターネットには、使いたくなる文章、画像、イラスト、教材がたくさんあります。
しかし、
「学校で使うから自由に使える」
わけではありません。
学校の授業の過程で認められる著作物利用と、学校外へ公開する行為は同じではありません。
文化庁の学校向け著作権教材でも、授業の過程で利用できるケースであっても、それを学校外へ配布したり学校ホームページへ掲載したりする場合には、別の判断が必要になることが示されています。
文化庁は、教職員向けに学校教育と著作権を扱う教材も公開しています。
例えば、
学級通信にネット上の画像を使う。
書籍の文章を長く転載する。
市販教材をコピーして掲載する。
生成AIで既存作品によく似た画像を作って公開する。
こうした場面では確認が必要です。
「教育だから大丈夫」ではなく、「この使い方は大丈夫か」を考える。
それも資料を作成する教師の責任です。

13.一人で完成させず、誰かに見てもらう

自分で丁寧に作った資料ほど、自分では誤りに気づきにくいものです。
日付。
曜日。
提出期限。
金額。
名称。
URL。
漢字。
制度。
こうしたものは、別の人が見るとすぐ間違いに気づくことがあります。
特に、
学校全体に関わるもの。
保護者へ出すもの。
個人情報を含むもの。
新しい制度に関するもの。
校長名等で発出するもの。
については、学校の手続に従い確認します。
内容面でも、
「これを初めて読む人に分かるだろうか」
と誰かに見てもらうと、作成者には見えなかった部分が見えてきます。
教師の学びについても、一人だけでなく、同僚と対話しながら省察することの意味が研究されています。
自分で考えることと、一人で考えることは違います。

14.最後に「本当に自分がこれを言えるか」を確認する

資料が完成したら、最後にもう一度読みます。
誤字脱字だけではありません。
一番確認したいのは、
「私は、この言葉を生徒や保護者の前で本当に言えるだろうか」
です。
「失敗を恐れず挑戦してください」
と書いたのなら、失敗した生徒を責めすぎていないか。
「一人一人を大切にします」
と書いたのなら、自分の都合だけでルールを押し付けていないか。
「困ったときには相談してください」
と書いたのなら、相談しやすい雰囲気をつくれているか。
文章と行動が完全に一致することは難しいでしょう。
教師も失敗します。
それでも、
自分が書いた言葉に、自分自身も近づこうとする。
そこに意味があります。
新年度資料は、きれいな文書を完成させることだけが目的ではありません。
自分は今年、何を大切にするのか。
どんな教師でありたいのか。
どんな学級や学年にしたいのか。
そのことを、自分自身が考える時間でもあります。
前年度資料を使ってよい。
本を読んでよい。
優れた先生の実践を参考にしてよい。
インターネットで調べてよい。
生成AIも使ってよい。
一から全部つくる必要はありません。
ただ、最後の最後だけは、
自分で考える。
「なぜ、この言葉なのか」
「なぜ、この取組なのか」
「今の子どもたちに、本当に必要なのか」
と考える。
そして、必要であれば変える。
分からなければ誰かに聞く。
実践したら振り返る。
次の年には、また少し変える。
教師の仕事は、誰かが作った正解をそのまま再現する仕事ではありません。
同時に、すべてを一人で発明する仕事でもありません。
先人から学び、同僚から学び、新しい技術も使いながら、目の前の子どもに合う形へつくり直していく仕事です。
その小さな積み重ねが、教師自身の成長にも、学校の成長にもつながっていくのだと思います。

参考資料

文部科学省「公立の小学校等の校長及び教員としての資質の向上に関する指標の策定に関する指針」
文部科学省「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)」
文部科学省「学校現場における生成AIの利用について」
文化庁「著作権を学ぶ(教材・講習会)」
上條晴夫・赤坂真二「協同的な省察において教師の学びは如何につくられるのか」日本学級経営学会誌
小笠原忠幸ほか「同僚教師との協働省察と授業実践の繰り返しが若手教師の授業力量向上に及ぼす効果」

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