「もう教師を辞めたいです」
同僚からそう言われたら、何と答えればよいでしょうか。
「もう少し頑張ろう」
「せっかく教師になったのだから」
「どこの学校でも同じだよ」
「今年度だけ乗り切れば大丈夫」
すぐに励ましたくなるかもしれません。
しかし、その言葉が必要とは限りません。
「教師を辞めたい」という一言の背景には、様々な状況があります。
仕事量が多すぎる。
生徒対応に疲れている。
保護者対応で追い詰められている。
職場の人間関係に苦しんでいる。
自信を失っている。
体調が崩れている。
教師以外にやりたいことが見つかった。
いくつもの要因が重なっていることもあります。
文部科学省の令和6年度調査でも、精神疾患による病気休職の要因として、児童生徒への指導そのもの、職場の対人関係、校務分掌等の事務的業務などが多く報告されています。(文部科学省)
だから、最初から答えを決めません。
辞めないよう説得することではなく、まずその人が何に苦しんでいるのかを知る。
そこから始めます。
- 1.まず「話してくれてよかった」と受け止める
- 2.「教師を辞めたい」の意味を丁寧に聴く
- 3.話を聴きながら「正しいこと」を言いすぎない
- 4.診断しない
- 5.「辞めるか、続けるか」の二択にしない
- 6.「もう少しだけ頑張ろう」を安易に言わない
- 7.心配な変化があれば、専門家につなぐ
- 8.「死にたい」「消えたい」が出たら、通常の相談とは分けて考える
- 9.秘密を守ることと、一人で抱えることを混同しない
- 10.管理職への相談を「告げ口」にしない
- 11.原因が職場にあるなら、本人だけを治そうとしない
- 12.ハラスメントが疑われる場合は、我慢を勧めない
- 13.休むことを「教師としての敗北」にしない
- 14.辞めたい理由を「本人の適性」の問題だけにしない
- 15.支える側も一人で背負わない
- 16.翌日以降も少し気に掛ける
- 17.最後に決めるのは本人
- 相談されたときの初動チェック
- 参考資料
1.まず「話してくれてよかった」と受け止める
「教師を辞めたい」と誰かに話すまでに、長い時間悩んでいる人もいます。
厚生労働省の「こころの耳」でも、同僚から心の悩みを相談された場合、相手はどこにも相談できず、ようやく相談を決意した可能性があるとして、まず話を聴くことを重視しています。(こころの耳)
そこで、
「そうだったんですね」
「かなりしんどかったんですね」
「話してくれてよかったです」
と受け止めます。
すぐに、
「辞めない方がいい」
「辞めた方がいい」
と結論を出す必要はありません。
相談してきた人の人生について、相談された側がその場で結論を出さない
ことが大切です。
2.「教師を辞めたい」の意味を丁寧に聴く
同じ「辞めたい」でも、意味は異なります。
今日の出来事がつらくて辞めたい。
今の学校を離れたい。
今の役割を続けられない。
一度休みたい。
教師という職業そのものを辞めたい。
別の仕事をしたい。
自分でもよく分からない。
様々です。
そこで、
「何が一番しんどいですか」
「いつ頃からそう感じていますか」
「学校そのものがしんどいのか、今の状況がしんどいのか、どちらに近いですか」
と少しずつ聴きます。
質問攻めにはしません。
本人自身も整理できていないものを、一緒に少しずつ言葉にしていく
くらいでよいと思います。
3.話を聴きながら「正しいこと」を言いすぎない
相談を受けると、
「こうすればいい」
と解決策を出したくなります。
しかし、相手がまだ十分話せていない段階では、助言が早すぎることがあります。
厚生労働省が示す積極的傾聴でも、相談できる環境を整え、相手の話を最後まで聴き、理解したことを返すことが重視されています。(こころの耳)
「そんな人、気にしなければいい」
「もっと強く言い返せばいい」
「仕事なんだから仕方ない」
という言葉も、相談者がすでに頭では分かっていることかもしれません。
分かっていても、できないほど苦しくなっている場合があります。
まず聴きます。
4.診断しない
ここは非常に重要です。
「眠れないと言っているから、うつ病だ」
「食欲がないから危険だ」
「まだ仕事に来ているから大丈夫だ」
と、同僚が判断することはできません。
精神疾患の診断は医療の領域です。
厚生労働省も、こころの不調について、必要に応じて専門家や医療機関につながるための情報を提供しています。(厚生労働省)
私たちが見るのは診断名ではなく、
「いつもと違う」「かなりつらそうだ」「仕事や生活に影響が出ている」
という状態です。
診断するのではなく、必要な支援につなぎます。
5.「辞めるか、続けるか」の二択にしない
苦しくなっているときには、
「もう辞めるしかない」
と思うことがあります。
しかし、選択肢はそれだけとは限りません。
休む。
医療機関等に相談する。
担当業務を調整する。
校務分掌を見直す。
管理職に相談する。
勤務上の配慮について相談する。
異動を考える。
休職制度について確認する。
教師を続けながら別の道を考える。
そして、本当に教師を辞める。
様々な選択肢があります。
一方で、
「教師を辞める」という選択そのものを否定する必要もありません。
続けることだけが成功ではありません。
本人が十分に考えた上で別の人生を選ぶこともあります。
相談者の役割は、教師を引き留めることではなく、
追い詰められた状態で選択肢が一つしか見えなくなっているなら、選択肢を少し広げること
です。
6.「もう少しだけ頑張ろう」を安易に言わない
真面目な教師ほど、すでに十分頑張っていることがあります。
「あと1か月だから」
「学年末までは」
「このクラスを卒業させるまでは」
という言葉で、さらに我慢する方向へ押さないようにします。
本人が限界に近いのかどうかは、周囲には完全には分かりません。
文部科学省は教職員のメンタルヘルス対策について、本人のセルフケアだけではなく、早期発見・早期対応、相談体制、職場環境改善などを組織的に行う必要性を示しています。(文部科学省)
必要なのは、
「頑張れるか」
ではなく、
「今の状態でこの働き方を続けて大丈夫なのか」
を考えることです。
7.心配な変化があれば、専門家につなぐ
例えば、
眠れない状態が続いている。
食事が取れない。
強い疲労が続いている。
仕事に大きな支障が出ている。
極端に自分を責めている。
これまでとは明らかに様子が違う。
こうした状態があれば、本人だけに抱えさせず、産業医、医療機関、職場の相談窓口など専門的な支援につながることを勧めます。厚生労働省の「こころの耳」も、働く人本人だけでなく、家族や支援する側に向けて、専門家や相談窓口につながる情報を提供しています。(こころの耳)
大切なのは、
「あなたは病気だから病院へ行った方がいい」と診断するように言わないこと
です。
「かなりしんどそうなので、一度専門家に相談してみませんか」
と勧めます。
8.「死にたい」「消えたい」が出たら、通常の相談とは分けて考える
「死にたい」
「消えてしまいたい」
「いなくなった方がいい」
など、自殺を示唆する言葉が出た場合は、単なる仕事の愚痴として扱いません。
厚生労働省は、悩んでいる人へのゲートキーパーの基本を、変化に気づく、じっくり耳を傾ける、必要な支援先につなげる、温かく見守ると整理しています。(厚生労働省)
こうした場合には、同僚一人で秘密を抱え込まず、安全を優先して、管理職、家族、医療・公的相談機関など必要な支援へつなぎます。
切迫した危険があると考えられる場合は、一人にせず、緊急の医療・安全確保につなぐことを優先します。
公的な相談先として、厚生労働省のこころの健康相談統一ダイヤルもあります。
0570-064-556
また、厚生労働省「まもろうよ こころ」では、電話・SNS等の相談先を案内しています。(厚生労働省)
9.秘密を守ることと、一人で抱えることを混同しない
相談者から、
「誰にも言わないでください」
と言われることがあります。
もちろん、本人のプライバシーは大切です。
必要もないのに職員室で話題にするようなことはしてはいけません。
しかし、
秘密を守る=相談された人一人だけで最後まで背負う
ではありません。
本人の安全に関わる場合や、専門的支援が必要な場合には、必要な人へつなぐことがあります。
できるだけ本人に、
「この状態を私一人で抱えるのは心配です」
「誰に相談するのが一番よさそうか、一緒に考えませんか」
と説明します。
支援に必要な範囲を超えて情報を広げないことと、必要な支援者につなぐことを両立させます。
10.管理職への相談を「告げ口」にしない
職場の問題を管理職に伝えることについて、
「大ごとにしたくない」
「迷惑をかけたくない」
と思う人もいます。
しかし、業務量、校務分掌、人間関係、勤務環境など、管理職や教育委員会でなければ調整できないことがあります。
文部科学省は、管理職に対して、働き方改革だけでなく、職場の心理的安全の確保、働きやすい職場環境の構築、教師の健康・福祉の確保に関する役割を求めています。(文部科学省)
本人の同意を得られるなら、
「一人で行きにくければ一緒に行きます」
という方法もあります。
管理職に相談する目的は人物を評価することではなく、働く条件を変えること
です。
11.原因が職場にあるなら、本人だけを治そうとしない
本人が疲れているから、
ストレス解消法を教える。
運動を勧める。
睡眠を取るよう伝える。
それだけで終わってはいけない場合があります。
例えば、
仕事量が明らかに多い。
特定の人から継続的に強い言動を受けている。
一人だけに難しい案件が集中している。
相談しても支援が得られない。
という状況なら、職場側の環境改善が必要です。
令和6年度の文部科学省調査でも、精神疾患による病気休職の主な要因として、職場の対人関係や児童生徒への指導、事務的業務等が挙げられており、今後の対応として働き方改革、メンタルヘルス対策、指導・運営体制の充実が示されています。(文部科学省)
人が壊れないように人を強くするだけでなく、人を追い詰める環境を変える。
この視点が必要です。
12.ハラスメントが疑われる場合は、我慢を勧めない
上司や同僚との関係が苦しさの背景にあることがあります。
継続的な人格否定。
威圧的な言動。
必要以上の叱責。
仕事から意図的に外す。
過度な要求。
こうした問題を、
「人間関係だから仕方がない」
「どこの職場にも合わない人はいる」
と処理しません。
必要に応じて、管理職、教育委員会、人事担当、労働安全衛生上の相談ルート等につなぎます。
特に相談相手となる管理職自身との関係が問題であれば、その管理職以外の相談先が必要です。
「あなたも言い返した方がいい」
と本人だけに対処を求めるのではなく、組織的な対応を考えます。
13.休むことを「教師としての敗北」にしない
教師は、
「子どもがいるから休めない」
「自分が休むと同僚に迷惑がかかる」
と考えがちです。
しかし、体調が悪いときに休むことは、職務を投げ出すことではありません。
文部科学省は、教師の健康・福祉の確保を現在の教師を取り巻く環境整備の重要な柱として位置付け、メンタルヘルス不調の未然防止、早期発見・早期対応、再発防止、労働安全衛生管理体制の整備を進めています。(文部科学省)
休む必要があるかどうかを同僚が判断するのではありません。
医療・職場の制度等につなぎながら検討します。
休むことが必要な人に、「責任感があれば出勤できる」と思わせないこと
が重要です。
14.辞めたい理由を「本人の適性」の問題だけにしない
「教師が向いていないのでは」
と本人が言うことがあります。
もちろん、職業との相性について考えることもあります。
しかし、
初任者で経験が少ない。
業務が過重になっている。
特定の人間関係に苦しんでいる。
難しい生徒対応を一人で抱えている。
十分な支援を受けられていない。
こうした条件によって、誰でも力を発揮しにくくなることがあります。
2026年に発表された587人の教員を対象とした研究では、教員が職場で学びや実践を調整するとき、同僚教員だけでなく事務職員やスクールカウンセラーなど複数の専門職から協力を得ており、そのような協力行動には学校の協働的風土やチーム学習の文化が関係することが示唆されています。(J-STAGE)
「この人に教師の力がない」のか、「この人が力を発揮できない条件になっている」のか。
両方から考えます。
15.支える側も一人で背負わない
親しい同僚から相談されると、
「自分が支えなければ」
と思うことがあります。
しかし、相談を受けた人も教師です。
医師でも、カウンセラーでも、人事担当者でもありません。
できることには限界があります。
話を聴く。
一緒に整理する。
必要な人につなぐ。
その後も声を掛ける。
それで十分な場合があります。
厚生労働省のゲートキーパーの考え方も、一人で問題を解決することではなく、気づき、傾聴し、適切な支援へつなぎ、見守ることを基本としています。(厚生労働省)
支える人にも、支える人が必要です。
16.翌日以降も少し気に掛ける
一度話を聞いて、
「話せてよかったですね」
で終了しないことも大切です。
翌日、
「昨日の後、少し眠れましたか」
「管理職には話せそうですか」
と声を掛けます。
数日後に、
「その後どうですか」
と尋ねるだけでも構いません。
厚生労働省が示すゲートキーパーの役割にも、「つなぐ」だけでなく「見守る」が含まれています。(厚生労働省)
ただし、監視するように毎日確認する必要はありません。
「昨日話したことを忘れていません」というメッセージ
が伝わればよいと思います。
17.最後に決めるのは本人
相談を何度も聞いていると、
「絶対辞めない方がいい」
あるいは、
「そんな職場なら辞めた方がいい」
と言いたくなることがあります。
しかし、最終的なキャリアを決めるのは本人です。
続ける。
休む。
異動する。
違う立場で教育に関わる。
教師以外の仕事へ進む。
どの道もあり得ます。
私たちにできることは、
その人が極端に疲弊し、視野が狭くなった状態で一人で重大な決断をしなくてもよいように支えることです。
安全を確保する。
話を聴く。
必要な専門家につなぐ。
職場で変えられることを変える。
選択肢を整理する。
そこまでです。
そして、本人が十分考えた結果、
「教師を辞める」
という結論になったなら、それも尊重します。
教師を続けることより、その人が健康に生きていくことの方が大切です。
「教師を辞めたい」という言葉を、軽く受け流さない。
しかし、その一言だけで病気と決めつけない。
すぐ励まさない。
すぐ答えを出さない。
まず聴く。
一人で抱えない。
必要な人につなぐ。
職場側で変えられることを考える。
それが、同じ職員室で働く人にできる支え方だと思います。
温かい職員室が温かい教室を生む。
その言葉には、教師同士がいつも仲良くするという意味だけではありません。
困ったとき、
「助けてください」
と言える。
そして誰かが、
「一緒に考えましょう」
と応えられる。
そんな職員室でありたいものです。
相談されたときの初動チェック
□ まず話を遮らずに聴く
□ 「辞めない方がいい」とすぐ結論を出さない
□ 本人が何に困っているのか確認する
□ 自分で診断しない
□ 生活や仕事への影響が大きい場合は専門的支援を勧める
□ 「死にたい」「消えたい」等の言葉を軽く扱わない
□ 切迫した危険がある場合は本人を一人にしない
□ 必要な場合は管理職・医療・相談機関等につなぐ
□ 情報を必要以上に周囲へ広げない
□ 職場環境で変えられることがないか考える
□ ハラスメント等を本人の我慢だけで解決させない
□ 休むという選択を否定しない
□ 辞職だけでなく複数の選択肢を整理する
□ 支える側も一人で背負わない
□ 後日、もう一度声を掛ける
□ 最終的なキャリアの選択は本人に委ねる
一番大切なのは、
相談された人が、その人の人生を一人で背負おうとしないこと
です。
参考資料
・文部科学省「令和6年度公立学校教職員の人事行政状況調査」―精神疾患による病気休職者数は7,087人で、要因や今後のメンタルヘルス対策について整理されています。(文部科学省)
・文部科学省「教師の健康及び福祉の確保に向けた取組」―管理職による職場環境改善、心理的安全性、教師のメンタルヘルス対策等を示しています。(文部科学省)
・厚生労働省「こころの耳」―働く人、その家族、支援する同僚・管理監督者向けに、傾聴、相談、専門家へのつなぎ等について情報を提供しています。(こころの耳)
・厚生労働省「ゲートキーパーの心得」―悩んでいる人への「気づき・傾聴・つなぎ・見守り」の基本を示しています。(厚生労働省)
・日本教育工学会「教員の職場学習における社会的調整方略とグループウェア活用」―587人の教員調査から、同僚や専門職との協力、協働的な組織風土との関係を検討した2026年の研究です。(J-STAGE)
・日本学級経営学会「心理的安全性の高い教職員集団におけるインフォーマル・コミュニケーションの特徴を扱った事例研究」―職務上の困難の相談や日常的な会話と心理的安全性の高い職員室との関係を検討した2026年の研究です。(J-STAGE)

