1.行事の位置づけ
多くの中学校では、2学期たくさんの行事があるのではないでしょうか。
そんな中、行事中心で物事を進めてしまい、
「急遽授業を変更して、行事の練習にあてる」
学年や学級が出てきます。
「年度当初から、計画的に予定として組み込まれている」
「雨天が多すぎて、少しでもやらなければ生徒の安全が確保されない」
そのような場合は話は別です。
しかし、そうではない時が問題なのです。
2.限られた授業時数の中でやるからこそ意味がある
このような行事は、
限られた授業時数の中でやるからこそ意味がある
のです。
「行事の完成度を求め過ぎた結果起こった「悲しすぎる結末」」でも記事にしました。
行事のための学校ではなく、学校のための行事でなければならない
のです。
そのような学年や学級はなぜ、急に練習時間を増やすのか?
それは、「完成度」を高めるためです。
なぜ、完成度を高めるのか?
それは、「教師の見栄」でしかありません。
「学習指導要領で定められた教科ごとの授業時数を下回っていないからOK」
と考える教師もいます。
話になりません。
以前私は教務主任を務めていました。
学習指導要領に記載されている授業時数は、「必要最低限」の授業時数なのです。
「学習指導要領で定められた教科ごとの授業時数を下回っていないから・・・・」
という感覚はそもそもおかしいのです。
そこまでの犠牲を払って、「行事の完成度を高める」ことに意味がないのです。
「限られた時間の中で」、「計画的な時間の中で」、涙を流すからこそ意味があるのです。
「授業を急に変更して、行事練習にした」ことは、生徒も分かっています。
それが、生徒にいい影響を与えるとも、到底思えないのです。