先に結論です。いわゆる「日本版DBS」は、教職員の性犯罪歴だけを調べる制度ではありません。学校に対し、性犯罪歴の確認に加えて、日常の見守り、定期的な面談・アンケート、相談窓口、研修、疑いを把握したときの報告・調査、被害を受けた子どもの保護・支援までを一体として求める制度です。
正式には「こども性暴力防止法」と呼ばれ、2026年12月25日に施行されます。公立・私立を問わず、学校は義務の対象です。教職員にとって大切なのは、「自分に前科がないから関係ない」と考えないことです。この制度の中心にあるのは、全ての教職員が境界線を共有し、違和感を抱え込まず、子どもが相談できる組織をつくることです。
※この記事は、2026年9月13日時点の法令、こども家庭庁の施行ガイドライン、義務事業者用準備ガイドVer.1.1、Q&Aに基づいています。
1.「日本版DBS」は通称である
「日本版DBS」という言葉は、英国のDBS(Disclosure and Barring Service)を参考にした呼び方として広まりました。しかし、日本の制度は英国の仕組みをそのまま導入するものではありません。
法律の正式名称は、「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」です。長いため、政府の資料では「こども性暴力防止法」と表記されています。
制度の目的は、性犯罪歴のある人を見つけること自体ではありません。教育・保育などを提供する事業者に必要な予防策と対応策を義務付け、子どもの権利と安全を守ることにあります。
2.学校は公立・私立を問わず義務の対象になる
幼稚園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校などの学校は、公立・私立を問わず義務対象です。認可保育所、認定こども園、児童養護施設、障害児施設なども義務対象になります。
一方、学習塾、スポーツクラブ、フリースクール、放課後児童クラブ、認可外保育施設などは、一定の要件の下で国の認定を受ける仕組みです。「公立だけが義務、民間は全て任意」という理解は間違っています。私立学校や私立の認可保育所なども義務対象です。
3.どの教職員が犯罪事実確認の対象になるのか
教諭や講師、部活動指導員など、業務の性質上、子どもと継続的に接する職種は対象になります。
事務職員、スクールバスの運転手、警備員などは、職名だけで一律に決まるわけではありません。実際の業務が、次の三つの要件を全て満たすかで判断されます。
- 支配性:指導やコミュニケーションを通じ、子どもに対して優越的な立場に立つ機会がある
- 継続性:日常的、定期的、または反復継続して子どもと接する機会がある
- 閉鎖性:第三者の目に触れない状況で子どもと接する機会が生じ得る。SNSや学習ツールなど、オンライン上の接触も含む
正規職員か非常勤かという雇用形態だけで判断するものでもありません。短期雇用、派遣、業務委託、ボランティアなども、実際に対象業務へ従事する場合は対象になり得ます。
学校現場では、「教員だけの制度」と狭く捉えず、誰が、どこで、どのように子どもと関わっているかを具体的に洗い出す必要があります。
4.何が確認されるのか
確認の対象は、法律で定められた「特定性犯罪」で有罪判決が確定しているかどうかです。刑法上の性犯罪だけでなく、児童買春、児童ポルノ、性的姿態の撮影、一定の迷惑防止条例・青少年健全育成条例違反なども含まれます。被害者が子どもの事件に限らず、成人に対する特定性犯罪も対象です。
確認対象となる期間は、刑の種類によって異なります。
- 拘禁刑の実刑:刑の執行終了等から20年
- 拘禁刑の執行猶予:裁判確定から10年
- 罰金刑:刑の執行終了等から10年
ここは正確に理解する必要があります。逮捕歴や報道歴を広く検索する制度ではなく、全ての犯罪歴を勤務先へ知らせる制度でもありません。また、不起訴や示談など、刑事裁判で有罪が確定していない事案は、この犯罪事実確認の結果には含まれません。
したがって、「確認結果に該当なし」と「性暴力の危険が全くない」は同じ意味ではありません。初犯や、刑事事件として有罪に至っていない事案は、前科確認だけでは把握できないからです。
5.現職の教職員も確認される
制度開始後に新たに対象業務へ就く人は、原則として、子どもと接する業務を始める前に犯罪事実確認を受けます。
2026年12月25日の施行時点ですでに勤務している人も対象です。ただし、施行日に全員を一斉確認するのではありません。施行時現職者は、2029年12月24日までの3年間に順次確認されます。教育委員会については、国が示す工程に沿った分散申請が予定されています。
一度確認すれば終わりではなく、対象業務を続ける場合は、おおむね5年ごとに再確認が必要です。
手続は原則として「こまもろうシステム」を通じて事業者が申請し、対象となる教職員も本人確認などに必要な手続を行います。該当する結果が出た場合には、勤務先へ交付される前に本人への事前通知があり、誤りがあれば訂正を求める機会が設けられています。
犯罪事実確認に関する情報は、極めて機微性の高い個人情報です。職員室内で広く共有してよい情報ではありません。閲覧権限を必要最小限にし、目的外利用や不必要な第三者提供を防ぐ厳格な管理が求められます。
6.性犯罪歴が確認されたら「自動的に解雇」なのか
「該当すれば自動的に解雇される」という説明は正確ではありません。
特定性犯罪事実該当者であることが確認された場合、事業者は通常、児童対象性暴力等が行われる「おそれがある」と判断し、その人を子どもと接する対象業務に就かせないための防止措置を講じます。配置転換などが基本的な選択肢になります。
一方、内定取消し、懲戒処分、解雇などは、法律の確認結果だけで機械的に決まるものではありません。地方公務員法、労働契約法、就業規則、任用関係などに従い、客観的な合理性と社会通念上の相当性を踏まえて判断されます。
市町村立学校の県費負担教職員については、犯罪事実確認を都道府県教育委員会が行い、防止措置は都道府県教育委員会と市町村教育委員会が連携して実施する整理が示されています。
7.前科確認だけが制度の本体ではない
日本版DBSを「採用時の前科チェック」とだけ説明するのは不十分です。学校に求められる主な取組は、次のように広がっています。
- 性暴力につながる可能性のある「不適切な行為」の範囲を定め、教職員、子ども、保護者へ周知する
- 子どもの日常的な様子を複数の目で見守り、発達段階や特性に応じた定期的な面談・アンケートを行う
- 学校内の相談員または相談窓口と、学校外の相談窓口の両方を子どもと保護者へ知らせる
- 性暴力や不適切な行為の疑いを把握したときの「報告ルール」と、報告後の「対応ルール」を定める
- 事実を公正に調査し、子どもの安全確保、心身のケア、保護者への対応、再発防止を行う
- 対象となる教職員への研修と、犯罪事実確認情報を扱う担当者への情報管理研修を行う
つまり、過去を確認する「入口」だけでなく、日常の予防、早期発見、相談、初期対応、被害後の支援までをつなげる制度です。
8.「不適切な行為」を学校全体で具体化する
こども家庭庁の準備ガイドでは、性暴力そのものには当たらなくても、業務上必要とはいえず、継続・発展すれば性暴力につながる可能性のある行為を「不適切な行為」として定めるよう求めています。
例として示されているのは、次のような行為です。
- 児童生徒と私的なSNSアカウントを交換し、私的なやり取りをする
- 私物端末で、児童生徒の写真を業務外の目的で撮影する
- 児童生徒と二人きりで私的に会う
- 不必要な身体接触をする
- 合理的な理由なく、特定の児童生徒ばかり担当しようとする
ただし、例に当てはまる外形だけで、全てを一律に不適切とみなす趣旨ではありません。救急対応、特別支援教育上の介助、教育相談など、必要な業務もあります。重要なのは、必要性、場所、時間、第三者の目、記録、使用端末などの条件を学校で具体的に定めることです。
境界線を曖昧にしたまま、「常識で判断してください」と個人へ委ねてはいけません。反対に、過度な規制によって教職員が教育相談や必要な支援を避ける状態も適切ではありません。現場の教職員と対話し、子どもの安全と必要な教育活動を両立できるルールにすることが求められます。
9.教職員が日常で見直したい五つの行動
①連絡は学校が認めた手段に限定する
児童生徒との連絡には、公的なアカウントや学校が指定した連絡手段を使います。私的なSNS、オンラインゲームのアカウント、個人メールなどへ移さないことが基本です。やむを得ずオンラインで個別対応する場合も、目的、時間帯、記録、管理職への共有方法を決めておきます。
②「二人きり」を放置せず、見える環境をつくる
個別指導や教育相談そのものを避ける必要はありません。ドアや窓から見える場所を使う、別の教職員へ場所と予定時間を伝える、終了後に記録を残すなど、閉鎖性を下げる工夫をします。
③撮影・保存は公用端末と定められた目的の範囲にする
「記録のため」「部活動のため」という理由だけで、私物端末への保存を正当化してはいけません。撮影目的、保存先、共有範囲、削除時期を確認し、学校や設置者の情報セキュリティルールに従います。
④同僚への違和感を「人柄」で打ち消さない
「熱心な先生だから」「子どもに人気があるから」という評価と、行為の適切性は分けて考えます。ただし、うわさを広げたり、個人で犯人扱いしたりすることも違います。事実と自分が見聞きした内容を分け、決められた報告先へ速やかに伝えます。
⑤「疑い」の段階で組織につなぐ
確証が得られるまで担任や学年だけで様子を見る対応は危険です。疑いを把握した教職員の役割は、一人で真相を解明することではなく、子どもの安全を確保し、定められた報告ルールに従って組織へつなぐことです。
10.子どもから打ち明けられたときの初動
子どもが性暴力や不適切な行為を打ち明けたとき、最初の応答はその後の安全と支援に大きく関わります。
- 落ち着いて聞き、「話してくれてありがとう」「あなたは悪くない」と伝える
- 否定したり、反対に事実と決めつけたりせず、子どもが使った言葉を尊重する
- 誘導的な質問や、同じ話を何度もさせる聴き取りを避ける
- 「誰にも言わない」と約束せず、安全を守るために必要な人と共有することを説明する
- 子どもと自分が話した言葉を、できるだけそのまま記録する
- 加害が疑われる人との接触を避け、直ちに定められた報告先へつなぐ
犯罪であることが明らかな場合や犯罪の疑いがある場合には、直ちに警察へ通報・相談することが示されています。判断に迷う場合も、警察への相談を第一に検討します。教職員だけで詳しい事情聴取を繰り返すと、子どもの二次被害や記憶への影響を生じさせるおそれがあります。
11.管理職・教育委員会が施行前に確認すべきこと
2026年12月25日までの最低限の準備として、こども家庭庁は次の事項を示しています。管理職だけで完結させず、設置者、人事、法務、情報管理、相談支援の各担当と役割を分けて進める必要があります。
- 制度と今後の手続を全教職員へ周知したか
- 犯罪事実確認の対象となる職種・業務を整理したか
- 学校における「不適切な行為」の範囲と、例外を含む運用ルールを定めたか
- 採用募集要項、誓約書、任用・就業関係の規程を点検したか
- 疑いを把握した際の報告先、報告方法、初期対応、調査、外部機関との連携を定めたか
- 子どもが選べる複数の内部相談ルートと、外部相談窓口を周知したか
- 対象教職員の研修を計画し、施行時現職者は原則として施行前に受講できるようにしたか
- 犯罪事実確認情報の取扱責任者、閲覧権限、保存・廃棄、漏えい時対応を定めたか
- 教育委員会では、こまもろうシステムの登録状況と現職者の分散申請工程を確認したか
最も危険なのは、12月になってから「前科確認の手続だけ」を整え、日常のルールや相談・報告体制を後回しにすることです。規程を作るだけでも不十分です。教職員が、誰に、何を、どの時点で伝えるのかを具体的に理解して初めて、制度が機能します。
12.よくある誤解を整理する
「新しく採用される人だけが対象」
間違いです。施行時に在職している対象者も、3年間で順次確認されます。
「全教職員の全ての犯罪歴が学校へ知らされる」
間違いです。法律で定める特定性犯罪について、所定の期間内に該当するかどうかを確認する制度です。
「確認で問題がなければ、その人は絶対に安全」
間違いです。有罪が確定していない事案や初犯は確認結果から分かりません。日常観察、相談、報告、研修などが不可欠です。
「児童生徒との一対一の相談や身体的な支援は全て禁止」
間違いです。必要な教育・支援を一律に禁止する制度ではありません。必要性を明確にし、見える環境、記録、共有などの安全策を組み合わせます。
「疑いの申出があれば、直ちに有罪と扱ってよい」
間違いです。子どもの安全確保と接触回避を優先しつつ、事実関係を客観的に確認し、公正・中立な調査を行う必要があります。
13.この制度を「管理の強化」で終わらせない
性暴力の防止を、個々の教職員の良心や注意力だけに委ねてきた状態から、組織として予防し、気づき、相談し、対応する状態へ変えること。それが、こども性暴力防止法の重要な意味です。
明確な境界線は、子どもだけでなく、誠実に働く教職員も守ります。「何をしてはいけないか」だけでなく、「必要な個別指導や支援を、どうすれば安全に続けられるか」を職員間で言葉にすることが大切です。
前科確認を制度のゴールにしてはいけません。子どもの小さな変化を複数の目で捉え、相談を受け止め、違和感を組織へ上げられる学校文化までつくってこそ、制度は子どもの安全につながります。
参考資料
- こども家庭庁「こども性暴力防止法」総合ページ
- こども家庭庁「こども性暴力防止法施行ガイドライン」(2026年9月2日更新)
- こども家庭庁「義務事業者用準備ガイド Ver.1.1」
- こども家庭庁「こども性暴力防止法に関するQ&A」
- こども家庭庁「各種ひな型・参考例リンク集」
- こども家庭庁「従事者向け研修教材」
- 文部科学省「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等について」
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