PISA2025の結果について

この記事は約13分で読めます。

2026年9月8日、OECD(経済協力開発機構)がPISA2025の結果を公表しました。日本の結果を一次資料で確認すると、まず押さえておきたい事実があります。日本は、科学コンピテンシー、読解力、数学的リテラシーの3分野すべてでOECD加盟国中1位となりました。調査開始以降、3分野すべてでOECD加盟国中1位となるのは初めてです。さらに、今回初めて実施された「ラーニング・イン・デジタルワールド」のうち、2026年に公表されたコンピュテーショナルな問題解決能力でもOECD加盟国中1位でした。

教育をめぐる議論では、日本の学校の課題が強く語られることがあります。もちろん、課題はあります。PISA2025でも、読解力の低下、低得点層の増加、自己調整学習に関する弱さ、深刻な教員不足など、看過できない数字が示されています。

しかし、課題だけを切り取って「日本の教育はだめだ」と結論づけるのも正確ではありません。今回の結果をOECDの英語版原典と文部科学省・国立教育政策研究所の資料で読むと、むしろ、日本の学校教育が長年積み重ねてきたものの強さがかなりはっきり見えてきます。

数字に一喜一憂するのではなく、何が日本の教育の強みとして残っているのか、何を守り、どこを次に改善するのか。その視点でPISA2025を読みたいと思います。

1.PISA2025で日本は3分野すべてOECD加盟国中1位となった

PISAは、15歳の生徒を対象に、学校で覚えた知識の量だけではなく、実生活のさまざまな場面で知識や技能をどの程度活用できるかを見る国際調査です。PISA2025には91か国・地域から約76万人が参加し、日本からは183校、約6,500人が参加しました。

今回の中心分野は「科学コンピテンシー」です。従来の「科学的リテラシー」から名称が変わり、科学に関する知識を持っているだけでなく、科学的な情報やデータを用いて、現実の課題を説明し、探究し、意思決定につなげられるかがより明確に問われました。

日本の平均得点は、科学コンピテンシー538点、読解力503点、数学的リテラシー525点でした。OECD平均は、それぞれ482点、461点、463点です。全参加国・地域で見ると、日本は科学5位、読解力4位、数学5位でした。OECD加盟国だけで見ると、3分野すべて1位です。

ここで「順位」だけを見ないことも大切です。PISAは標本調査であり、平均得点には信頼区間があります。国立教育政策研究所も、単純な順位だけでなく統計的な有意差を見て解釈する必要があると明記しています。その前提を置いた上でも、日本が国際的に高い水準を維持していること自体は明確です。

2.世界全体が低下傾向にある中、日本は長期的には高い水準を維持している

今回のPISA2025で、OECD全体では数学と読解力の平均得点がPISA史上最も低い水準になりました。OECDは、15歳の生徒の5人に1人が、科学・数学・読解力の3分野すべてで低習熟度に属する状況になったと報告しています。

その中で日本はどうだったのでしょうか。2022年との比較では、読解力が13点低下し、これは統計的に有意な低下でした。一方、科学コンピテンシーと数学的リテラシーも平均得点自体は下がっていますが、前回との差は統計的に有意ではありません。

さらに長期的に見ると、文部科学省・国立教育政策研究所は、「2015年以降、OECD平均は平均得点が低下しているが、日本は横ばい」と整理しています。日本にも変動はありますが、世界的な低下局面の中で高水準を維持していることは、軽く扱うべきではありません。

学校現場では、日々の授業改善、教材研究、学級経営、個別支援、家庭との連携など、目立たない仕事が積み重ねられています。PISAの結果だけから「これが原因だ」と因果関係を断定することはできません。しかし、少なくとも、日本の15歳の生徒が国際的に高い水準の力を示しているという結果は、その教育環境全体を評価するときの重要な材料になります。

3.「一部の上位層だけが高い」のではない

日本の結果で重要なのは、平均点の高さだけではありません。基礎的な習熟度に到達している生徒の割合が高く、同時に高得点層の割合もOECD平均より高いことです。

科学コンピテンシーでは、日本の89%が基礎的習熟度であるレベル2以上に到達しています。OECD平均は74%です。さらにレベル5・6の高得点層は17%で、OECD平均7%を大きく上回ります。

数学的リテラシーでは、レベル2以上が84%、OECD平均は65%です。レベル5・6は22%で、OECD平均8%でした。読解力でも、レベル2以上は81%でOECD平均69%、高得点層は11%でOECD平均6%です。

つまり、日本は「上位の一部だけが引き上げている」という単純な構図ではありません。基礎的な力を身につけた生徒の割合が比較的高く、その上で高度な課題に対応できる生徒も多い。学校教育の強さを見るなら、この「裾野」と「上位層」の両方を見る必要があります。

一方で、2022年から2025年にかけて、日本では3分野すべてで低得点層の割合が有意に上昇し、高得点層の割合には有意な変化がありませんでした。また、上位10%と下位10%の得点差も3分野すべてで拡大しています。ここは重要な課題です。だからこそ、「高順位だから安心」でも「低得点層が増えたから日本の教育は失敗」でもなく、強みと課題を同時に見る必要があります。

4.社会経済的な背景による差が比較的小さい

PISAでは、家庭の社会経済文化的背景と学力との関係も分析しています。日本では、社会経済的に有利な上位25%の生徒と、不利な下位25%の生徒との科学コンピテンシーの得点差は71点でした。OECD平均は85点です。

また、社会経済文化的背景が科学の得点のばらつきを説明する割合は、日本では8%、OECD平均では12%でした。経済的・社会的条件が学力に影響すること自体は日本でも変わりません。しかし、その影響の大きさはOECD平均より小さいとされています。

さらに、日本では社会経済的に不利な層の生徒の13%が、国内の科学成績上位4分の1に入っています。OECD平均は12%です。

教育の公正性は、平均点や順位だけでは見えません。家庭の背景が違っても、学校を通して一定の学びにアクセスできること。これは公教育の重要な役割です。日本の学校は、完全ではないにせよ、この点で国際的に比較的高い公正性を維持しています。

「どの家庭に生まれたか」で教育の可能性が決まりすぎない。そのために、全国共通の学習指導要領、教科書、学校給食、特別支援教育、就学援助、教職員による日常的な支援など、多くの制度と実践があります。PISAの数値だけで個別制度の効果を断定することはできませんが、日本の公教育が持つ「広く支える仕組み」の価値は、改めて見直してよいと思います。

5.日本の教師による「分かるまで支える」が数字に出ている

今回、個人的に最も注目したいのは、教師の支援に関する生徒の回答です。

科学の授業について、日本では84%の生徒が「教師は一人一人の学習に関心を示している」と回答しています。OECD平均は69%です。「生徒が理解するまで教え続ける」は日本84%、OECD平均66%。「必要なときに追加の支援をしてくれる」は日本88%、OECD平均73%でした。

2015年の日本は、それぞれ63%、69%、76%でした。10年間で、教師の支援を肯定的に受け止める生徒の割合が上がっています。

これは、教員にとってかなり重い数字です。授業の中で生徒の表情を見る。分かっていない生徒に声をかける。もう一度説明する。机間指導をする。放課後に少し話す。学習につまずいている生徒の背景を考える。日本の学校で日常的に行われていることは、外から見ると当たり前に見えるかもしれません。しかし、国際比較では決して当たり前ではありません。

もちろん、この結果から「日本の教師の支援が高得点の原因だ」と直接言うことはできません。PISAは因果関係を証明する調査ではないからです。それでも、学力の高さと並んで、教師の支援に対する生徒評価がOECD平均を大きく上回っていることは、学校教育の質を考える上で重要です。

6.授業が成立する「落ち着いた学習環境」も強みである

授業は、教材や指導技術だけでは成立しません。安心して学べる集団、話を聞ける環境、学習に集中できる教室が必要です。

PISA2025では、科学の授業で「ほとんど、またはすべての授業でうまく学習できない」と答えた生徒は、日本12%、OECD平均19%でした。「騒音や混乱で授業が妨げられる」は日本7%、OECD平均31%。「クラスメートが教師の話を聞かない」は日本6%、OECD平均29%です。

この差は小さくありません。学校現場では、授業規律や学級経営という言葉が、ときに古いもののように扱われることがあります。しかし、子どもが安心して発言でき、教師の説明を聞き、友達の考えにも耳を傾けられる環境は、主体的な学びの前提です。

「静かにさせること」が目的なのではありません。学びに参加できる状態をつくることが目的です。PISA2025の結果は、日本の学校がこの基盤を比較的しっかり保っていることを示しています。

欠席や遅刻に関する数字も特徴的です。調査前2週間に少なくとも1日欠席したと答えた生徒は日本3%、OECD平均22%。少なくとも1時間授業を欠席した生徒は日本6%、OECD平均24%。遅刻は日本18%、OECD平均50%でした。もちろん不登校など多様な事情への配慮は不可欠ですが、学校に継続的に参加できる生徒が多いことは、学習機会の確保という点で重要な基盤です。

7.デジタルでも「使う量」だけではない強さが見える

PISA2025では、初めて「ラーニング・イン・デジタルワールド」が革新分野として設定されました。2026年9月に公表されたのは、そのうちコンピュテーショナルな問題解決能力の部分です。

日本の平均得点は557点で、OECD平均500点を大きく上回りました。全参加国・地域では4位、OECD加盟国では1位です。

ここで興味深いのは、日本の学校におけるデジタル利用時間そのものは突出して多くないことです。学校で学習活動のためにデジタル機器を使う時間は、日本もOECD平均も1日1.7時間でした。一方、学校で余暇目的に使う時間は、日本0.4時間、OECD平均1.1時間です。

さらに、科学の授業中に「周囲の生徒がデジタル機器によって頻繁に気を散らされている」と答えた割合は、日本7%、OECD平均28%でした。

デジタル教育は「端末をどれだけ長く使ったか」で競うものではありません。目的に応じて使い、必要なときには紙、対話、実験、観察、記述など別の方法も選ぶ。PISA2025の結果は、日本の学校において、少なくともデジタル利用が学習の妨げになりにくい環境が比較的維持されていることを示しています。

一方、AI活用には次の課題があります。学習のためにAIチャットボットを週1回以上使う生徒は、日本27%、OECD平均46%でした。AIを使えばよいという話ではありませんが、これからは、使わせないことだけでは不十分です。生成された情報の質を確かめる、出典を確認する、誤りを見抜く、自分の考えとの違いを説明するといったAIリテラシーを、学校教育の中でどう育てるかが問われます。

8.「学校は無駄ではない」と感じている生徒が多い

PISA2025では、学習への態度も調べています。日本では「学校は時間の無駄だ」という考えに同意した生徒は6%でした。OECD平均は24%です。裏返せば、多くの日本の生徒が、学校に一定の価値を認めているということです。

また、「知能は努力や学習、フィードバックによって伸ばせる」という成長的な考え方を持つ生徒は、日本76%、OECD平均69%でした。

学校には、学力以外にも多くの役割があります。友達と関わる。異なる考えに触れる。失敗する。やり直す。先生に支えてもらう。誰かを助ける。行事をつくる。自分の得意不得意を知る。社会の中で生きていく練習をする。

PISAは学校教育のすべてを測る調査ではありません。それでも、「学校で学ぶことに価値がある」と感じている生徒の割合が高いことは、日本の学校を考える際に見落としてはいけない数字です。

9.ただし、PISA2025を「現状維持でよい」という根拠にしてはいけない

ここまで日本の強みを見てきましたが、今回の結果は「今のままで大丈夫」という話ではありません。むしろ、強みがあるからこそ、次の課題がはっきりします。

第一は、読解力です。2022年から13点低下し、統計的にも有意でした。国立教育政策研究所は、「読みの流ちょう性」に関する正答率が有意に低下した一方、「評価し、熟考する」に関する設問は改善したと整理しています。単純に「読めなくなった」と言うのではなく、どの読みの力が弱くなっているのかを丁寧に見る必要があります。

第二は、低得点層への支援と学力差への対応です。2022年から2025年にかけて、3分野すべてで低得点層の割合が有意に上昇し、高得点層の割合には有意な変化がありませんでした。平均が高くても、学習につまずく生徒への支援を強めなければなりません。授業のユニバーサルデザイン、個別支援、学び直し、特別支援教育との接続、ICTによる補助など、複数の手立てを組み合わせる必要があります。

第三は、自己調整学習です。「学習への取り組み方をよく計画する」と答えた日本の生徒は21%で、OECD平均37%。「理解できたか自分に問い直す」は31%で、OECD平均49%でした。日本の生徒は高い学力を示している一方、自分で学習を計画し、点検し、調整する行動には伸びしろがあります。

第四は、教職員不足です。ここは最も深刻に受け止める必要があります。日本では、校長が「教員不足によって教育活動が少なくともある程度妨げられている」と回答した学校に在籍する生徒が80%に達しました。OECD平均は39%です。2022年の日本は64%で、さらに悪化しています。

日本の教育が高い成果を出しているからこそ、「今の人員でやれている」と判断してはいけません。むしろ、強い現場が無理をして成果を支えている可能性を考えるべきです。教師の善意や長時間労働を前提にした教育の質は、持続可能ではありません。

10.学校現場はPISA2025から何を持ち帰るか

PISAの国際順位を学校の目標にする必要はありません。各学校が直接動かせるのは、目の前の授業と学校生活です。今回の結果から、学校現場が持ち帰ることは大きく五つあると考えます。

一つ目は、今あるよさを簡単に捨てないことです。分かるまで支えること、学習規律を整えること、基礎基本を大切にすること、子どもの様子を丁寧に見ること。新しい教育を取り入れるときも、これまでの強みまで捨てる必要はありません。

二つ目は、読解を国語科だけの課題にしないことです。理科で資料を読む、数学で条件を正確に捉える、社会で複数資料を比較する、保健体育で根拠をもとに判断する。すべての教科で「読む・考える・説明する」を積み重ねることが、読解力の土台になります。

三つ目は、自己調整を「子どもに任せること」と混同しないことです。目標を立てる、方法を選ぶ、途中で確かめる、助けを求める、振り返って次を変える。こうした学び方そのものを教師が明示的に教える必要があります。自由進度にすれば自動的に自己調整能力が育つわけではありません。

四つ目は、デジタルの量より質を見ることです。端末を使った時間ではなく、何のために使ったか、思考が深まったか、他の方法より適切だったかを見る。AIについても、利用の可否だけでなく、検証、引用、出典確認、誤情報への対応まで含めて教える必要があります。

五つ目は、教師を支えることです。今回のPISA2025で最も危機感を持つべき数字の一つは、教員不足です。学校の成果を称えるなら、その成果を支えている教職員が持続可能に働ける環境を同時につくらなければなりません。業務削減、人員配置、専門職との連携、校内の役割整理、働き方の見直しは、教育の質そのものに関わる問題です。

11.日本の教育は、捨てたもんじゃない

学校教育には、改善すべきことがたくさんあります。子どもの不登校、いじめ、教員不足、働き方、格差、特別支援、デジタル化、生成AI。現場が抱える課題を軽く見ることはできません。

しかし、課題があることと、日本の教育全体を否定することは別です。

PISA2025では、日本の15歳の生徒は、科学、読解力、数学のすべてで世界トップクラスの力を示しました。基礎的な習熟度に到達する生徒の割合が高く、高得点層も多い。社会経済的背景による差はOECD平均より小さい。教師から支援されていると感じる生徒が多く、授業の規律も比較的良好です。デジタル環境での問題解決能力も高い水準にあります。

これは、子どもたち自身の力であると同時に、家庭、地域、そして全国の学校現場が積み重ねてきたものの表れでもあるでしょう。

「日本の教育は遅れている」「学校は変わらなければならない」と言うことは簡単です。変えるべきことは変えなければなりません。しかし、何を残すべきかを見極めずに変えると、今ある強みまで失います。

PISA2025を、順位を喜ぶだけの記事にも、課題を並べて悲観するだけの記事にもしたくありません。今回の結果から受け取りたいのは、日本の教育には、まだ十分に信頼できる土台があるということです。

その土台を守りながら、読解力、自己調整、低得点層への支援、AI時代の学び、そして何より教職員を支える仕組みを更新していく。

日本の教育は、捨てたもんじゃない。だからこそ、よいところを根拠をもって認め、次に改善すべきところに力を注いでいきたいと思います。

参考資料

関連する記事

LATEST

最新の記事

タイトルとURLをコピーしました