令和8年度全国学力・学習状況調査の中学校英語では、結果の返し方に大きな変更があります。国立教育政策研究所は2026年9月1日、「中学校英語」について、これまでの正答数・正答率に代えて、IRTスコア・バンドで結果を表示・返却するとし、学校・教育委員会向けの解説動画やリーフレットを公開しました。
「IRT」という言葉を聞くと、統計の専門的な話に見えるかもしれません。しかし、学校現場で本当に重要なのは計算方法を理解することではありません。結果の物差しが変わったことで、教師が結果をどう読み、どのように授業改善へつなげるかを理解することです。
特に注意したいのは、これまでの正答率の感覚のままIRTスコアやバンドを見ないことです。「何点だったか」「平均より上か下か」だけに目を向ければ、新しい結果返却の良さを生かせません。今回の変更は、児童生徒の学力を一つの数字で序列化するためではなく、結果から学習状況をより適切に捉え、今後の学習指導につなげるために理解する必要があります。
この記事では、国立教育政策研究所が2026年9月1日に公開した資料を中心に、学校・教師が押さえておきたい点を整理します。
- 1.令和8年度の中学校英語は「正答率だけを見る」結果返却ではない
- 2.IRTを使う理由は「違う問題でも同じ尺度で比べやすくする」ことにある
- 3.「IRTスコア」と「IRTバンド」は分けて理解する
- 4.学校平均だけで学校の教育力を判断しない
- 5.結果は必ず「調査問題」とセットで見る
- 6.英語科だけの問題にせず、学校全体で「データの読み方」を共有する
- 7.個人結果は「できる・できない」のラベルにしない
- 8.授業改善は「問題演習を増やすこと」ではない
- 9.校内で結果を扱うなら「30分の分析会」でもよい
- 10.管理職・主任が確認したい10の実務ポイント
- 11.データは教師の経験を否定するものではない
- 12.結果返却を「次の授業を考える日」にする
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- 参考資料
1.令和8年度の中学校英語は「正答率だけを見る」結果返却ではない
全国学力・学習状況調査では、これまで「何問正答したか」「正答率が何%だったか」という数字が、結果を見る際の分かりやすい指標でした。ところが令和8年度の中学校英語では、IRTを用いた結果返却が行われます。
IRTはItem Response Theoryの略で、日本語では「項目反応理論」と呼ばれます。簡単に言えば、問題ごとの難しさなどを考慮しながら、受検者の力を共通の尺度上で捉えるための統計的な考え方です。
ここで学校が誤解してはいけないのは、「難しい統計手法になったから、現場では分からない」という受け止め方です。教師がIRTの数式を理解する必要はありません。一方で、正答数とIRTスコアは同じものではないこと、結果の見方が変わることは理解しておく必要があります。
国立教育政策研究所は、9月に学校・教育委員会へ提供される中学校英語の結果データについて、提供資料の種類、学校への資料の見方、結果データを学習指導に生かす方法を動画で説明しています。つまり、結果返却は「数字を受け取って終わり」ではなく、学校で分析し、指導改善に使うことを前提としています。
2.IRTを使う理由は「違う問題でも同じ尺度で比べやすくする」ことにある
従来の正答率には分かりやすさがあります。10問中7問正解なら70%です。しかし、問題の難易度が異なる二つの調査を単純な正答率だけで比較することには限界があります。
例えば、ある年度の問題が比較的易しく、別の年度の問題が難しかった場合、正答率の差がそのまま学力の差を意味するとは限りません。IRTでは、個々の問題への反応と問題の特性を用いて、能力を尺度上に位置付けます。
この仕組みは、大規模な学力調査で異なる問題冊子を用いたり、年度を越えて一定の尺度で結果を捉えたりする際に有効です。令和8年度全国学力・学習状況調査の中学校英語では、こうしたIRTの考え方を用いた結果返却が行われます。
ただし、IRTだから「より正確な順位が分かる」と理解するのは適切ではありません。学校教育で必要なのは順位付けではなく、結果から学習状況を捉え、授業を改善することです。IRTはそのための測定上の仕組みであり、数字そのものを目的化しないことが重要です。
3.「IRTスコア」と「IRTバンド」は分けて理解する
学校へ返却される結果を見る際には、IRTスコアとIRTバンドという二つの言葉を区別しておく必要があります。
IRTスコアは、IRTに基づいて算出された尺度上の値です。一方、IRTバンドは、そのスコアを一定の区分に分け、学習状況を捉えやすくしたものと考えると理解しやすくなります。
学校現場では、細かなスコアの差に過剰な意味を持たせるよりも、どのバンドにどの程度の生徒がいるのか、その生徒たちはどのような問題でつまずいているのかを、実際の調査問題や解説資料と合わせて見ることが重要です。
「学校平均が何点だったか」だけを会議で報告して終われば、調査結果を授業改善に使ったことにはなりません。例えば、ある領域で低いバンドにいる生徒が多いなら、その背景にある学習内容、授業での活動、評価方法まで振り返る必要があります。
数字は入口です。教師が見るべきなのは、その数字の向こう側にある生徒の学びです。
4.学校平均だけで学校の教育力を判断しない
全国学力・学習状況調査が公表されるたびに、平均正答率や全国平均との差が注目されます。しかし、学校平均だけで学校の教育力を評価することには慎重であるべきです。
学校には、生徒の背景、学習経験、在籍状況などさまざまな違いがあります。また、一つの調査が測定しているのは学力全体ではなく、その調査で設定された内容です。
IRTを用いた結果になっても、この基本は変わりません。むしろ、平均値だけでなく分布を見ることが重要になります。同じ平均値でも、生徒の多くが中間付近に集まっている学校と、高い層と低い層に分かれている学校では、必要な授業改善が異なります。
管理職や教務主任が結果を校内で共有するときには、「全国平均より何ポイント高い・低い」という説明だけで終わらせず、どの層に課題があるのか、どの領域に特徴があるのか、昨年度までの学校の取組とどう結び付くのかを考える必要があります。
結果を学校評価のためだけに使うのではなく、授業改善のための共通資料として使うことが重要です。
5.結果は必ず「調査問題」とセットで見る
学力調査の分析で起こりやすいのが、集計表だけを見て話し合うことです。しかし、数字だけでは生徒が何につまずいたのかは十分に分かりません。
例えば英語のある問題で結果が低かったとしても、語彙が分からなかったのか、文章全体の要旨を捉えられなかったのか、必要な情報を選び出せなかったのか、英語で表現する際に内容を構成できなかったのかによって、授業で改善すべき点は異なります。
国立教育政策研究所は、全国学力・学習状況調査について調査問題、正答例、解説資料、報告書、授業アイディア例などを公開しています。学校で分析する際には、これらを一緒に見る必要があります。
おすすめしたいのは、英語科の会議で「結果表を見る時間」と「実際に問題を解く時間」を分けないことです。結果が特徴的だった問題を教師自身が解き、解説資料を確認し、「この力を日常の授業でどの場面で育てているか」を話し合います。
すると、分析が「生徒ができていない」という話から、「私たちの授業で、この力を使う機会を十分につくっていたか」という話に変わります。学力調査を授業改善に使うとは、こういうことです。
6.英語科だけの問題にせず、学校全体で「データの読み方」を共有する
今回IRTが導入されたのは中学校英語ですが、学校にとっては英語科だけの話ではありません。教育データをどう読み、どう改善につなげるかという学校組織全体の課題でもあります。
データ活用で避けたいのは、数字を根拠にしたように見えて、実際には印象で結論を出すことです。「この学年は学力が低い」「このクラスは英語が弱い」といった大きな言葉でまとめる前に、何のデータを見ているのか、そのデータが何を測っているのか、どこまで言えるのかを確認します。
国立教育政策研究所は2026年9月2日、「データ駆動型教育」に関する国研ライブラリーを刊行しました。また、同研究所では「教育データ活用講座」を公開し、全国学力・学習状況調査の学校・教育委員会向け資料の見方なども動画で解説しています。
教育データを使う目的は、数字で教師を評価することではありません。児童生徒の学習状況をよりよく理解し、必要な支援や授業改善につなげることです。
そのため、校内研修では「データをどう読むか」だけでなく、「このデータからは何が言えないか」も共有するとよいでしょう。データの限界を理解することは、データを軽視することではなく、適切に使うために必要な態度です。
7.個人結果は「できる・できない」のラベルにしない
個人の結果を見るときには、さらに慎重さが必要です。
IRTバンドによって生徒の結果が区分されると、教師は便利なカテゴリーとして使いたくなるかもしれません。しかし、「この生徒は下位バンドだから英語が苦手」と固定的に捉えるのは適切ではありません。
調査結果は、その時点で、その調査問題に対して示された結果です。生徒の英語力の全てでも、将来の可能性を示すものでもありません。
教師が見るべきなのは、どのような問題では力を発揮できているか、どのような場面で支援が必要かという具体です。例えば、読むことでは一定の力を示しているが、情報を整理して書くことに課題があるなら、授業では「書けない生徒」と捉えるのではなく、読む活動と書く活動をつなぎ、内容を構成するための支援を考えます。
また、個人票を生徒や保護者へ説明する際にも、スコアだけを強調しないことが大切です。「この数字があなたの英語力です」ではなく、「今回の調査ではこのような特徴が見られた。ここを次の学習につなげよう」と扱う必要があります。
結果返却は評価の終点ではなく、次の学習の出発点です。
8.授業改善は「問題演習を増やすこと」ではない
全国学力・学習状況調査の結果が低かったとき、対策として過去問題や類似問題を繰り返す方向に進むことがあります。しかし、調査結果を改善するために問題演習だけを増やすのは、本来の授業改善とは異なります。
調査問題が問うている資質・能力を分析し、その力を日常の授業の中で育てることが必要です。
例えば、複数の情報を読んで必要な内容を選ぶ力に課題があるなら、同じ形式の問題を何十問も解かせるより、日常の授業で目的を持って英文を読み、必要な情報を取り出し、それを使って考えたり表現したりする活動を増やす方が本質的です。
英語で自分の考えを書く力に課題があるなら、模範文を暗記させるだけでは十分ではありません。何を伝えるかを考える、理由や具体例を整理する、相手を意識して表現を選ぶ、書いた後に読み直すといった一連の学習経験を授業に組み込みます。
全国学力調査の問題は、授業を「調査対策型」に変えるためのものではなく、学習指導要領が求める学びが授業で実現できているかを振り返る材料として使うべきです。
授業づくりの基本を見直す際には、「中学校学習指導案の書き方の基本」も、目標・評価・学習活動をつなげて考える材料になります。
9.校内で結果を扱うなら「30分の分析会」でもよい
結果を丁寧に分析する必要があると言っても、学校現場に十分な時間があるわけではありません。何時間もの研修を新たに設定しなければならないと考えると、実施そのものが難しくなります。
そこで、英語科や学年、校内研修で30分程度の短い分析会を設定する方法があります。
最初の5分で、IRTスコア・バンドの基本的な見方を確認します。次の10分で、自校の結果から特徴的な点を一つか二つに絞ります。その後10分で、該当する調査問題と解説資料を確認し、「生徒は何を求められていたのか」「日常の授業ではその力を使う場面があるか」を話し合います。最後の5分で、次の単元から変えることを一つ決めます。
重要なのは、分析資料を立派に作ることではありません。授業が一つ変わることです。
また、教務主任や研究主任が全ての分析を行って各教科に説明する形にしないことも大切です。データを実際の授業と結び付けられるのは、その教科を担当している教師です。管理職や主任は、分析の枠組みと時間をつくり、教科の対話を支える役割を担います。
学校全体で授業を見直す際には、「中学校の授業アンケートの作り方~質問項目・実施方法・授業改善につなげるテンプレート~」のような、生徒側から授業を捉えるデータと組み合わせる方法もあります。一つのデータだけで結論を出さず、複数の情報から授業を考えることが重要です。
10.管理職・主任が確認したい10の実務ポイント
今回の結果返却を学校改善につなげるため、管理職や主任は次の点を確認しておきたいところです。
- 中学校英語でIRTを用いた結果返却が始まったことを英語科だけでなく関係者が理解しているか。
- 正答率とIRTスコアを同じものとして扱っていないか。
- IRTバンドを生徒の固定的な能力区分として扱っていないか。
- 学校平均だけでなく、分布や領域、問題ごとの状況を確認しているか。
- 結果を見る際に、実際の調査問題・解説資料も確認しているか。
- 結果を教師や学級の序列化に使っていないか。
- 特徴的な結果を、日常の授業でどのような学習経験を設定しているかという問いにつなげているか。
- 個人結果を生徒・保護者へ説明するとき、数字だけでなく今後の学習につながる説明をしているか。
- 分析のための資料作成を過度に増やし、教職員の負担を大きくしていないか。
- 分析後に「次の授業で変えること」が具体化されているか。
特に最後が重要です。学力調査の結果を何ページもの資料にまとめても、授業が変わらなければ、分析の価値は限定的です。反対に、短い分析でも「読む目的を明確にする」「生徒が自分の考えを書く時間を増やす」「振り返りで学習方略を言語化させる」など、一つの改善が実行されれば意味があります。
11.データは教師の経験を否定するものではない
教育データの活用が進むと、「数字で教育を判断するのか」という警戒感が生まれることがあります。この警戒感には理解できる部分があります。教育には、数値化できない関係性、成長、安心感、意欲があります。
しかし、だからといってデータを見なくてよいわけでもありません。教師の経験や観察だけでは気付けない傾向を、データが示すことがあります。
大切なのは、データか経験かという二者択一にしないことです。教師が日々見取っている生徒の姿と、調査結果を突き合わせます。「普段の授業ではよく話せているのに、なぜこの課題では結果が違ったのか」「この生徒は苦手だと思っていたが、この領域では力を示している」といったずれが、授業を考えるきっかけになります。
国立教育政策研究所が進める教育データ活用も、データだけで自動的に教育の答えを出すものとして理解すべきではありません。データを教師の専門的判断を支える材料として使うことが必要です。
生成AIを授業や校務で使う際にも同様に、道具に判断を委ねない姿勢が重要です。関連して「教師の生成AI学び始めの活用20選|授業・校務で使える具体例」でも、教師が主体となって活用する視点を整理しています。
12.結果返却を「次の授業を考える日」にする
全国学力・学習状況調査の結果が届くと、学校では報告、分析、教育委員会への説明、保護者への公表などに意識が向きやすくなります。しかし、調査の本来の価値は、結果を受け取った後にあります。
令和8年度の中学校英語でIRTスコア・バンドが用いられることは、結果の表示方法が変わるだけの話ではありません。学校にとっては、「学力データをどう読むのか」を改めて考える機会です。
平均値だけを追わない。数字をラベルにしない。実際の問題を見る。生徒の反応を考える。日常の授業とつなぐ。そして、一つでも具体的な改善を決める。
この流れがあれば、学力調査は学校を評価するためだけの資料ではなく、教師同士が授業について話すための共通言語になります。
9月に提供される結果を見たとき、最初に「全国平均と比べてどうだったか」と問うだけではなく、「この結果から、私たちの授業について何が見えるか」と問い直すことが重要です。
その問いから始めれば、IRTという新しい物差しも、学校現場にとって意味のある道具になります。
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参考資料
- 国立教育政策研究所「『中学校英語』IRTを用いた結果返却に関する動画・リーフレット」
- 国立教育政策研究所「全国学力・学習状況調査」
- 国立教育政策研究所「新着情報」
- 国立教育政策研究所「『データ駆動型教育』の課題と実現可能性に関する調査研究」報告書
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