授業中、廊下に見慣れない人がいる。名札を付けず、受付を通った様子もない。こんなとき、責任感の強い教員ほど「私が用件を聞いてきます」と一人で近づきがちです。しかし、不審な点がある来校者への対応を一人で始めることは、教員自身だけでなく、児童生徒や周囲の教職員を危険にさらす可能性があります。
学校は、多くの保護者、業者、地域住民が出入りする場所です。知らない人を見ただけで、不審者と決めつけることはできません。一方で、「きっと保護者だろう」「誰かが確認しただろう」と見過ごすこともできません。必要なのは、相手を犯罪者扱いすることではなく、学校で決めた来校者確認の手順を、落ち着いて組織的に実行することです。
文部科学省の「学校の危機管理マニュアル作成の手引」は、少しでも不審な点を感じた段階で、複数の教職員による対応を心掛けることを示しています。また、退去を求める場面でも、原則として教職員一人で対応してはならず、自身の安全のために適切な距離を取り、他の教職員が駆け付けるのを待つことが大切だとしています。
この記事では、不審な来校者を見つけたときに、初任者や中堅教員が何を優先し、何をしてはいけないかを整理します。具体的な行動は、必ず自校の危機管理マニュアル、教育委員会の指示、警察から受けた助言を優先してください。
1.「自分で確かめる」が最初の正解とは限らない
校内で見慣れない人を見つけた場合、声を掛けて用件を確認すること自体は、来校者管理の基本です。しかし、「声を掛ける」と「一人で対応を完結させる」は違います。不自然な場所にいる、受付証がない、言動が不自然、強い興奮が見られる、危険物らしき物を持っているなど、少しでも不審な点があれば、まず近くの教職員や職員室へ知らせます。
一人で近づくと、相手が突然暴力的になったときに応援を求めにくくなります。目の前の相手に注意を奪われ、児童生徒の避難や教室の安全確保が遅れる可能性もあります。さらに、一人しか状況を見ていなければ、相手の特徴、移動方向、発言、所持品などの情報が正確に共有されにくくなります。
不審者対応で教員に求められるのは、相手を取り押さえることではありません。児童生徒を危険から遠ざけ、校内へ異常を知らせ、警察への通報を含む組織的な対応につなぐことです。「自分が止めなければ」という思いが強いほど、単独行動を避けるという原則が必要です。
一般的な事故・緊急事態で一人の判断にしない重要性は、「06/50 児童生徒の事故・けがを『この程度』と自己判断しない」でも扱いました。不審者対応では、情報共有の遅れが被害の拡大に直結し得るため、さらに早い応援要請が必要です。
2.知らない人を即座に「犯罪者」と決めつけない
学校には、保護者、配達員、工事業者、相談機関の職員、地域の協力者など、教職員全員が顔を知らない来校者も訪れます。見慣れないという理由だけで威圧的に問い詰めると、相手を不必要に刺激し、正当な来校者とのトラブルにもなります。
平常時の来校者確認では、受付証や名札の有無、いる場所、用件、訪問先を確認し、正当な用件がある場合は受付へ案内します。言葉遣いは丁寧にしつつ、曖昧な返答、不自然な行動、暴力的な態度などを観察します。確認した教員だけが「大丈夫な人」と知っている状態にせず、受付手続を通して、校内の誰が見ても正規の来校者だと分かるようにします。
一方、凶器と思われる物が見える、暴力行為がある、児童生徒を追いかけているなど、明らかに切迫した危険がある場合は、通常の受付案内を続ける段階ではありません。距離を取り、校内緊急連絡、110番通報、児童生徒の安全確保へ直ちに移ります。
つまり、対応の軸は「怪しい見た目か」ではなく、「受付手順を通っているか」「用件に合理性があるか」「危険な言動があるか」「児童生徒の安全を脅かしていないか」です。服装、国籍、障害の有無などを根拠に判断しないことも重要です。
3.最初に必要なのは応援要請と情報共有
不審な点を感じたら、相手との距離を保ちながら、他の教職員へ応援を求めます。内線、校内電話、携帯電話、非常通報装置、あらかじめ決めた合言葉や放送など、自校の手段を使います。どの言葉で知らせるかを事前に決めておかなければ、緊急時に「不審者です」と大声で伝えることが相手を刺激する場合もあります。
応援要請では、「来てください」だけでは十分ではありません。場所、人数、服装や特徴、現在の行動、危険物の有無、移動方向を、確認できた範囲で短く伝えます。確認できない情報は推測で補わず、「不明」とします。
連絡を受けた側は、全員が現場へ走るのではなく、役割を分けます。相手への対応、児童生徒の避難や教室待機、110番通報、管理職への連絡、校門や救急車・警察車両の誘導、負傷者への対応などが必要です。現場へ人が集まり過ぎて、教室が無人になることを避けます。
授業中の教員は、「様子を見に行くために教室を離れる」ことを慎重に考えます。廊下の騒ぎが気になっても、児童生徒を置いて現場へ向かうと、避難や施錠が必要になったときに教室の安全が保てません。校内放送や連絡手段を確認し、自分の担当する子どもを守る役割を優先します。
4.相手との距離と児童生徒への経路を意識する
文部科学省の手引は、相手の手が届かない距離を保つことや、背を向けないこと、できる限り児童生徒がいる場所へ向かわせないことを示しています。ただし、これは教員が危険を冒して通路をふさぎ続けるという意味ではありません。自分の退路を失わず、相手を刺激せず、複数で対応することが前提です。
「職員室へ案内します」と言って児童生徒が多い廊下を一緒に歩くと、かえって危険を広げる場合があります。どこへ案内するか、どの経路を使うかは、自校の施設配置に応じて危機管理マニュアルで決めておく必要があります。切迫した危険がある場合は、案内や説得を続けず、通報と避難を優先します。
さすまたなどの防犯用具がある学校でも、「用具があるから一人で対応できる」と考えてはいけません。用具は、訓練を受けた教職員が複数で、児童生徒の避難時間を確保するなど、自校の手順に基づいて使うものです。相手を制圧することを目的に自己流で扱うと、奪われたり、かえって距離が縮まったりする危険があります。
教員自身の安全は、児童生徒の安全と対立しません。教員が負傷すれば、避難誘導や通報を続けられなくなります。勇敢さよりも、距離、連絡、複数対応、退路確保を優先することが、結果として子どもを守ります。
5.退去を求める場面でも一人で完結させない
正当な用件が確認できず、退去を求める場合も、複数の教職員で対応します。相手の言葉や態度に注意し、丁寧かつ毅然と退去を求めます。感情的に言い返したり、挑発したり、必要以上に身体へ触れたりしません。
退去に応じない、再び校内へ入ろうとする、暴力的な言動がある、危険物を持っているなどの場合は、速やかに110番通報へ移ります。「もう少し話せば分かってくれるかもしれない」と説得を長引かせることが、安全につながるとは限りません。通報するかどうかを、現場の一人に背負わせない仕組みが必要です。
一度敷地外へ出た場合も、それで終了ではありません。再侵入の可能性を考え、門や出入口を確認し、複数で様子を見ます。警察、教育委員会、近隣校等への情報共有は、学校と設置者の手順に従います。相手を追いかけて校外へ出たり、教員が自家用車で追跡したりすることは避けます。
児童生徒や保護者が撮影した画像を、確認のないままSNSや連絡網で拡散することも危険です。誤認、人権侵害、捜査への影響につながり得ます。必要な情報発信は、警察や教育委員会と連携し、学校の窓口から行います。
6.110番通報を「管理職しかできない仕事」にしない
切迫した危険があるとき、管理職の到着を待ってから110番するのでは遅れる場合があります。自校のマニュアルで、誰がどの段階で通報するかを確認しておきます。緊急性が高い場面では、その場にいる教職員が通報し、並行して管理職へ連絡する手順が必要です。
110番では、学校名と住所、通報者の氏名、何が起きているか、不審者の人数や特徴、危険物の有無、現在位置と移動方向、負傷者の有無、児童生徒の状況などを、分かる範囲で伝えます。電話を切る時期は通信指令員の指示に従います。
正確に話そうとして情報を集め切るまで通報を待つ必要はありません。まず学校で不審者事案が起きていることと場所を伝え、質問に答えます。別の教職員が校門付近で警察を誘導できれば、到着後の対応が早くなります。ただし、誘導する教職員も安全な場所で待機します。
非常通報装置がある学校は、設置場所を知るだけでなく、誰が操作できるか、押した後に何が起きるか、誤作動時はどうするかを訓練で確認します。「警察につながると思っていたが、警備会社への連絡だった」という認識違いを残さないことが重要です。
7.児童生徒の安全確保を現場対応と並行して行う
不審者へ対応する教職員だけでなく、各教室の教員にも役割があります。校内の状況と相手の位置に応じて、教室待機、施錠、避難場所への移動など、自校の手順を実行します。全校一律に校庭へ避難すればよいとは限りません。相手の位置によっては移動が危険になるため、放送や連絡に従います。
児童生徒には、興味本位で廊下へ出ない、窓からのぞかない、撮影しない、SNSへ投稿しないよう伝えます。低学年や特別な支援を必要とする児童生徒には、短く具体的な言葉や視覚的な合図を用意します。大きな放送音や急な移動で混乱しやすい子どもへの支援者も決めます。
避難や待機の後は、人数と負傷の有無を確認します。出席簿上の人数だけでなく、保健室、特別教室、トイレ、校外活動、別室登校など、その時点の所在を把握します。来校中の保護者や業者についても、可能な範囲で安全を確認します。
校外学習時の役割分担については、「11/50 校外学習の安全を旅行会社や施設任せにしない」で整理しています。不審者事案でも、子どもを見る人、通報する人、情報をまとめる人を分ける原則は同じです。
8.事案後の記録・説明・心のケアまでを対応と考える
相手が退去し、警察対応が終わっても、学校の仕事は終わりません。発見時刻、場所、最初に気づいた人、相手の言動、校内連絡、通報時刻、児童生徒の避難状況、負傷者の有無などを、複数の記録と照合して整理します。推測や評価ではなく、見聞きした事実を時系列で残します。
児童生徒や保護者への説明は、警察や教育委員会と調整し、学校として情報をそろえます。教職員が個別に推測を話したり、個人のSNSで状況を発信したりしません。公表できない情報がある場合も、「現在確認中」「警察と連携している」など、伝えられる範囲と次の連絡時期を明確にします。
直接危険を見た児童生徒だけでなく、放送を聞いた子、避難中に強い不安を感じた子、過去の体験を思い出した子にも影響が生じることがあります。表面上落ち着いているから問題ないと決めつけず、担任、養護教諭、スクールカウンセラー等で様子を見ます。対応した教職員にも心理的負担が残るため、管理職は振り返りと支援の機会を設けます。
検証では、「誰が悪かったか」だけで終わらせません。なぜ受付を通らず入れたのか、応援要請は届いたか、教室の施錠はできたか、放送内容は理解できたか、警察の誘導はできたかを確認し、危機管理マニュアル、施設設備、訓練を見直します。
9.侵入されてからではなく三段階で防ぐ
文部科学省は、不審者侵入防止について、①校門、②校門から校舎入口まで、③校舎入口という三段階のチェック体制を示しています。校門を閉めていても、登下校時や来校者が多い時間帯には開放されます。どの時間帯に、誰が、どこで来校者を確認するかを具体化する必要があります。
門や扉の施錠は大切ですが、避難経路を妨げたり、消防上の安全を損なったりしない運用が必要です。インターホン、防犯カメラ、受付、名札、表示、非常通報装置などは、設置するだけでは不十分です。故障していないか、死角がないか、担当者不在時も使えるかを定期的に確認します。
「保護者は顔見知りだから名札は不要」「業者はいつも来るから受付不要」という例外を増やすと、確認の基準が崩れます。来校者に不便をお願いする場合は、子どもの安全のための手順であることを丁寧に説明し、全員に同じ基準を適用します。
点検は管理職や安全担当だけの仕事ではありません。毎日校内を歩く教員だからこそ、開いたままの通用門、見えにくい受付表示、壊れた鍵、校舎へ直接入れる動線に気づけます。気づいたことを「いつものこと」で済ませず、報告して改善につなげます。
10.訓練を「不審者役を追いかける行事」にしない
不審者対応訓練では、さすまたを持った教員が不審者役と格闘する場面だけが注目されがちです。しかし、本当に確認すべきなのは、最初に誰が異常を知らせたか、連絡は全教室へ届いたか、児童生徒を危険から遠ざけられたか、110番通報に必要な情報を伝えられたかという一連の流れです。
訓練は、警察やスクールサポーター等の助言を受け、自校の校舎配置と実態に合わせます。不審者役の動きや訓練時刻を一部の教職員だけが知る方式を採る場合も、児童生徒へ過度な恐怖を与えない配慮と、訓練後の説明が必要です。訓練の目的、想定、終了の合図を明確にします。
振り返りでは、「大きな声が出た」「取り押さえられた」といった印象ではなく、発見から応援要請までの時間、通報内容、避難完了、人数確認、支援が必要な児童生徒への対応を検証します。できなかったことを個人の失敗にせず、手順や設備の改善課題に変えます。
訓練に参加できなかった非常勤職員、給食関係職員、学校用務員、外部指導者等にも、必要な手順を共有します。危機は全教職員がそろう時間に起きるとは限りません。登校前、放課後、休日の部活動、長期休業中など、人数が少ない時間帯の連絡先と対応も別に確認します。
訓練後は、警察等から受けた助言を記録し、危機管理マニュアルへ反映します。訓練を実施したという事実だけで安心せず、次回までに誰が何を改善するか、期限と担当を決めます。鍵や放送設備の不具合など、すぐ直せない課題には暫定的な代替手段も用意します。
活動前の危険確認を習慣化する考え方は、「10/50 理科実験を『前にもやった』と慣れで進めない」にも共通します。防犯も「以前何も起きなかった」を安全の根拠にせず、現在の動線と体制を確認します。
11.明日の授業・仕事でやること
不審者対応は、事件が起きたときだけ考えるものではありません。明日、次の六つを確認してください。
①教室から応援を呼ぶ方法を実際に確認する
内線番号、非常ボタン、校内電話、携帯電話など、授業中に使える手段を確認します。電話が教室のどこにあるか、職員室へどうつながるかまで見ます。
②校内の合図と自分の役割を読む
緊急放送や合言葉の意味、教室待機か避難か、施錠や人数確認をどう行うかを危機管理マニュアルで確認します。分からない表現があれば、その日のうちに安全担当へ尋ねます。
③受付を通らず校舎へ入れる動線を一つ探す
校門から教室まで歩き、開放された扉、見えにくい受付、案内表示の不足を確認します。自分で直せない設備上の問題は、管理職へ報告します。
④「一人で対応しない」を職員室で共有する
見慣れない来校者へ声を掛ける場合も、不審な点を感じたら先に応援を求めることを確認します。若手教員が単独で現場へ向かわないよう、中堅が声を掛けます。
⑤学校の住所と警察誘導場所を確認する
110番で伝える学校の正式住所、校門の名称、警察車両をどこへ誘導するかを確認します。複数の門がある学校では、通報者と誘導者の呼び方を統一します。
⑥不在者を含む人数確認の方法を見直す
保健室、特別教室、別室、校外活動にいる児童生徒を、緊急時に誰が確認するかを見ます。担任の記憶だけに頼らず、その時点の所在を共有できる方法を整えます。
12.まとめ
校内で不審な来校者を見つけたとき、勇気を示すことと、一人で近づくことは同じではありません。見慣れない人を即座に犯罪者と決めつけず、受付と用件を確認する一方、不審な点があれば距離を取り、応援を求め、複数で対応します。
切迫した危険がある場合は、説得や取り押さえにこだわらず、校内への周知、110番通報、児童生徒の安全確保を優先します。各教員が自分の役割を知り、現場対応、教室の安全、通報、誘導、記録を分担することが重要です。
「誰かが対応するだろう」と見過ごさず、「自分が何とかする」と単独で抱え込まない。その間にある、組織として知らせ、守り、つなぐ行動こそが、学校の安全を支えます。
参考資料
- 文部科学省「学校の危機管理マニュアル―不審者侵入への対応」
- 文部科学省「不審者の侵入事案を受けた学校安全の確保に向けた対策について」
- 文部科学省「学校の危機管理マニュアル作成の手引」
- 警察庁「子供の安全を守るための取組」
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