一方で、管理職としてさまざまな学校や管理職を見ていると、うまくいかない管理職にはいくつかの共通点があることにも気づきます。
今回は、その共通点について考えてみたいと思います。
教職員を「動かそう」「自分の言うことを聞かせよう」とし過ぎる
管理職になりたての頃は、「学校を変えたい」という思いが強くなります。
その思い自体は決して悪いことではありません。
しかし、その気持ちが強過ぎると、「教職員を動かそう」としてしまいます。
思い込みが激しい傾向のある管理職は特にこの思考に陥りがちです。
命令を増やす。
細かく指示を出す。
管理を強める。
ところが、学校は命令だけで動く組織ではありません。
教職員は、それぞれ教育に対する思いや経験を持った専門職です。
だからこそ、管理職に必要なのは、人を動かすことではなく、人が自ら動きたくなる環境をつくることです。
方向性を示し、対話を重ね、納得感を生み出す。
学校現場では、リーダーというよりも、ファシリテーターや伴走者としての役割が求められる場面が多くあります。
管理職がすべてを決めるのではなく、教職員が主体的に考え、行動できる環境を整えることが、結果として学校全体の力を高めることにつながります。
言うことを聞かなかったときに、不機嫌を露わにするのは、問題外と言えるでしょう。
「不機嫌は罪」と誰かが言っていましたが、本当にその通りだと思います。
「自分が正しい」と思い込み過ぎる
管理職は、最後に判断を下す立場です。
だからこそ、自分の考えに自信を持つことは必要です。
しかし、その自信が「自分だけが正しい」という思い込みに変わった瞬間、組織は少しずつ息苦しくなっていきます。
職員会議で異なる意見が出ても聞き流す。
教員の提案を「経験が足りない」の一言で終わらせる。
教育委員会や他校からの助言を受け入れない。
このような姿勢が続くと、周囲は次第に意見を言わなくなります。
反対意見が出なくなります。
これは学校としては致命的です。
成長が止まります。
静かな職員室は、必ずしも良い職員室ではありません。
本当に信頼されている管理職には、耳の痛い意見も届きます。
それは、教職員が「この人なら受け止めてくれる」と思っているからです。
管理職は、すべてを知っている人ではありません。
だからこそ、自分とは異なる考え方に耳を傾ける姿勢が欠かせません。
「自分は間違っているかもしれない。」
その謙虚さが、組織を成長させます。
一人で抱え込む
責任感の強い人ほど、この傾向があります。
肌感覚ですが、教師全体の傾向でしょう。
「これは管理職の仕事だから。」
「自分が何とかしなければ。」
その気持ちはよく分かります。
「人に聞くことは恥ずかしい」と考えるプライドの高い管理職も多いように思えます。
特に、成功体験が多い(失敗体験が少ない)管理職はその傾向があるようです。
しかし、学校という組織は、一人で動かすものではありません。
というより、自分一人の力だけで何とかなるような甘いものではありません。
教頭に相談する。
校長に相談する。
首席や教務主任と一緒に考える。
教育委員会や関係機関の力を借りる。
必要な場面で助けを求めることは、責任放棄ではありません。
むしろ、組織として最善の判断をするための責任ある行動です。
管理職が倒れてしまえば、学校全体に大きな影響が及びます。
自分一人で抱え込まないことも、管理職として重要な仕事の一つです。
学校はチームで運営するものです。
管理職自身が「助けてください」と言える姿勢は、教職員にとっても「困ったら相談してよい」というメッセージになります。
完璧を求め過ぎる
管理職になると、さまざまな場面で「ミスは許されない」と感じます。
もちろん、慎重さは必要です。
しかし、何でも完璧にやろうとすると、仕事は終わりません。
すべての資料を自分で確認する。
すべての会議に口を出す。
すべての案件を把握しようとする。
その結果、時間にも心にも余裕がなくなり、周囲にも余裕を失った姿が伝わってしまいます。
管理職に求められるのは、完璧さではありません。