学校は、変わらざるを得ない時代に入っている
授業改善、価値観の多様化、次期学習指導要領への対応、ICT活用など、学校を取り巻く環境は大きく変化しています。
もちろん、教育の本質まで変える必要はありません。
子どもを大切にすること、人とのつながりを育むこと、学校が果たす役割など、守るべきものはあります。
しかし、それを守るためにも、変えるべきことは変えなければなりません。
ところが、現実には驚くほど変われない学校があります。
授業風景も、行事も、職員室の雰囲気も、私が初任だった20年以上前とほとんど変わっていない学校が実際にあります。
悪しき文化も、そのまま残っています。
生徒指導やブラック校則のように、世間から見ても課題が明らかなものだけではありません。
学校の中にいると当たり前になってしまい、誰も疑問を持たなくなっている文化こそ、実は変わりにくいものです。
私はこれまで、多くの学校を見てきました。
その経験から感じる、変われない学校の共通点を挙げてみます。
① 学びを止めたベテラン・中堅教職員が変化を止めている
近年、多くの学校では教職員のボリュームゾーンが30代から40代になっています。
経験もあり、授業も学級経営も一定の自信があります。
もちろん、それ自体は悪いことではありません。
問題は、その成功体験が「今のやり方が正しい」という確信に変わってしまうことです。
変わる必要性を感じなくなる。
新しい考え方に拒否感を示す。
若い教職員の提案に対して、「でも」「それは難しい」ともっともらしい理由を並べて潰してしまう。
職員会議では反対意見ばかりが目立ち、会議全体の空気を重くする。
自分が興味のあることには熱心でも、それ以外には関心を示さない。
部活動や生徒会活動には積極的でも、学校全体の改善には消極的。
こうした教職員が一人いるだけで、学校全体の変化は大きく止まります。
もちろん、すべての30代・40代がそうだという話ではありません。
むしろ、多くの先生方は学び続けています。
しかし、変化を拒む教職員が一定数存在することも事実です。
「スウェーデンではやめた」という言葉だけが一人歩きする
このタイプの教職員に特に多いのが、一人一台端末への拒絶反応です。
決まり文句は、「スウェーデンではやめたらしい。」です。
この言葉だけを切り取り、ICT活用そのものを否定する議論が行われる場面を何度も見てきました。
しかし、本来考えるべきことはそこではありません。
子どもの学び方は一つではありません。
書くことが苦手な子どももいます。
読み書きに困難さを抱える子どももいます。
自分の考えを入力する方が表現しやすい子どももいます。
そうした子どもにとって、タブレットは必要な支援になることがあります。
逆に、紙で書いた方が考えが深まる場面もあります。
つまり、紙かタブレットかではなく、子どもに応じて使い分ければよいだけの話です。
「毎時間ICTを使え」と言っているわけでもありません。
必要な場面で、必要な子どもが使える環境を整える。
それだけです。
ところが、使い方も十分に知らないまま、影の部分だけを見て否定する。
やらない理由を語らせれば、本当に名人芸のようです。
② 管理職が学校の目標を自分の言葉で語れていない
二つ目は、管理職の問題です。
変われない学校には、管理職自身が学校の目標を十分理解できていないケースがあります。
研究主任が作った資料を、そのまま職員会議で読み上げる。
教育委員会から届いた文章を、そのまま説明する。
そこに校長自身の思いや言葉がありません。
教職員は意外によく見ています。
「校長は本当にそう思っているのか。」
「学校として何を目指したいのか。」
そこが見えないと、人は動きません。
研究主任がどれだけ努力しても、それは研究主任一人の仕事になってしまいます。
学校全体の方向性にはなりにくいのです。
学校を変えるためには、管理職が自分の言葉で学校の未来を語ることが欠かせません。
③ 必要な議論ができない学校
最近、「心理的安全性」という言葉を耳にする機会が増えました。
しかし、その意味を誤解している学校も少なくありません。
心理的安全性とは、「否定してはいけない」ことではありません。
本来は、「安心して意見を言える。」「意見を言われても人格否定と受け取らない。」そんな職場のことです。
ところが、「担当が考えたから、そのままでいい。」「反対意見は言いにくい。」そんな空気になってしまう学校があります。
すると、担当者だけが一生懸命考え、周囲は傍観者になります。
議論を重ねて磨かれた計画ではなく、そのまま通過した計画になります。
学校は担当者だけで動く組織ではありません。
全員が当事者意識を持ち、本気で協議することが必要です。
④ 失敗を恐れる学校は、挑戦できない
もう一つ共通するのは、失敗を極端に恐れることです。
「前例どおりにしておけば文句は言われない。」
「変えて失敗するくらいなら、そのままがいい。」
そんな空気が学校全体に広がると、挑戦は生まれません。
しかし、変化には必ず失敗があります。
最初からうまくいく改革など、ほとんどありません。
小さく試し、振り返り、改善する。
その積み重ねが学校を変えていきます。
失敗を責める文化ではなく、挑戦を認める文化を育てることが重要です。
学校を変えるのは、結局「当事者意識」である
ここまで、学校が変われない理由を挙げてきました。
もちろん、他にも要因はあります。
しかし、私が多くの学校を見てきた中で、共通して感じるのはここです。
では、その状態を変えるにはどうすればよいのでしょうか。
私がこのブログで一貫して伝えてきたことがあります。
それは、自分がその課題に気付いたのなら、自分が当事者として動くことです。
「管理職が悪い。」
「ベテランが悪い。」
「若手が育たない。」
そう言って終わることは簡単です。
しかし、それだけでは学校は変わりません。
自分には何ができるのか。
目の前の子どものために、自分は何を変えられるのか。
その問いを持ち続ける人が一人、また一人と増えていくことで、学校は少しずつ変わっていきます。
当事者意識を持って学校を変える具体的な行動については、このブログでもこれまで触れてきました。
しばらく体系的に整理できていませんので、改めてまとめていきたいと思います。

