若い先生を見ていると、
「もっと積極的に動けばいいのに」
「分からないことがあれば、自分から聞けばいいのに」
「最近の若い先生は、失敗を恐れすぎている」
そのように感じることがあります。
確かに、自分から学ぼうとする姿勢は大切です。
分からないことを尋ねる。
授業を見せてもらう。
新しい仕事に挑戦する。
失敗したことを振り返る。
教師として成長するためには、本人の主体性が欠かせません。
しかし、若い先生が育つかどうかを、本人の性格や意欲だけで考えてよいのでしょうか。
「積極性がない」
「指示を待っている」
「自分から動かない」
そのように見える先生が、別の学校へ異動した途端、生き生きと働き始めることがあります。
反対に、意欲をもって着任した先生が、数か月で発言しなくなることもあります。
若手教員の成長は、本人の力だけでは決まりません。
質問しても嫌な顔をされない。
分からないと言っても能力不足と決めつけられない。
失敗を報告しても、すぐに責められない。
自分の考えを話しても、頭ごなしに否定されない。
そのような職員室の環境があるかどうかによって、大きく変わります。
若手教員を育てるとは、先輩が後輩に知識を与えることだけではありません。
教師が安心して問いを出し、経験を振り返り、互いの知識を持ち寄ることのできる職員室をつくることです。
若手教員を「力の足りない人」と見ない
以前の私は、若手教員の育成を、少し単純に考えていました。
先輩教師が知っていることを教える。
後輩教師がそれを吸収する。
8の力しかない後輩を、先輩が10の力に引き上げる。
そのようなイメージです。
しかし、人の力を数字で表すことはできません。
教師としての経験が浅くても、優れた感覚や専門性をもっている人がいます。
ICTの活用に詳しい。
子どもの話を自然に聴くことができる。
新しい教材や社会の変化に敏感である。
これまでの学校の慣習を、素朴な疑問で問い直すことができる。
若手教員は、何も持たずに学校へ入ってくるわけではありません。
経験の長い教師とは異なる知識、感覚、経験を持って入ってきます。
一方で、学校には、文章やマニュアルだけでは伝えにくい実践知があります。
授業中に、どの生徒を見ておくのか。
保護者への連絡を、どの段階で行うのか。
生徒の小さな変化を、誰と共有するのか。
行事を進める際に、どこで問題が起こりやすいのか。
そのような知識は、実際の場面を経験し、先輩の判断を聞き、自分で試しながら身につけていくものです。
若手教員の育成では、足りないものを補うだけでなく、その人がすでにもっているものを見つける必要があります。
教える側と教えられる側を固定するのではなく、互いの知識と経験を交換する。
その関係から、若手も先輩も成長します。
若手教員は、年齢だけでは決まらない
若手教員というと、20代や採用数年目の先生を思い浮かべます。
しかし、学校の中には、年齢にかかわらず「初めて」を経験している人がいます。
初めて担任をする先生。
初めて特別支援学級を担当する先生。
初めて進路指導を担当する先生。
初めて学年主任になる先生。
小学校から中学校へ移った先生。
民間企業から教職へ入った先生。
長く休職した後に復職した先生。
経験年数が長くても、新しい役割や環境では、分からないことがあります。
したがって、若手育成を年齢だけで考えると、本当に支援を必要としている人を見落とします。
「何年目だから、これくらいできて当然」
「その年齢で、今さら聞けないだろう」
そのような空気があると、人は分からないことを隠すようになります。
大切なのは、その人の年齢ではなく、今置かれている状況です。
何を経験しているのか。
何を初めて担っているのか。
どの部分には強みがあり、どの部分で支援を必要としているのか。
一人一人を同じ育成モデルに当てはめないことが必要です。
文部科学省は、令和4年12月の中央教育審議会答申で、「新たな教師の学びの姿」として、主体的な姿勢、継続的な学び、一人一人の個性に応じた個別最適な学び、他者との対話や振り返りを伴う協働的な学びを示しています。教師の学びも、全員に同じ内容を一律に与えるのではなく、個人の経験や課題に応じて設計する必要があります。
メンターは、正解を教える人ではない
若手教員の育成では、メンターという言葉が使われるようになりました。
一般的には、経験のある人が、経験の浅い人の成長を継続的に支援する関係を指します。
メンターの役割を、「学校のやり方を教える人」と考えると、育成は一方向になります。
若手が質問する。
先輩が答える。
若手が、そのとおりに実行する。
もちろん、緊急時の対応や法令、個人情報、安全管理など、明確に伝えなければならないことはあります。
しかし、授業づくりや学級経営、生徒との関係づくりには、いつも一つの正解があるわけではありません。
メンターに必要なのは、すぐに答えを与えることだけではありません。
「あなたは、どうしたかったのですか」
「実際には、何が起こりましたか」
「生徒は、どのように受け取ったと思いますか」
「次に同じことが起きたら、何を変えますか」
そのように問いかけ、若手教員が自分の経験を整理できるように支援します。
先輩の成功例を聞かせるだけではなく、若手自身が経験から学べるようにすることが大切です。
経験したことを振り返る。
うまくいった理由や、うまくいかなかった理由を考える。
次の行動を決める。
実際に試してみる。
この循環によって、経験が実践知に変わっていきます。
「私はこうしてきたから、あなたもこうしなさい」
ではなく、
「私はこのように考えます。あなたはどう考えますか」
という対話が必要です。
一人の優れた先輩に頼りすぎない
若手教員に、経験豊かな先輩を一人つける。
分かりやすい方法です。
相談相手が明確になり、継続的な関係もつくりやすくなります。
しかし、一対一の関係だけに頼ることには危うさもあります。
メンターと若手の考え方が合わないことがあります。
相談内容によっては、メンターの専門外であることもあります。
一人の先輩のやり方だけを学ぶと、若手の考え方が狭くなる可能性もあります。
さらに、関係がうまくいかなかった場合、若手が相談する相手を失います。
若手教員を一人の先輩に任せるのではなく、複数の人で支える方がよいと思います。
授業について相談する先生。
生徒指導について相談する先生。
ICTについて相談する先生。
勤務や体調について話せる先生。
管理職として判断する人。
必要に応じて、養護教諭、特別支援教育コーディネーター、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーなどの専門職ともつながる。
相談内容によって、相手を選べる状態をつくります。
若手教員が育つ学校は、一人の優れた指導者がいる学校ではありません。
相談経路が複数あり、誰か一人との関係がうまくいかなくても、孤立しない学校です。
心理的安全性は、何を言っても許されることではない
若手教員の育成を考える上で、「心理的安全性」は重要な概念です。
心理的安全性とは、チームの中で質問したり、間違いを認めたり、異なる意見を述べたりしても、それによって自分が不当に傷つけられたり、排除されたりしないと感じられる状態を指します。
この概念を示したエイミー・エドモンドソンの研究では、心理的安全性は、チームのメンバーが質問、援助要請、失敗の共有など、対人関係上のリスクを伴う学習行動を取るための条件として位置づけられています。
ただし、心理的安全性は、仲良くすることではありません。
何をしても叱られないことでもありません。
仕事の基準を下げることでもありません。
「失敗しても大丈夫だから、確認しなくてよい」
「若手だから、責任を問わなくてよい」
ということではありません。
安全管理や人権、個人情報、服務に関わる問題については、明確な基準が必要です。
不適切な行為を曖昧にしてはいけません。
心理的安全性が高い職員室とは、問題が起こらない職員室ではありません。
問題が起きたときに、早く報告できる職員室です。
「判断を間違えました」
「この対応でよかったか自信がありません」
「実は、まだ保護者へ連絡できていません」
「この仕事を一人で続けるのは難しいです」
そのような言葉を、問題が小さい段階で言えることが重要です。
失敗を隠さない。
分からないことを聞く。
必要なときに助けを求める。
異なる意見を述べる。
これらは、弱さではありません。
学校が重大な問題を防ぎ、組織として学ぶために必要な行動です。
令和4年12月の中央教育審議会答申でも、多様な専門性を有する教職員集団を形成するため、学校管理職のリーダーシップの下で心理的安全性を確保し、教職員の多様性に配慮したマネジメントを行うことが示されています。心理的安全性は、民間企業だけの流行語ではなく、学校組織の在り方として国の答申にも明記されています。
先輩が失敗を隠すと、若手も失敗を隠す
若手教員には、
「言い訳をしてはいけない」
「自分の失敗を認めなければならない」
と伝えたくなることがあります。
確かに、責任を他人に押しつけたり、事実をごまかしたりしてはいけません。
しかし、若手にだけ失敗を認めることを求めても、うまくいきません。
先輩教師や管理職が、自分の失敗を認めない職員室では、若手も失敗を隠すようになります。
先輩が、
「私の説明が足りなかった」
「判断を急ぎすぎた」
「もっと早く相談するべきだった」
「その見方は、私にはありませんでした」
と言えるかどうかです。
経験のある人が間違いを認める姿は、権威を失うことではありません。
責任の取り方を示すことです。
ただし、失敗を共有するときには、単なる反省会にしてはいけません。
「気をつけます」
「次から頑張ります」
だけでは、同じことが起こります。
何をしようとしていたのか。
どの時点で判断を誤ったのか。
必要な情報はそろっていたのか。
誰かに相談できなかったのか。
仕組みとして改善できることはないか。
次に同じ場面が起きたら、何をするのか。
個人を責めるだけで終わらず、再発を防ぐための学びに変える必要があります。
失敗を責めないことと、失敗を放置することは違います。
責任を明確にしながら、次の行動を改善する。
その両方が必要です。
注意する前に、仕事の前提を共有する
若手教員が仕事をできていないとき、本人の意欲や能力を問題にしがちです。
「普通は分かるだろう」
「言わなくても、これくらいはするものだ」
「自分たちの若い頃は、見て覚えた」
そのように考えることがあります。
しかし、その「普通」は、学校や世代によって異なります。
会議資料をいつまでに出すのか。
保護者から連絡があったら、誰に報告するのか。
生徒の欠席が続いたら、どの段階で共有するのか。
行事の提案を、どの順番で調整するのか。
個人情報をどこに保存してよいのか。
職員室には、明文化されていないルールが数多くあります。
長く勤務している人には当たり前でも、新しく来た人には分かりません。
仕事ができていないと注意する前に、
何をするのか。
いつまでにするのか。
どの状態になれば完了なのか。
困ったときに誰へ相談するのか。
どこまで自分で決めてよいのか。
その前提が共有されているかを確かめる必要があります。
曖昧な指示を出し、本人なりに判断して動いた後で、
「そんなことも分からないのか」
と責めるのは育成ではありません。
若手に主体性を求めるのであれば、任せる範囲と相談すべき範囲を明確にすることが必要です。
フィードバックは、人格ではなく行動に向ける
若手教員を育てるには、率直なフィードバックが必要です。
よいところだけを褒めていても、成長にはつながりません。
一方で、厳しく言えば成長するわけでもありません。
「もっと教師らしく」
「主体性がない」
「気が利かない」
「社会人としてどうなのか」
このような言葉は、何を直せばよいのか分かりません。
本人の人格を否定されたように感じるだけです。
フィードバックでは、具体的な事実と行動を扱います。
「保護者からの連絡を受けた後、学年主任への共有が翌日になっていました」
「授業の説明が十五分続き、生徒が自分で考える時間が五分しかありませんでした」
「会議資料に、決めてほしい点が書かれていなかったため、話し合いの焦点が定まりませんでした」
その上で、
「どのように判断しましたか」
「次は、どこを変えられそうですか」
と本人の考えを聞きます。
まず事実を確認する。
本人の意図を聞く。
影響を一緒に考える。
次の行動を決める。
必要な支援を確認する。
この順序が大切です。
また、改善点だけでなく、うまくいった行動も具体的に伝えます。
「よかったです」
ではなく、
「生徒が答えに詰まったとき、すぐに正解を言わず、考える時間を取ったところがよかったです」
と伝えます。
何がよかったのかが分かれば、本人は別の場面でも再現できます。
若手に仕事を与えることと、仕事を押しつけることは違う
人は、実際に仕事を担う中で成長します。
責任のある仕事を任される。
自分で考える。
周囲と調整する。
うまくいかなければ修正する。
この経験は、研修を受けるだけでは得られません。
だからといって、
「若いうちに苦労しておいた方がよい」
「経験のためだから」
という理由で、仕事を集中させてよいわけではありません。
難しい仕事を任せるのであれば、支援も必要です。
目的を共有する。
任せる範囲を明確にする。
途中で相談する機会を設ける。
必要な情報や人をつなぐ。
終わった後に振り返る。
任せっぱなしにしないことです。
本人の成長のためと言いながら、先輩が避けたい仕事を若手へ渡しているだけなら、それは育成ではありません。
成長につながる負荷と、人を疲弊させる過重負担は違います。
その仕事によって、何を学んでほしいのか。
現在の力量に対して、難易度は適切か。
失敗した場合の影響はどの程度か。
誰が支援するのか。
そこまで考えて、仕事を任せる必要があります。
学ぶ時間がなければ、育成は続かない
若手教員に、
「もっと教材研究をした方がよい」
「本を読んだ方がよい」
「他の先生の授業を見た方がよい」
と伝えても、その時間がなければ実現しません。
朝から授業を行い、休み時間には生徒対応をし、放課後は会議や部活動があり、その後に事務仕事をする。
その状態で、勤務時間外の自己研鑽だけを求めても、長くは続きません。
文部科学省は、令和5年3月の通知で、オンデマンド型を含む職務としての研修は、正規の勤務時間内に実施し、教師本人の費用負担がないことを前提とすると明記しています。また、研修履歴の記録や管理そのものを目的化せず、教師が新たな学びに向かうための手段として活用するよう求めています。
令和6年8月の中央教育審議会答申でも、教師が学び続けるためには、学校における働き方改革と指導・運営体制の充実を通じ、心身ともに充実し、研究や学ぶ時間を確保できる環境を整える必要があるとされています。教師のウェルビーイングと専門性の向上は、別々の課題ではありません。
若手育成を大切にすると言いながら、育成のための時間を予定に入れない。
相談はいつでもと言いながら、全員が忙しそうにしている。
研修を受けさせても、その後に話す時間がない。
それでは、育成は個人の善意に依存します。
週に十分でもよいと思います。
授業について話す。
困っていることを確認する。
一週間の経験を振り返る。
次に試すことを決める。
短くても、定期的に話す時間を確保する方が、問題が起きたときだけ長時間指導するより効果的です。
先輩教師も育成されている
若手教員を育てる役割を担うと、先輩教師も学びます。
自分が無意識に行っていた判断を言葉にする。
なぜ、その対応をするのかを説明する。
若手からの質問によって、これまでの慣習を見直す。
自分とは違う授業の考え方に触れる。
教えるためには、自分の実践を振り返らなければなりません。
「昔からこうしてきた」
だけでは、若手は納得しません。
目的や根拠を説明しようとすることで、先輩自身の実践も整理されます。
若手育成は、若手だけのために行うものではありません。
ミドルリーダーを育て、職員室の対話を増やし、学校全体の実践知を共有する機会になります。
文部科学省の令和4年12月答申は、教師の学びについて、個別最適な学びだけでなく、日々の経験や他者から学ぶことを含む協働的な学びを実現する必要があるとしています。また、教師の学びの姿は、子どもの学びの姿と相似形であると説明しています。
子どもに対して、
「分からないことを質問しよう」
「友達の意見から学ぼう」
「失敗を恐れず挑戦しよう」
「振り返って次に生かそう」
と伝えるのであれば、教師自身も、そのように学べる職員室でなければなりません。
管理職が若手育成を個人任せにしない
若手教員の近くに、面倒見のよい先輩がいる。
それだけで、うまくいく学校もあります。
しかし、人の善意だけに頼る仕組みは続きません。
担当者が異動すれば終わります。
相性が悪ければ機能しません。
忙しくなれば、育成は後回しになります。
管理職には、若手育成を組織の仕事として位置づける役割があります。
誰が、どの領域を支援するのかを決める。
定期的に話す時間を確保する。
若手の仕事量や孤立の状況を確認する。
メンター自身が抱え込んでいないかを見る。
指導が人格否定や一方的な押しつけになっていないかを把握する。
必要に応じて、担当者や支援方法を変える。
若手本人だけでなく、育成する側への支援も必要です。
また、管理職自身が、若手に直接声をかけることも大切です。
「困ったことはありませんか」
だけでは、若手は「大丈夫です」と答えます。
「授業で迷っていることはありますか」
「保護者対応で、一人で抱えていることはありませんか」
「今の仕事量で、特に負担になっているものは何ですか」
と、具体的に尋ねる方が話しやすくなります。
管理職がすべてを解決する必要はありません。
しかし、若手が孤立していないかを把握し、必要な人や支援につなぐ責任があります。
若手教員が育つ職員室の小さな習慣
大がかりな研修制度をつくらなくても、職員室の中でできることがあります。
若手が質問したときに、手を止めて話を聞く。
分からないことを笑わない。
失敗の報告を受けたら、最初に事実と安全を確認する。
人前で人格を否定しない。
自分の資料や教材を、理由とともに共有する。
授業を見せるだけでなく、見せた後に考えを話す。
若手の提案を、経験が浅いという理由だけで退けない。
うまくいったことを、具体的に伝える。
困ったときに相談する相手を複数示しておく。
先輩自身も、分からないことや失敗を言葉にする。
一つ一つは、小さな行動です。
しかし、この積み重ねが、
「ここでは質問してもよい」
「失敗を隠さなくてよい」
「自分の意見を話してよい」
という職員室の文化をつくります。
若手を育てるのではなく、育つことのできる学校をつくる
若手教員を思いどおりに動かすことが、育成ではありません。
先輩と同じ授業をする先生を増やすことでもありません。
学校の慣習に早く順応させることだけでもありません。
若手教員が、自分で考える。
周囲に相談する。
必要な知識を学ぶ。
試してみる。
失敗を振り返る。
異なる意見を聞く。
もう一度、実践する。
その循環を続けられるようにすることです。
教師の成長には時間がかかります。
一度伝えたからできるようになるわけではありません。
同じ失敗を繰り返すこともあります。
先輩が期待した速さでは成長しないこともあります。
それでも、すぐに、
「やる気がない」
「教師に向いていない」
と決めつけないことです。
本人が努力すべきことはあります。
責任をもって改善しなければならないこともあります。
しかし、その努力が成長につながる環境をつくるのは、職員室全体の役割です。
若手が質問できる職員室は、ベテランも質問できます。
若手が失敗を報告できる職員室は、重大な問題を早く発見できます。
若手が意見を言える職員室は、これまでの慣習を見直すことができます。
若手教員を育てることは、若手だけのためではありません。
学校そのものが、学び続ける組織になるための取組です。
若手を育てようとする前に、
この職員室は、安心して学べる場所になっているだろうか。
そのことを、まず考えたいと思います。
参考資料
・中央教育審議会「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について」(令和4年12月19日)
・文部科学省「研修履歴を活用した対話に基づく受講奨励に関するガイドライン」(令和5年3月30日修正)
・文部科学省「改正教育公務員特例法における令和5年4月からの教員研修に関する運用の留意事項及び関連情報について」(令和5年3月30日)
・中央教育審議会「『令和の日本型学校教育』を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について」(令和6年8月27日)
・Amy C. Edmondson, “Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams,” Administrative Science Quarterly, 1999

