
「信頼され、成長し続ける先生」ってどんな先生ですか?

「こんな先生かなぁ」って思うことをまとめました。

全部当てはまっている先生ですか?

いや、そんなことはありません。そんなスーパーマンみたいな先生はいませんからね。
それぞれの先生の強みを活かしてもらえればと思います。

よかったです。安心しました。

「そんな当たり前のことか」と思う内容もあるかもしれませんが、よかったら参考にしてください。
信頼され、成長し続ける先生って?
「あの先生は、伸びる先生だ」
「あの先生は、生徒から慕われている」
「あの先生には、人間的な魅力がある」
「あの先生は、頭の回転が速い」
学校で働いていると、このような言葉を耳にすることがあります。
確かに、周囲から信頼され、年齢を重ねても成長し続ける先生はいます。
若い頃から目立つ先生もいれば、経験を重ねる中で、少しずつ力をつけていく先生もいます。
一方で、「伸びる先生の特徴」を十個並べたり、「慕われる先生になる方法」を示したりするだけでは、大切なことを見落としてしまいます。
教師の成長は、性格や才能だけで決まるものではありません。
明るいから伸びる。
話が上手だから信頼される。
仕事が速いから優秀である。
そのように単純に分けられるものではありません。
静かでも、深く考えている先生がいます。
話すことは得意ではなくても、生徒の小さな変化に気づく先生がいます。
判断に時間をかけるからこそ、軽率な結論を出さない先生もいます。
教師として信頼され、成長し続けるために必要なのは、目立つ個性ではありません。
自分の実践を振り返り、他者から学び、必要なときには考えを変えながら、目の前の子どもと学校にとってよりよい方法を探し続ける姿勢です。
「完成した教師」はいない
教師として経験を積むと、できることは増えていきます。
授業の進め方が分かる。
生徒への声のかけ方が分かる。
保護者への伝え方が分かる。
学校がどのような仕組みで動いているのかも、少しずつ見えてきます。
経験は、教師にとって大きな財産です。
しかし、経験年数が長いことと、成長し続けていることは同じではありません。
同じ方法を長く続けているだけでも、経験年数は増えていきます。
以前うまくいった方法が、今の子どもたちにもそのまま通用するとは限りません。
学校を取り巻く状況も変わります。
子どもたちの価値観も、家庭環境も、情報環境も変化します。
特別な配慮や支援を必要とする子どもへの理解、ICTや教育データの活用、人権意識、多様性への配慮など、教師に求められるものも広がっています。
文部科学省は、令和4年12月の中央教育審議会答申で、新しい時代の教師に求められる資質能力を、単なる授業技術だけでは捉えていません。
教職に必要な素養、学習指導、生徒指導、特別な配慮や支援を必要とする子どもへの対応、ICTや情報・教育データの利活用という複数の領域に整理しています。
つまり、教師は、一度技術を身につければ完成する仕事ではありません。
むしろ、経験を重ねるほど、自分が知らないことや、一人では解決できないことに気づいていく仕事です。
「自分はもう分かっている」と思ったときよりも、
「まだ分からないことがある」と思えるときの方が、教師は成長しているのかもしれません。
成長する教師は、自分の実践を振り返る
成長し続ける先生は、授業や生徒指導がうまくいかなかったときに、すぐに誰かのせいにしません。
「この学年は落ち着かない」
「あの生徒は意欲がない」
「家庭に問題がある」
そのような事情が実際に影響していることはあります。
教師だけですべてを解決できるわけでもありません。
ただ、それだけで終わらせず、
「自分の説明は分かりやすかっただろうか」
「生徒が参加できる場面はあっただろうか」
「注意する前に、困っている理由を確かめただろうか」
「他の先生に相談すべきではなかったか」
と、自分が変えられる部分を考えます。
これは、自分を責めることではありません。
すべてを教師の責任にすることでもありません。
自分にできることと、自分だけではできないことを分けて考えることです。
うまくいかなかった実践を振り返ることは、少し苦しいものです。
できれば忘れたいと思うこともあります。
しかし、振り返らなければ、同じことを繰り返します。
振り返るときに大切なのは、「よかった」「悪かった」という感想だけで終わらせないことです。
何をしようとしたのか。
実際には何が起きたのか。
なぜ、そのような結果になったのか。
次に同じような場面があれば、何を変えるのか。
ここまで考えて、初めて経験が学びに変わります。
経験しただけでは、経験知にはなりません。
経験を言葉にし、意味づけし、次の行動につなげることで、教師の実践知になっていきます。
「自分のやり方」をもつことと、固執することは違う
経験を積んだ教師には、その人なりの考え方があります。
授業で大切にしていること。
生徒と接するときに譲れないこと。
学年や学校を運営するときの判断基準。
自分なりの軸をもつことは大切です。
周囲の意見に振り回され、場面ごとに言うことが変われば、生徒や同僚からの信頼を得ることは難しくなります。
しかし、「自分の軸をもつこと」と「自分のやり方に固執すること」は違います。
自分の軸がある先生は、なぜその方法を取るのかを説明できます。
そして、状況が変わったときや、よりよい考え方を知ったときには、方法を変えることができます。
一方、固執している先生は、
「昔からこうしてきた」
「私はこれで成功してきた」
「最近の若い先生は分かっていない」
という言葉で、考えることを止めてしまいます。
教育では、方法を変えることと、信念を捨てることは同じではありません。
子どもを大切にするという軸は変えずに、子どもへの関わり方を変える。
公正でありたいという軸は変えずに、一律に同じ対応をすることを見直す。
学力を保障するという軸は変えずに、授業の進め方や評価方法を変える。
そのような柔軟さが必要です。
本当に自分の考えをもっている人ほど、自分の考えを疑うことができます。
頭の回転の速さより、判断の質
学校では、次々に判断を求められます。
授業中に予想外の質問が出る。
生徒同士のトラブルが起こる。
保護者から連絡が入る。
急な行事変更がある。
会議で意見を求められる。
その場で素早く答えられる先生を見ると、「頭の回転が速い」と感じます。
確かに、状況を早く理解し、必要なことを簡潔に伝える力は大切です。
しかし、教師に必要なのは、答える速さだけではありません。
判断を急がない方がよい場面もあります。
生徒同士のトラブルで、最初に話した生徒の説明だけを聞いて判断すれば、事実を誤ることがあります。
保護者から強い要望を受けて、その場で安易に約束すれば、学校として対応できなくなることがあります。
会議で一人の強い意見に押されて決めれば、後から大きな問題になることもあります。
信頼される先生は、「今、決められること」と「確認してから決めること」を分けます。
分からないことを、分かったふりをしません。
「確認してから答えます」
「ほかの先生の見方も聞かせてください」
「今の情報だけでは判断できません」
と伝えることができます。
これは判断が遅いのではありません。
判断の質を守っているのです。
知識が多いことよりも、何が分かっていて、何がまだ分かっていないかを把握する力が重要です。
自分の判断に誤りがあり得ることを前提にする。
一つの見方だけで決めない。
必要な人に相談する。
そのような慎重さも、教師の専門性です。
信頼されることと、好かれることは違う
生徒から慕われる先生がいます。
廊下を歩けば、生徒が声をかけてくる。
卒業後も、近況を報告に来る。
困ったときに、相談したいと思ってもらえる。
そのような関係は、とても尊いものです。
ただし、教師が目指すべきなのは、すべての生徒から好かれることではありません。
教師は、友達ではありません。
人気を得るためにルールを緩めたり、特定の生徒だけを特別に扱ったりすれば、短期的には好かれても、長期的な信頼は失われます。
信頼される先生は、生徒によって態度を大きく変えません。
目立つ生徒だけでなく、発言の少ない生徒にも目を向けます。
自分になついてくる生徒だけでなく、距離を取る生徒の存在も尊重します。
必要なときには、耳の痛いことも伝えます。
ただし、人格を傷つけるような言い方はしません。
文部科学省が令和4年に改正した教師の資質向上に関する指針では、教師に共通的に求められる資質能力として、豊かな人間性、責任感、倫理観、人権意識、他の教職員や子ども、保護者、地域住民などとの良好な関係を構築する力が示されています。
信頼は、話の面白さや親しみやすさだけで生まれるものではありません。
この先生は、話を最後まで聞いてくれる。
この先生は、誰かを人前で笑いものにしない。
この先生は、言ったことに責任をもつ。
この先生は、自分が間違ったときには認める。
この先生は、自分だけを特別扱いしない。
そのような小さな経験が積み重なって、信頼になります。
「人間的魅力」は、完璧さではない
人間的に魅力のある先生という言葉があります。
けれども、人間的魅力とは何でしょうか。
いつも明るいことでしょうか。
誰とでも話せることでしょうか。
仕事が何でもできることでしょうか。
私は、教師の魅力は、完璧さから生まれるものではないと思います。
できないことを隠さない。
間違ったときには謝る。
困っている人に声をかける。
自分より若い人の意見にも耳を傾ける。
立場の弱い人に対して、態度を変えない。
誰も見ていないところでも、必要な仕事を丁寧にする。
そのような姿に、人間性は表れます。
ただし、ここで注意したいことがあります。
「人間的魅力」という言葉を、教師の自己犠牲と結びつけてはいけません。
いつも遅くまで残っている。
休みの日にも学校へ来る。
何でも引き受ける。
生徒のためなら自分の生活を後回しにする。
そのような働き方を、美しい教師像として語ってきた時代がありました。
しかし、無理を続ければ、教師自身が疲弊します。
心身に余裕を失えば、子どもや同僚に丁寧に向き合うことも難しくなります。
自分の生活を守る。
できない仕事は相談する。
組織で分担する。
休むべきときには休む。
これも、専門職として必要な判断です。
「何でも一人でできる教師」ではなく、
「一人ではできないことを理解し、適切に周囲と協働できる教師」が、これからの学校には必要です。
文部科学省の資料でも、自分や学校の強みと弱みを理解し、自分の力だけではできないことを客観的に捉え、他者との連携・協働を通じて課題を解決しようとする姿勢が、教師に求められる資質として整理されています。
学ぶことは、研修を受けることだけではない
教師が学ぶというと、研修会への参加を思い浮かべるかもしれません。
もちろん、研修を受けることは大切です。
新しい知識を得る。
自分にはなかった視点に触れる。
他校の実践を知る。
専門家から理論を学ぶ。
そのような機会は、日常の実践を見直すきっかけになります。
ただし、研修会に参加しただけで、教師の力が自動的に高まるわけではありません。
資料を受け取った。
講義を聞いた。
研修履歴に記録した。
それだけでは、学びが実践につながらないことがあります。
令和4年の教育公務員特例法改正を受け、令和5年4月からは、教員の研修履歴を記録し、それを活用して管理職と教師が対話しながら資質向上を図る仕組みが始まりました。文部科学省は、この仕組みについて、研修の管理を強化することが目的ではなく、教師が自分の強みや弱み、今後伸ばすべき力、学校で果たす役割を考え、必要な学びを主体的に行うことが目的であると明記しています。
大切なのは、何時間研修を受けたかではありません。
その学びによって、自分の見方や行動がどう変わったかです。
一つの授業を見せてもらう。
隣の先生に、生徒への声のかけ方を尋ねる。
自分の授業を見てもらい、率直な意見をもらう。
一冊の本を読み、明日の授業で一つ試す。
生徒の反応を記録し、次の授業で修正する。
失敗した対応について、学年の先生と振り返る。
これらも、すべて教師の学びです。
大きな研修だけが学びではありません。
日常の中にある小さな問いを、そのままにしないことです。
他人からの意見を受け取れるか
成長し続ける先生は、自分一人で成長しているわけではありません。
同僚から授業について意見をもらう。
若い先生から新しいICT活用を教えてもらう。
養護教諭やスクールカウンセラーから、子どもの見方を学ぶ。
特別支援教育コーディネーターに相談する。
保護者の言葉から、自分が見えていなかった子どもの姿を知る。
生徒の反応から、自分の授業を見直す。
成長のきっかけは、自分の外側にあります。
しかし、経験を重ねるほど、人から意見を言ってもらう機会は減っていきます。
若い頃には指摘されていたことも、年齢や立場が上がると、周囲が言いにくくなります。
だからこそ、自分から意見を求める必要があります。
「今日の説明、分かりにくいところはなかったですか」
「あの対応について、別の見方はありますか」
「私が気づいていないことがあれば教えてください」
そう言える先生は強いです。
意見を聞くことは、自信がないことではありません。
よりよい判断をするために、情報を増やしているのです。
ただし、すべての意見に従う必要はありません。
意見を受け止めた上で、目的、根拠、子どもの状況、自分の役割を考え、最終的に判断します。
他人の意見を聞くことと、他人任せになることは違います。
若い先生からも、ベテランの先生からも学ぶ
学校では、経験年数によって役割が変わります。
経験の長い先生が、若い先生を支える場面は多くあります。
授業づくり。
学級経営。
保護者対応。
行事の進め方。
学校には、文章だけでは伝えにくい実践知があります。
それを次の世代に伝えることは大切です。
一方で、学びは一方向ではありません。
若い先生は、新しい学習方法やICT活用に慣れていることがあります。
子どもに近い感覚をもっていることもあります。
これまでの慣習を、素朴な疑問で問い直すこともあります。
ベテランには経験があります。
若手には、経験が少ないからこそ見えるものがあります。
どちらが上かという話ではありません。
異なる経験や専門性を持つ人が、互いに学び合えるかどうかです。
「若いから分かっていない」
「ベテランは考え方が古い」
そのような決めつけからは、何も生まれません。
相手の年齢ではなく、意見の中身を見る。
経験を尊重しながら、前例を絶対視しない。
新しい提案を歓迎しながら、実行上のリスクも考える。
そのような関係が、学校の力を高めます。
令和4年12月の中央教育審議会答申でも、多様な専門性を持つ教職員集団を形成し、教師同士の学び合いや学校内外との連携を進める方向が示されています。
子どもから学ぶことを忘れない
教師は、子どもに教える仕事です。
しかし、教える側にいるからといって、子どものことをすべて分かっているわけではありません。
こちらがよいと思って行った授業が、生徒には分かりにくいことがあります。
励ましたつもりの言葉が、生徒を追い詰めることもあります。
公平に対応したつもりでも、生徒から見れば不公平に感じられることがあります。
教師の意図と、子どもが受け取ったものは、同じとは限りません。
だから、子どもの反応を丁寧に見る必要があります。
授業中の表情。
ノートに書かれた言葉。
何げないつぶやき。
急に増えた遅刻。
休み時間の過ごし方。
いつもと違う提出物。
教師に近づいてくる子どもだけでなく、黙って距離を取っている子どもの存在にも目を向けます。
子どもの言うことをすべて受け入れるという意味ではありません。
子どもの言葉を、一つの重要な情報として扱うということです。
教師が子どもに教える。
子どもの反応から、教師が学ぶ。
その往復の中で、教育は少しずつよくなっていきます。
信頼は、日々の小さな行動でつくられる
信頼されるための特別な技術があるわけではありません。
約束したことを忘れない。
できない約束をしない。
分からないことを分かったふりをしない。
人によって態度を変えない。
本人のいない場所で、必要以上に悪く言わない。
失敗したときには謝る。
相談されたことを、勝手に広めない。
ただし、安全に関わることは一人で抱え込まず、必要な人と共有する。
会議で決まったことに疑問があれば、陰で不満を言うだけでなく、適切な場で伝える。
困っている同僚がいれば、できる範囲で声をかける。
自分が困ったときには、助けを求める。
一つ一つは、目立つことではありません。
けれども、信頼は、このような小さな行動の積み重ねでつくられます。
人間的魅力も、同じです。
誰かを感動させる言葉を言うことではありません。
日常の場面で、人を大切にする選択を続けることです。
教師の成長を、本人の努力だけにしない
ここまで、教師自身にできることを書いてきました。
ただ、教師が成長できるかどうかを、本人の意欲だけの問題にしてはいけません。
学びたいと思っていても、毎日遅くまで仕事が続けば、本を読む時間も、授業を振り返る時間もなくなります。
相談したいと思っていても、失敗を責める職場では、困っていることを言えません。
研修を受けても、学校で試すことを認めてもらえなければ、実践にはつながりません。
意見を求められても、結論が最初から決まっている会議では、対話は生まれません。
教師の成長には、本人の姿勢と同時に、学校の環境が必要です。
授業について話せる時間がある。
失敗を共有しても、すぐに能力不足と決めつけられない。
若手もベテランも発言できる。
困ったときに相談する相手が分かる。
研修で学んだことを、小さく試せる。
管理職と教師が、評価のためだけではなく、今後の成長について対話できる。
そのような職場であれば、教師は学びやすくなります。
文部科学省が令和4年に示した研修履歴を活用した対話の仕組みも、本来は教師を管理するためではなく、教師が自分の課題や強みを把握し、主体的・自律的な学びにつなげるためのものです。
「学ばない教師が悪い」と言うだけでは、学校は変わりません。
教師が学び続けられる時間、関係、仕組みをつくる。
それは、管理職や教育委員会を含めた組織の責任でもあります。
成長し続ける教師であるために
信頼され、成長し続ける教師に、特別な才能が必要なわけではありません。
何でも知っている必要もありません。
誰からも好かれる必要もありません。
話が上手である必要もありません。
大切なのは、自分はまだ学ぶことがあると思えることです。
自分の実践を振り返る。
異なる意見に耳を傾ける。
分からないことを認める。
必要なときに助けを求める。
新しい知識を学び、目の前の子どもに合わせて方法を変える。
それでも変えてはいけないものについては、なぜ大切なのかを考え続ける。
教師の仕事を長く続けていると、うまくいかないことが何度もあります。
自信を失うこともあります。
自分は教師に向いていないのではないかと思う日もあります。
けれども、その経験をなかったことにせず、次の実践につなげることができれば、失敗も教師としての力になります。
昨日より少しだけ、子どもの話を丁寧に聞く。
昨日より少しだけ、同僚の意見を聞く。
昨日より少しだけ、自分の授業を振り返る。
教師の成長は、そのような小さな積み重ねの中にあります。
「立派な教師」になることを目指しすぎなくてもよいのだと思います。
自分はまだ学びの途中にいる。
そう思いながら、目の前の子どもと同僚に誠実に向き合う。
その姿こそが、信頼され、成長し続ける教師の条件なのだと思います。
参考資料
・文部科学省・中央教育審議会「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について」(令和4年12月19日答申)
・文部科学省「改正教育公務員特例法に基づく公立の小学校等の校長及び教員としての資質の向上に関する指標の策定に関する指針の改正等について」(令和4年8月31日)
・文部科学省「改正教育公務員特例法における令和5年4月からの教員研修に関する運用の留意事項及び関連情報について」(令和5年3月30日)

