「生徒を、もっと褒めた方がいい」
学校では、よく言われる言葉です。
私も、これまで何度もそう考えてきました。
授業中に丸をつける。
努力したことを言葉にする。
得意な教科を見つける。
卒業前に、一人一人の持ち味を伝える。
目立たないところで頑張っている生徒へ声をかける。
どれも大切なことです。
教師から認められた言葉が、生徒の心に長く残ることがあります。
「先生が、あのとき言ってくれたから」
卒業した生徒から、そのような言葉を聞くこともあります。
ただ、今は、
「褒めれば、生徒の意欲は高くなる」
と単純に考えない方がよいと思っています。
褒められた直後は、うれしそうにしていても、その後の学習につながらないことがあります。
何度も褒められることによって、教師の評価を気にしすぎるようになる生徒もいます。
褒められなければ動かなくなることもあります。
賞品をもらうことが目的になり、学ぶ内容への関心が薄くなることもあります。
反対に、教師が何げなく伝えた具体的な一言によって、生徒が自分の学び方を変えることがあります。
大切なのは、褒める回数を増やすことではありません。
生徒が、
「自分は大切にされている」
「何ができるようになったのか分かる」
「次に何をすればよいか分かる」
「自分にも選ぶことができる」
と感じられる関わりをつくることです。
そのためには、褒める、認める、励ます、評価する、フィードバックする、報酬を与えるという行為を、同じものとして扱わないことが必要です。
- 「褒める」と「認める」は同じではない
- 授業は、生徒が自己存在感を感じる場でもある
- 「褒められていない生徒」を探すという考え方
- 生徒の強みを、成績だけで決めない
- フィードバックは、次の行動につながる情報
- 人格ではなく、行動と学習過程を見る
- 努力は、何でも褒めればよいわけではない
- 丸をつけることにも意味がある
- 間違いへのフィードバック
- 「評価」と「意欲づけ」を混同しない
- 賞品を与えることを、全面的に否定する必要はない
- 賞品を使う場合に考えたいこと
- 内発的動機づけだけを理想にしない
- 意欲が高まった瞬間だけを頼りにしない
- 生徒が選ぶ場面をつくる
- フィードバックは、対話である
- 生徒を比較して褒めない
- 卒業前だけでなく、日常の中で伝える
- 教師の「褒めやすさ」には偏りがある
- 学年や学校で「認める仕組み」をつくる
- フィードバックの五つの確認
- 褒めることを目的にしない
- 参考資料
「褒める」と「認める」は同じではない
褒めるとは、相手の行動や結果を肯定的に評価し、そのことを言葉や態度で伝えることです。
「よくできました」
「すごいですね」
「頑張りましたね」
という言葉が、それに当たります。
一方、認めるとは、必ずしも高く評価することではありません。
その生徒の存在や行動、考え、変化を、教師が見ていると伝えることです。
「昨日とは違う方法を試していましたね」
「分からないところを、そのままにせず質問しましたね」
「今日は、最初に自分の考えを書いてから話していましたね」
「その考え方は、ほかの人とは違う視点でした」
このような言葉には、
「あなたのことを見ています」
というメッセージが含まれています。
褒めようとすると、教師は「よいところ」を探します。
認めようとすると、教師は「その生徒が何をしているのか」を丁寧に見ます。
どちらも必要です。
しかし、すべての行動を「すごい」「偉い」という評価に変える必要はありません。
教師の評価を加えず、事実を返すだけでも、生徒が自分の変化に気づくことがあります。
授業は、生徒が自己存在感を感じる場でもある
文部科学省の『生徒指導提要』は、授業を、すべての児童生徒を対象とした発達支持的生徒指導の場として位置づけています。
そこでは、教科の指導と生徒指導を一体化する視点として、自己存在感の感受、共感的な人間関係の育成、自己決定の場の提供、安全・安心な風土の醸成が示されています。
また、生徒が「自分も一人の人間として大切にされている」と感じられる授業をつくることや、間違いやできないことが笑われない学習集団をつくることが求められています。
ここで大切なのは、生徒を褒めることだけではありません。
教師が、誰の発言を取り上げているか。
誰のノートを見ているか。
間違えた生徒に、どのような表情で接しているか。
発言の多い生徒だけで授業を進めていないか。
提出が早い生徒だけを評価していないか。
教師の何げない行動が、
「自分は、この授業にいてよい」
という感覚をつくります。
反対に、授業中に一度も名前を呼ばれない。
ノートを見てもらえない。
発言しても反応してもらえない。
間違えると笑われる。
そのような経験が続けば、生徒は授業から距離を取るようになります。
生徒を認めることは、特別な言葉をかけることだけではありません。
その生徒が、学習集団の一員として扱われていると感じられる授業をつくることです。
「褒められていない生徒」を探すという考え方
以前、私は、
「多くの真面目な生徒が、褒められることなく一週間を終えている」
と書きました。
授業中に注意される生徒は、教師から何度も声をかけられます。
学習成績の高い生徒も、発表やテストの結果を通して評価されます。
部活動や行事で活躍する生徒も、注目されます。
一方で、特に問題を起こさず、目立った成果も示さず、毎日を静かに過ごしている生徒がいます。
教師から見ると、
「特に心配はない」
生徒です。
しかし、
「心配がない」
ことと、
「教師から大切にされていると感じている」
ことは同じではありません。
この視点は、今も大切だと思っています。
ただし、学校全体で「一週間に一度は全員を褒める」という数値目標にしてしまうと、言葉が形式的になる可能性があります。
褒める回数を記録することよりも、
誰の変化を見落としているか。
誰に対する声かけが、注意や指示だけになっているか。
どの生徒が、授業の中で役割をもてていないか。
ということを、学年や教科で振り返る方が重要です。
「全員を平等に褒める」
のではありません。
一人一人を、異なる角度から見ようとすることです。
生徒の強みを、成績だけで決めない
ある教科だけに自信をもっている生徒がいます。
ほかの教科では、なかなか結果が出ない。
けれども、社会科だけは平均点を取れる。
美術だけは、作品づくりに集中できる。
体育だけは、友達に声をかけられる。
技術だけは、細かな作業を最後まで続けられる。
その強みを教師が見つけ、本人に伝えることには意味があります。
ただし、
「あなたは社会だけはできる」
という言い方には注意が必要です。
教師は励ますつもりでも、生徒には、
「ほかの教科はできない」
という固定的な評価として伝わる可能性があります。
大切なのは、その教科で発揮している力を具体的に捉えることです。
「資料から必要な情報を見つけるのが速いですね」
「分からない言葉を、自分で調べていますね」
「一度失敗しても、作り方を変えて続けていますね」
「友達が困っていることに気づいて、声をかけていますね」
教科の成績だけでなく、その中で表れた考え方、工夫、粘り強さ、他者との関わりを言葉にします。
そうすれば、その力を別の教科や生活場面にもつなげることができます。
フィードバックは、次の行動につながる情報
褒める言葉は、生徒をうれしい気持ちにすることがあります。
しかし、うれしい気持ちになっただけでは、次に何をすればよいか分からない場合があります。
「よくできました」
「頑張りました」
だけでは、何がよかったのかが特定できません。
フィードバックは、生徒の学習や行動を評価するだけではなく、次の改善につながる情報を返すことです。
たとえば、
「文章の最初に結論を書いたので、考えが伝わりやすくなっています」
「前回は途中式がありませんでしたが、今回は考えた過程が分かるようになっています」
「二つの資料を比べたところはよかったです。次は、違いが生まれた理由まで考えてみましょう」
「発表の声は聞こえました。図を指しながら説明すると、さらに分かりやすくなります」
という伝え方です。
フィードバック研究のメタ分析では、フィードバックは全体として学習に効果をもつ一方、その効果は一様ではなく、返される情報の内容によって大きく異なるとされています。
単に賞賛や得点を伝えるだけではなく、課題、学習過程、次の改善に関する情報を含むことが重要です。
よいフィードバックは、
今、どこまでできているか。
何がよかったか。
どこに課題があるか。
次に何をすればよいか。
を、生徒が理解できる形で返します。
教師が評価を伝えて終わるのではなく、生徒が次の行動を選べるようにすることです。
人格ではなく、行動と学習過程を見る
「あなたは頭がいい」
「あなたは優秀です」
「あなたは努力家です」
このような言葉は、生徒を励ますように見えます。
しかし、人格や能力そのものを評価する言葉は、次の学習行動を明確にしません。
また、失敗したときに、
「自分は、頭がよくなかった」
「自分は、努力できる人ではなかった」
と受け止める可能性があります。
反対に、
「途中で考え方を変えましたね」
「分からなくなったところまで戻って確認しましたね」
「一度目の結果を見て、方法を修正しましたね」
と伝えれば、生徒は再現可能な行動として理解できます。
教師が見るのは、生徒の人格ではありません。
その場で表れた行動、考え方、工夫、変化です。
人格を決めつけるのではなく、
「この場面では、この行動が見られた」
と伝えます。
それによって、生徒は、
「次も同じように試してみよう」
と考えられます。
努力は、何でも褒めればよいわけではない
「結果ではなく、努力を褒めましょう」
という言葉も、よく使われます。
しかし、努力していれば、どのような方法でもよいわけではありません。
長時間机に向かっていても、学習内容が定着していないことがあります。
同じ問題を何度も写していても、考え方を理解していないことがあります。
間違った方法を続けている場合もあります。
教師が、
「長い時間頑張りましたね」
だけを伝えると、生徒は時間をかけること自体を目標にするかもしれません。
見るべきなのは、努力の量だけではなく、努力の方向です。
どの方法を選んだか。
うまくいかなかったときに修正したか。
必要なときに質問したか。
学習結果を確認したか。
前回の課題を意識したか。
努力を認めながら、より効果的な学習方法へつなげます。
「頑張ったのに結果が出なかった」
という生徒には、
「もっと頑張ろう」
ではなく、
「どの方法で学習したのか、一緒に確かめよう」
と伝える必要があります。
丸をつけることにも意味がある
以前、授業中に生徒のノートへ丸をつけると、中学生でも大変喜んだという経験を書きました。
今も、目の前で丸をつけることには意味があると思っています。
教師がノートを見る。
その場で反応する。
できていることを確認する。
生徒が、次の問題へ進む。
短い時間で学習の循環が生まれます。
ただし、丸そのものが目的にならないようにする必要があります。
丸をもらうために、答えだけを書く。
教師のところへ早く持っていくことを競う。
間違えることを避ける。
自分で確かめず、教師の判定を待つ。
そのような状態になると、学習の主体が教師に移ります。
丸をつけるときにも、
「ここまでの考え方は合っています」
「この部分は自分で確かめられましたね」
「次は、なぜこの式になるのか説明してみましょう」
と、学習内容に触れます。
そして、少しずつ、
教師に丸をもらう。
自分で答えを確認する。
友達と根拠を確かめる。
自分で誤りを見つけ、修正する。
という方向へ移します。
教師の承認を、自己評価や相互評価へつなげることが必要です。
間違いへのフィードバック
生徒の意欲を支えるのは、正解したときの褒め言葉だけではありません。
間違えたときに、どのように扱われるかが重要です。
「違います」
「ちゃんと考えましたか」
「さっき説明したでしょう」
このような言葉だけでは、生徒は次に何を変えればよいか分かりません。
また、人前で強く否定されれば、その後は発言しなくなるかもしれません。
間違いがあったときは、
どこまでは合っているか。
どこから考え直せばよいか。
どの資料や知識を使えばよいか。
別の考え方はあるか。
を返します。
「この資料を選んだところまではよかったです」
「計算の考え方ではなく、符号のところを見直してみましょう」
「結論は違いますが、理由を説明しようとした点は大切です」
間違いを曖昧にしてはいけません。
正解ではないものを、褒めて正解にすることもできません。
ただし、結果を訂正することと、考えた過程を尊重することは両立します。
文部科学省の『生徒指導提要』も、失敗やできないことが笑われず、児童生徒の考えに互いが関心をもつ授業づくりを求めています。
「評価」と「意欲づけ」を混同しない
教師が生徒を褒めるとき、学習評価と意欲づけが混ざることがあります。
提出物を出したから高く評価する。
挙手が多いから、主体的に学んでいると判断する。
ノートを丁寧に書いているから、学習意欲が高いと見る。
しかし、外から見える行動だけで、学習への向き合い方を判断することはできません。
発言は少なくても、深く考えている生徒がいます。
ノートを美しくまとめることは得意でも、内容を十分理解していない生徒もいます。
提出が遅れた背景に、学習上の困難や家庭事情がある場合もあります。
令和8年3月の文部科学省の検討資料では、学習評価は児童生徒の学習や教師の指導の改善につなげることが目的とされ、ペーパーテストだけでなく、論述、発表、話合い、作品などを通した多面的・多角的な評価が示されています。
また、現在の「主体的に学習に取り組む態度」は、単なる積極性ではなく、粘り強さや学習の自己調整という観点から捉える仕組みになっています。
同資料は次期学習指導要領に向けた検討段階のものですが、評価材料を集めること自体を目的とせず、学習改善につながる評価を重視する方向が明確に示されています。
評価は、教師が生徒を動かすための道具ではありません。
現在の学習状況を捉え、次の指導と学習を改善するためのものです。
賞品を与えることを、全面的に否定する必要はない
授業でクイズ大会を行い、上位の生徒へ小さな賞品を渡す。
達成した生徒へシールやカードを渡す。
そのような活動は、生徒が楽しみながら参加するきっかけになることがあります。
賞品があるから参加し、参加したことによって新しい内容に興味をもつこともあります。
したがって、
「外発的な報酬は、すべて悪い」
と決めつける必要はありません。
一方で、報酬の使い方には慎重さが必要です。
外発的報酬と内発的動機づけに関するメタ分析では、報酬の種類や与え方によって結果が異なるものの、あらかじめ予告された有形の報酬や、活動への参加・完了を条件とした報酬が、報酬のない場面での自発的な取組を弱める場合が示されています。
その一方、能力に関する情報を含む肯定的な言語フィードバックは、内発的動機づけを支える場合があります。
つまり、問題は賞品の存在だけではありません。
賞品によって、生徒がどのような理由で活動するようになるかです。
「これをもらうためにやる」
だけになるのか。
「やってみたら、内容が面白かった」
へつながるのか。
賞品を使うのであれば、その違いを見る必要があります。
賞品を使う場合に考えたいこと
賞品を使うときは、少なくとも次の点を考えます。
賞品がなければ参加しない活動になっていないか。
いつも同じ生徒だけが賞品を得ていないか。
速さや正解数だけを競わせていないか。
経済的価値のある物を教師個人が継続的に渡していないか。
賞品を得られなかった生徒の意欲を下げていないか。
学習内容より、賞品への関心が強くなっていないか。
活動後も、その内容を学びたいと思えているか。
賞品を渡すなら、順位だけで決めない方法もあります。
新しい視点を出した。
前回より方法を工夫した。
ほかの人の学びを助けた。
自分なりの問いをつくった。
複数の価値を認めます。
ただし、何でも賞にすると、今度は教師の承認を集めることが目的になります。
賞品は、学習を始める小さな入口にはなっても、学習を続ける中心にはしない方がよいと思います。
内発的動機づけだけを理想にしない
生徒が、すべての教科内容に強い好奇心をもつとは限りません。
将来のために必要だから学ぶ。
テストがあるから学ぶ。
保護者や教師に言われたから始める。
そのような動機もあります。
最初から、
「学ぶことそのものが楽しい」
という状態でなくても構いません。
大切なのは、外から与えられた理由だけで動く状態から、
自分に必要だから取り組む。
自分の目標につながるから取り組む。
分かるようになりたいから取り組む。
自分で方法を選んで取り組む。
という方向へ、少しずつ変わっていくことです。
教師ができるのは、生徒の心の中に直接「やる気」を入れることではありません。
学ぶ意味を分かるようにする。
達成可能な課題を用意する。
方法を選べるようにする。
必要な支援を受けられるようにする。
進歩が分かるようにする。
自分で振り返る時間をつくる。
意欲が生まれやすく、続きやすい環境を整えることです。
意欲が高まった瞬間だけを頼りにしない
テスト結果を見たとき。
三者面談をしたとき。
進路希望を考えたとき。
友達が頑張っている姿を見たとき。
生徒が、
「次は頑張ります」
と言うことがあります。
その瞬間の思いは、本物だと思います。
しかし、その気持ちが一週間後まで続くとは限りません。
人の意欲は変化します。
意欲が下がったから、約束を軽く考えていたとは限りません。
家庭で一人で勉強する方法が分からない。
課題が難しすぎる。
何から始めればよいか分からない。
一日できなかったことで、すべて嫌になる。
そのようなことがあります。
だから、意欲が高まったときに、
「頑張ると約束しましたね」
と確認するだけでは不十分です。
いつ取り組むのか。
最初に何をするのか。
どのくらいの量にするのか。
できたかどうかを、どう確かめるのか。
分からないときに誰へ聞くのか。
一日できなかったとき、どう再開するのか。
行動できるところまで具体化します。
意欲を続けさせるというより、意欲が高くない日でも動ける環境をつくることです。
生徒が選ぶ場面をつくる
教師が生徒のために考えすぎると、生徒は教師の指示を待つようになります。
課題、方法、時間、順序、表現方法を、すべて教師が決める。
できたかどうかも、教師だけが判断する。
その状態では、褒められても、生徒の自己決定にはつながりません。
『生徒指導提要』は、授業において、生徒が自ら意見を述べたり、仮説を検証したり、調べたり、発表したりする自己決定の場を設けることを重視しています。
すべてを自由にする必要はありません。
三つの課題から選ぶ。
説明を読むか、動画を見るかを選ぶ。
一人で考えてから相談するか、最初から協働するかを選ぶ。
文章、図、発表など、表現方法を選ぶ。
振り返りで、次に試す方法を自分で決める。
小さな選択でも、自分で決めた感覚が生まれます。
教師のフィードバックも、
「次は、これをしなさい」
だけではなく、
「次の方法として、どれを試しますか」
と返すことができます。
フィードバックは、対話である
教師が一方的にコメントを書いても、生徒が読まなければ学習は変わりません。
読んでも意味が分からないことがあります。
何を直せばよいか分かっても、直す時間が与えられない場合もあります。
フィードバックは、教師が伝えた時点で完了するものではありません。
生徒が受け取り、理解し、次の行動に使うところまでが必要です。
「このコメントを読んで、どう思いましたか」
「次に変えられそうなところはどこですか」
「どの支援があればできそうですか」
と尋ねます。
また、生徒から教師へのフィードバックも必要です。
「説明のどこが分かりにくかったですか」
「どの活動が、考える助けになりましたか」
「もう少し時間が必要だったところはありますか」
学習が進まない原因を、生徒の意欲だけに求めないことです。
教師の説明、課題の難易度、時間配分、教材、学習環境にも改善できる部分があります。
生徒を比較して褒めない
「クラスで一番です」
「ほかの人より頑張っています」
「あの人を見習いなさい」
比較による評価は、短期的には生徒を動かすことがあります。
しかし、比較される相手がいなければ成立しません。
一人が一番になるためには、ほかの人が一番ではない状態が必要です。
また、常に上位の生徒は、順位を失うことを恐れるようになる場合があります。
下位の生徒は、努力しても追いつけないと感じるかもしれません。
できるだけ、
他の生徒との比較ではなく、
学習目標との比較。
以前の自分との比較。
自分が選んだ方法と結果との関係。
を伝えます。
「前回より、理由を詳しく書けました」
「最初に立てた目標のうち、二つは達成できました」
「この単元で求められている説明に近づいています」
本人の成長を扱います。
ただし、いつも「前よりよくなった」と言わなければならないわけではありません。
変化が見られないときには、その事実を丁寧に共有し、方法を一緒に考えます。
卒業前だけでなく、日常の中で伝える
卒業前の一週間に、生徒一人一人の持ち味を伝える。
それは、とても意味のあることです。
卒業という節目だからこそ、心に残る言葉があります。
しかし、卒業前に初めて伝えるのでは遅いこともあります。
生徒のよさや可能性は、日常の中で伝えたいと思います。
授業中。
休み時間。
係活動。
行事の準備。
掃除。
部活動。
失敗した後の立て直し。
結果が出た場面だけでなく、過程の中に、その生徒らしさが表れます。
そして、持ち味を教師が決めすぎないことも必要です。
「あなたは優しい人です」
「あなたはリーダーです」
という言葉が、本人にとって負担になる場合があります。
「困っている人に気づいて、声をかけていました」
「意見がまとまらないとき、全員の話を聞こうとしていました」
と、具体的な場面を返します。
その意味をどう受け取るかは、生徒に委ねます。
教師の「褒めやすさ」には偏りがある
教師にも、褒めやすい生徒と、褒めにくい生徒がいます。
反応が分かりやすい生徒。
教師の期待どおりに動く生徒。
言葉遣いが丁寧な生徒。
提出が早い生徒。
自分と価値観が近い生徒。
そのような生徒には、自然に肯定的な言葉が増えます。
一方で、表情が乏しい。
褒めても反応しない。
教師と距離を取る。
指示にすぐ従わない。
学習上の困難がある。
そのような生徒への言葉は、注意や修正が中心になりがちです。
だからこそ、自分の声かけを振り返る必要があります。
誰に肯定的な言葉を多くかけているか。
誰には、指示と注意だけになっているか。
発言する生徒だけを見ていないか。
同じ行動を、生徒によって違って評価していないか。
教師一人の見方には限界があります。
担任、教科担当、養護教諭、部活動顧問などが、それぞれの場面で見た生徒の姿を共有することにも意味があります。
『生徒指導提要』も、児童生徒理解に基づく指導について、複数の教職員による多面的な意見を踏まえ、チームで取り組むことを重視しています。
学年や学校で「認める仕組み」をつくる
認めることを、一人の熱心な教師の努力に任せない方がよいと思います。
たとえば、学年会で、
最近、変化が見られた生徒。
頑張っているが、結果に表れにくい生徒。
教師からの声かけが注意中心になっている生徒。
得意なことを発揮できる場が少ない生徒。
について短く共有します。
目的は、
「全員で、その生徒を褒める」
ことではありません。
生徒を一面的に見ないことです。
担任には見えていない姿を、教科担当が見ていることがあります。
授業では目立たない生徒が、委員会では丁寧に仕事をしていることがあります。
学校では落ち着かない生徒が、部活動では後輩を支えていることもあります。
一人の教師が決めた人物像を、学校全体で固定しないことが大切です。
多くの目で見るからこそ、生徒の別の姿が見えます。
フィードバックの五つの確認
生徒へ言葉を返すとき、私は次の五つを確認したいと思います。
一つ目は、
「具体的な事実に基づいているか」
ということです。
抽象的な評価ではなく、実際に見られた行動や学習内容を伝えます。
二つ目は、
「人格を決めつけていないか」
ということです。
人そのものではなく、行動、考え方、工夫、変化を扱います。
三つ目は、
「次の行動につながるか」
ということです。
よかった点だけでなく、次に何を試せるかを示します。
四つ目は、
「生徒が受け取れる状態か」
ということです。
人前で伝えるか、個別に伝えるか。
今伝えるか、落ち着いてから伝えるか。
状況を考えます。
五つ目は、
「生徒自身が考え、選ぶ余地があるか」
ということです。
教師の答えを押しつけず、生徒が次の方法を決められるようにします。
褒めることを目的にしない
教師の言葉には力があります。
生徒を勇気づけることがあります。
自分では気づいていなかったよさに、気づかせることがあります。
もう一度やってみようと思わせることもあります。
だからこそ、軽く使わないことです。
何でも褒める。
大げさに褒める。
教師の望む行動をさせるために褒める。
そのような関わりが続くと、生徒は教師の言葉の意図を見抜きます。
大切なのは、生徒を動かすための言葉ではありません。
生徒が自分の現在地を知り、次の学びを自分で選べるようにする言葉です。
褒めることもあります。
認めることもあります。
課題を率直に伝えることもあります。
何も評価せず、話を聴くだけのこともあります。
賞品を使う場面があってもよいと思います。
ただし、それが学ぶ理由の中心にならないようにします。
生徒の意欲を、教師が直接つくることはできません。
教師にできるのは、
自分は大切にされていると感じられること。
間違えても学び直せること。
自分の進歩が分かること。
方法を選べること。
次に何をすればよいか分かること。
そのような学習環境をつくることです。
「今日は、何人褒めただろう」
と数えることも、一つの振り返りになるかもしれません。
しかし、それ以上に、
「今日、どの生徒の何を見ただろう」
「私の言葉によって、生徒は次に何をできるようになっただろう」
と考えたいと思います。
参考資料
・文部科学省『生徒指導提要』令和4年12月
・文部科学省「学習評価の在り方について」令和8年3月30日・教育課程部会総則・評価特別部会検討資料
・文部科学省「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の一体的な充実」
・Wisniewski, B., Zierer, K., & Hattie, J. “The Power of Feedback Revisited: A Meta-Analysis of Educational Feedback Research” Frontiers in Psychology, 2020
・同論文・DOAJ掲載ページ
・Deci, E. L., Koestner, R., & Ryan, R. M. “A Meta-Analytic Review of Experiments Examining the Effects of Extrinsic Rewards on Intrinsic Motivation” Psychological Bulletin, 1999

