マララ・ユスフザイさんから考える『教育を受ける権利』―中学校の道徳・人権学習の授業案

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私たちは、毎日のように学校へ行きます。
朝起きて、学校へ向かい、授業を受けます。
「今日は学校に行きたくないな」と思う日もあるでしょう。
授業が面倒だと感じることもあるかもしれません。
しかし、世界には、学校へ行きたいと思っても、その機会を得られない子どもや若者がいます。
2026年に公表されたユネスコの世界教育モニタリング報告によると、世界では約2億7300万人の子ども・若者が学校教育から外れています。そのうち女子は約1億3300万人、男子は約1億4000万人です。世界の就学年齢人口のおよそ6人に1人に当たります。(ユネスコ)
なぜ、学校へ行けないのでしょうか。
貧困。
紛争。
住んでいる地域。
障害。
児童婚。
ジェンダーによる差別。
さまざまな要因があります。(ユネスコ)
「学校へ行くこと」は、単に学校生活を楽しめるかどうかという問題だけではありません。
教育を受けることは、子どもの権利です。
このことを考える教材の一つとして、マララ・ユスフザイさんの歩みがあります。

1.マララ・ユスフザイさんとは

マララ・ユスフザイさんは、1997年、パキスタンのスワート地方で生まれました。
当時、その地域では武装勢力の影響が強まり、女子が学校へ通うことが難しくなっていきました。
マララさんは、女子にも教育を受ける権利があると訴え続けました。
2012年、15歳だったマララさんは、学校から帰る途中のバスで銃撃されました。
重傷を負いましたが、一命を取り留めます。
その後も教育を受ける権利について発信を続け、2014年、17歳でカイラシュ・サティヤルティさんとともにノーベル平和賞を受賞しました。
受賞理由は、子どもや若者への抑圧に反対し、すべての子どもが教育を受ける権利のために活動したことでした。(ノーベル賞)
ここで授業を、
「マララさんは勇気のある立派な人です」
で終わらせないことが大切です。
考えたいのは、
なぜ一人の中学生が、命を狙われるほどの状況で教育を受ける権利を訴えなければならなかったのか
ということです。

2.「学校へ行けない」と「学校へ行かない」は同じではない

中学生にとって、「学校へ行く」という言葉は身近です。
だからこそ、丁寧に整理したいことがあります。
学校へ行きたくない。
学校へ行かないという選択をする。
病気やさまざまな事情で登校できない。
そして、
教育を受けたいのに、その機会そのものを奪われている。
これらは同じではありません。
マララさんが訴えたのは、
「すべての人が必ず毎日学校へ登校しなければならない」
ということではありません。
性別などを理由に、教育を受ける機会そのものを奪われてはならないという問題です。
この違いを整理しておくことは、日本の中学生が自分自身の学校生活と結び付けて考える上でも重要です。

3.教育を受けることは「権利」

「学校へ行けることに感謝しましょう」
と授業をまとめることがあります。
もちろん、自分が置かれている環境について考えることには意味があります。
しかし、この授業ではもう一歩進めます。
学校に行けるのは、誰かの善意だけによるものではありません。
「児童の権利に関する条約」第28条は、子どもの教育を受ける権利を認めています。初等教育をすべての子どもに無償で提供すること、中等教育をすべての子どもが利用できるようにすることなどが定められています。(ユニセフ)
つまり、
教育は「受けさせてもらえるもの」だけではなく、人が持つ権利でもあります。
ここを授業の中心に置きます。

4.なぜ教育を受けられないことが問題なのか

生徒に、
「学校に行けないことの何が問題なのだろう」
と考えてもらいます。
単に、
「勉強ができなくなる」
だけでしょうか。
読み書きや計算を学ぶ機会が減ります。
仕事を選択する可能性に影響することがあります。
必要な情報へアクセスしにくくなることがあります。
自分の権利について知る機会を失うこともあります。
社会へ参加するための選択肢が狭まることもあります。
だから教育を受ける権利は、その人の将来だけではなく、他のさまざまな権利とも関係します。
教師がすべて説明してしまうのではなく、
「教育を受けられなかったら、自分の人生の何が変わるだろう」
と考えさせるとよいでしょう。

5.マララさんはなぜ声を上げたのか

マララさんの行動を扱うと、
「勇気があったから」
と簡単にまとめたくなります。
もちろん、大きな勇気が必要だったことは想像できます。
しかし、授業ではもう少し深く考えます。
なぜ自分だけのためではなく、他の女子の教育についても訴えたのでしょうか。
なぜ危険がある中でも発信を続けたのでしょうか。
声を上げることで何を変えようとしたのでしょうか。
反対に、
「危険なのだから黙っていた方がよかったのではないか」
という見方が出ても構いません。
そこから、
声を上げることの意味と、声を上げることの難しさ
を考えることができます。
「勇気がある人になりましょう」という道徳的な結論を先に置かないことが大切です。

6.ノーベル平和賞受賞講演は長く転載しない

2014年12月10日、マララさんはノーベル平和賞受賞講演を行いました。公式サイトでは講演全文と映像が公開されています。(ノーベル賞)
授業では、その講演全文を教師が翻訳してプリントやPowerPointへ大量に掲載するのではなく、必要な部分を短く紹介し、残りは要約します。
例えば、マララさんは講演の終盤で、子どもが学校へ行けない状況を終わらせようと訴えています。(ノーベル賞)
重要なのは長い文章を読ませることではありません。
その言葉が、どのような問題に向けられたものなのかを考えること
です。
また、公式サイトの講演にはNobel Foundationの著作権表示があります。教材として利用する場合も、引用は必要な範囲にとどめ、出典を明示します。(ノーベル賞)

7.2014年の問題を「昔の話」にしない

マララさんがノーベル平和賞を受賞したのは2014年です。
それから10年以上が経過しました。
では、教育を受けられない子どもの問題は解決したのでしょうか。
残念ながら、そうではありません。
ユネスコの2026年報告では、世界で学校教育から外れている子ども・若者は約2億7300万人に達し、その人数は7年連続で増加したとされています。(ユネスコ)
女子は約1億3300万人、男子も約1億4000万人です。(ユネスコ)
ここは大切なポイントです。
マララさんの教材を、
「女子だけの問題」
だけで終わらせません。
女子が教育を受けにくい地域や状況は現在も存在します。
同時に、男子が教育から離れている問題もあります。
授業では、
「誰もが教育を受けられる社会とは何か」
というところまで視野を広げます。

8.数字の違いにも注意する

インターネットで調べると、「学校に行けない女子」の人数について異なる数字が見つかることがあります。
例えば、Malala Fundは現在、1億2200万人を超える女子が学校教育から外れているとしています。(Malala Fund)
一方、ユネスコの2026年資料は約1億3300万人としています。(ユネスコ)
こうした数字は、使用している統計年、対象年齢、定義などによって異なる場合があります。
授業資料では、
「最新の数字だから正しい」と一つだけ取り出すのではなく、出典と基準を確認する
ことが重要です。
今回の授業では、世界全体の状況を示す基礎資料としてユネスコの2026年資料を使用すると分かりやすいでしょう。

9.「日本は恵まれている」で終わらせない

この教材で陥りやすいまとめがあります。
「日本では学校へ行けるのだから、皆さんは恵まれています」
「だからもっと勉強しましょう」
というまとめです。
これでは、世界の教育課題を利用して日本の中学生へ勉強を促す授業になってしまいます。
また、日本の生徒自身にも、
不登校。
病気。
障害。
経済的困難。
家庭の事情。
人間関係。
さまざまな教育上の困難があります。
世界の問題と日本の問題を単純に比べ、
「あなたたちは恵まれている」
と結論付ける必要はありません。
むしろ、
教育を受ける権利があるとは、日本で生活する自分たちにとって何を意味するのか
と問い返します。

10.「学校に行きなさい」という授業にしない

このテーマを扱うとき、特に注意したいことがあります。
学級の中には、学校へ行くことに苦しさを感じている生徒がいるかもしれません。
長期欠席を経験している生徒もいるでしょう。
「世界には学校へ行きたくても行けない子がいるのだから、学校へ来なければいけない」
というメッセージにしてはいけません。
教育を受ける権利とは、
学校への登校を強制するための言葉ではありません。
教育を受けられる機会を保障するという視点です。
学校へ通うことに困難を抱える生徒の存在と、教育を受ける権利について考えることは矛盾しません。
むしろ、
「すべての人が、自分に必要な学びへアクセスできる社会とは何だろう」
と考える材料になります。

11.マララさんと同じ行動を求めない

授業の最後に、
「マララさんのように勇気を持って行動しましょう」
とまとめる必要はありません。
命の危険を伴う状況で声を上げた人の行動を、中学生にそのまま模倣するよう求めるものではありません。
また、
「社会を変えるために何か行動しなければいけない」
と負担を与える必要もありません。
まず、
知る。
考える。
他者の考えを聴く。
疑問を持つ。
さらに調べる。
これも社会との関わり方です。
行動するかどうか、どのように行動するかは、一人一人が考えます。

12.「声を上げない人」を責めない

マララさんの物語から、
「声を上げる勇気」
を学ぶことはできます。
しかし、
「声を上げなかった人は勇気がない」
という授業にしてはいけません。
抑圧された状況では、声を上げること自体に大きな危険が伴う場合があります。
安全を守るために黙ることもあります。
逃げることもあります。
誰かに助けを求めることもあります。
授業では、
「声を上げることは大切です」
だけでなく、
「人が声を上げられない状況とは、どのような状況なのだろう」
と考えることもできます。
問題を個人の勇気だけに還元しないことが重要です。

13.写真は画像検索から拾わない

マララさんは著名人なので、インターネットで検索すれば多くの写真が見つかります。
しかし、検索結果に表示された画像を自由にPowerPointへ転載できるわけではありません。
新しい教材では、画像検索で見つけた写真をそのまま使用する方法は勧めません。
Nobel Prize公式サイトには、マララさんの事実情報や写真、学習教材があります。授業資料を作成するときは、公式資料を確認し、利用条件に従います。(ノーベル賞)
人物写真が必須でなければ、氏名、出生地、出来事を文字と図で整理するだけでも授業は成立します。

14.授業で扱う問いを絞る

マララさんの人生には多くの要素があります。
イスラム社会。
パキスタンの歴史。
タリバン。
女子教育。
テロリズム。
ノーベル平和賞。
人権。
児童労働。
児童婚。
平和。
すべてを50分で扱うことはできません。
今回の授業では、中心となる問いを、
「教育を受けることは、なぜ権利なのだろう」
に絞ります。
必要な歴史的背景は説明します。
しかし、国際政治の授業へ広げ過ぎません。
人物の生涯紹介にも時間を使い過ぎません。
一つの問いを深く考える方が、中学生には分かりやすい授業になります。

15.50分の授業案

50分で実施する場合、次のような流れが考えられます。
最初の5分では、
「もし明日から、あなたは学校へ行ってはいけないと言われたら?」
と提示します。
理由はまだ説明しません。
「うれしい」と答える生徒がいても構いません。
「勉強しなくていい」
「友達に会えない」
「高校へ行けなくなる」
など、自由に考えます。
次の10分で、マララ・ユスフザイさんについて基本的な事実を確認します。
パキスタンで生まれたこと。
女子教育を訴えたこと。
15歳で銃撃されたこと。
その後も発信を続けたこと。
17歳でノーベル平和賞を受賞したこと。
ここでは人物を英雄化せず、事実を簡潔に扱います。(ノーベル賞)
続く10分で、
「なぜ教育を受けられないことが問題なのか」
を一人で考えます。
その後、必要に応じて周囲と考えを共有します。
さらに10分程度で、現在の世界の状況を示します。
約2億7300万人の子ども・若者が学校教育から外れていることを紹介します。(ユネスコ)
そして、
「2014年から時間がたったのに、なぜこの問題は残っているのだろう」
と考えます。
最後の10分程度で、
「教育を受けることは、なぜ権利なのだろう」
という中心発問に戻ります。
授業前と考えが変わったところ。
まだ分からないこと。
友達の意見から考えたこと。
これらを書きます。
教師が最後に正解を発表する必要はありません。

16.ワークシートで書かせたいこと

授業の中心は、
「マララさんについて分かったこと」
「教育を受けられないと、どのようなことが起こると思うか」
「マララさんはなぜ声を上げたのだと思うか」
「教育を受けることは、なぜ権利なのだと思うか」
「友達の意見で、自分にはなかった考え」
「授業前と授業後で変わったこと、またはまだ考えたいこと」
とします。
最後を、
「マララさんのように頑張りたい」
という決意文にはしません。
答えがまだ出ないことも、一つの学びとして認めます。

17.道徳と人権学習の両方から扱える教材

この教材は、道徳科でも人権学習でも扱うことができます。
道徳科であれば、
公正、公平、社会正義。
よりよい社会の実現。
生命の尊さ。
国際理解、国際貢献。
など、授業のねらいに応じて関連する内容を検討できます。
ただし、内容項目をたくさん詰め込むのではなく、中心となる価値を明確にします。
人権学習として扱う場合は、教育を受ける権利、ジェンダー、差別、社会構造などをより明確に取り上げられます。
いずれの場合も、
「かわいそうな国の子どもを知る授業」
にしないことが重要です。
同じ社会を生きる人の権利の問題として考えます。

18.教師用チェックリスト

□ マララさんを「立派な人物だから見習う」という結論にしていない
□ 教師が書いてほしい感想を先に決めていない
□ マララさんの2014年の年齢と現在の年齢を混同していない
□ 2012年の銃撃について正確な資料を確認している
□ ノーベル平和賞受賞講演を大量に転載していない
□ 引用する場合は必要最小限にして出典を明示している
□ 古い統計を現在の数字として使用していない
□ 統計の出典と年を明記している
□ 「日本では学校へ行けるから恵まれている」で終わっていない
□ 不登校の生徒を責める内容になっていない
□ 「学校に行く義務」と「教育を受ける権利」を混同していない
□ 声を上げなかった人を責める授業になっていない
□ マララさんと同じ行動を生徒に求めていない
□ 画像検索で見つけた写真を安易に転載していない
□ 人物の称賛より「教育を受ける権利」を考える時間が多い
□ 生徒が教師と違う考えを書ける
□ 最後に決意表明を強制していない

19.マララさんから「自分たちの問題」へ

マララさんの生き方には、強い印象があります。
15歳で銃撃されても生き延び、教育を受ける権利を訴え続け、17歳でノーベル平和賞を受賞しました。
しかし、授業で本当に大切なのは、
「すごい人がいた」
と知ることだけではありません。
なぜ教育を受ける権利が必要なのか。
なぜ今も教育を受けられない人がいるのか。
権利が保障されるとはどういうことなのか。
自分が当然だと思っている教育とは何なのか。
声を上げることにはどのような意味と難しさがあるのか。
そうしたことを考えるために、マララさんの歩みがあります。
マララさんの答えを、生徒の答えにする必要はありません。
教師の答えを、生徒に書かせる必要もありません。
一人の人の生き方を通して、自分自身が持っている権利と、世界に残る課題について考える。
そのような授業にしたいものです。

20.授業素材ダウンロード

21.参考資料

Nobel Prize「Malala Yousafzai – Facts」。マララ・ユスフザイさんの出生、2012年の銃撃、教育を受ける権利を求める活動、2014年ノーベル平和賞について確認できます。(ノーベル賞)
Nobel Prize「Malala Yousafzai – Facts」
Nobel Prize「The Nobel Peace Prize 2014」。カイラシュ・サティヤルティさんとマララ・ユスフザイさんの2014年ノーベル平和賞受賞理由を確認できます。(ノーベル賞)
Nobel Prize「The Nobel Peace Prize 2014」
Nobel Prize「Malala Yousafzai – Nobel Lecture」。2014年12月10日のノーベル平和賞受賞講演の原文・映像を確認できます。教材で引用する際は著作権表示にも注意が必要です。(ノーベル賞)
Nobel Prize「Malala Yousafzai – Nobel Lecture」
UNICEF「Convention on the Rights of the Child text」。第28条に、子どもの教育を受ける権利が規定されています。(ユニセフ)
UNICEF「Convention on the Rights of the Child」
UNESCO「More children out of school for the 7th year in a row, up to 273 million」。2026年の世界教育モニタリング報告に基づく最新の世界の未就学状況を確認できます。(ユネスコ)
UNESCO「More children out of school for the 7th year in a row」
UNESCO「Gender equality and education」。世界で学校教育から外れている女子・男子の人数や、教育とジェンダー平等に関する最新情報が整理されています。(ユネスコ)
UNESCO「Gender equality and education」

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