文部科学省は2026年9月25日、中央教育審議会の教育課程企画特別部会で、次期学習指導要領に向けた「審議まとめ(案)」と、教育課程を柔軟にする実証の最新状況を示しました。
注目したいのが「調整授業時数制度」です。資料によれば、2026年度は、この仕組みを先取りして試す「サキドリ研究校」332校と、先行して教育課程の柔軟化に取り組む研究開発学校68校を合わせ、全国400校で実践が進められています。2027年度は指定校を大幅に増やすため、追加募集を行う予定も示されました。
「教科の授業を減らしてよい制度なのか」「余った時間は自由時間になるのか」と感じる先生もいるでしょう。しかし、現時点で全国一律の制度として正式決定されたわけではありません。また、単純な授業削減策と捉えると、制度の狙いもリスクも見えなくなります。今回は、今わかっていることと、まだ決まっていないことを分け、学校現場が今から何を考えておけばよいかを整理します。
1.9月25日の資料で示されたこと
今回の資料で確認できるのは、主に次の三点です。
- 2026年度は、サキドリ研究校332校と研究開発学校68校の計400校で実践している
- 2026年度末をめどに、先行事例を事例集として取りまとめ、公表する予定である
- 2028年度からの先行実施期間に活用できる方向で検討し、2027年度はモデルと知見を増やすため指定校の追加募集を行う予定である
ここで重要なのは、「検討している」「予定である」という段階だということです。9月25日に配付されたのも「審議まとめ(案)」であり、次期学習指導要領そのものが告示されたわけではありません。各学校が来年度から独自判断で授業時数を変更できる、という意味でもありません。
2.調整授業時数制度とは何か
現在の検討では、一定の条件の下で、対象となる教科等の授業時数を標準より少なく設定し、そこで生み出した時数を別の教育活動へ振り替える仕組みが想定されています。文部科学省の検討資料では、教科等ごとにおおむね10%程度を上限とする考え方が示されています。
生み出した時間の使い道として検討されているのは、他教科等への上乗せ、新しい教科等の設定、学校の課題に応じた「裁量的な時間」などです。つまり、算数・数学や国語などの時間を一律に減らして、空き時間にする仕組みではありません。学校が目指す子どもの姿と実態を踏まえ、限られた時間の配分を組み替える構想です。
一方で、時数を減らす教科の学びが薄くならないか、教科間の調整ができるか、学校による教育の質の差が広がらないかという課題もあります。そのため、先行校の実践を通して効果と課題を検証し、国や教育委員会による支援、質を確保する仕組みも併せて検討されています。
また、「標準授業時数を下回ることができる」という説明は、学習指導要領に示された内容を自由に省略できるという意味ではありません。学校教育法施行規則上の標準時数と、学習指導要領に示される各教科等の目標・内容は別に考える必要があります。限られた時間で必要な学びをどう保障するかが、これまで以上に問われます。
個々の担任や教科担当者が、自分の判断だけで授業を数時間減らす制度でもありません。学校全体の教育目標、年間指導計画、児童生徒の実態、教員配置などを踏まえた教育課程編成の問題です。実際に制度化される際には、対象、上限、手続、教育委員会の関与、保護者への説明など、今後示される正式な条件を確認しなければなりません。
3.「授業を減らす制度」と言い切れない理由
授業時数を標準より少なくする教科が生じる以上、「減らす」という側面はあります。しかし、制度全体を授業削減とだけ呼ぶのは正確ではありません。減らした時数の多くは、別の学びへ再配分されるからです。
たとえば、地域課題を扱う探究、複数教科を横断する学習、児童生徒が自分の課題に応じて学ぶ時間、新たな教科の設定などが考えられます。鹿児島県出水市立鶴荘学園の公表例では、個別の学習、職員研修、地域に根ざした独自教科に時間を活用しています。これは全国共通のモデルではなく、あくまで先行事例の一つです。
大切なのは、「何時間減らせるか」から話し始めないことです。「どのような子どもを育てたいか」「現在の教育課程のどこに課題があるか」を先に置き、そのために時間配分を変える必要があるかを考えます。9月25日の資料でも、調整授業時数制度は、目指す子どもの姿を実現するための「手段」として活用することが強調されています。
たとえば、総合的な学習の時間を増やしたいからといって、他教科から機械的に時数を集めるのでは不十分です。探究の中で、国語の情報収集と表現、数学のデータ分析、社会や理科の見方・考え方をどう働かせるのかを設計しなければ、活動は増えても学びが深まらないからです。逆に、教科を横断して同じ資質・能力を計画的に育てられれば、重複を整理しつつ学習の質を高められる可能性があります。
4.教師の負担軽減と自動的に結び付けない
授業時数が調整されれば、教師の余白が生まれるように見えます。ただし、教育課程を組み替えるには、教科間の合意、年間指導計画の見直し、教材準備、保護者への説明、学習状況の確認が必要です。導入初期には、むしろ話し合いや設計の負担が増える可能性があります。
新しく生まれた時間へ多くの活動を詰め込めば、児童生徒にも教師にも余白は生まれません。「新しいことを始める」だけでなく、重複している活動、目的が曖昧な取組、成果を確認しないまま続いている行事や学習を見直す必要があります。
制度を働き方改革につなげるなら、個々の教師へ新しい実践を任せるのではなく、学校全体で優先順位を決め、準備や評価を共同化することが欠かせません。教育課程の柔軟化を、熱心な教師の追加業務にしてはならないのです。
管理職や教務主任には、「新しい時間に何を入れるか」だけでなく、「何をやめるか」「誰が設計を担うか」「検証にどれだけ時間を使うか」を同時に決める役割があります。担当者へ案づくりを丸投げすれば、制度の柔軟性が担当者の長時間勤務に置き換わります。まず小さく試し、児童生徒と教職員の双方の負担を確認し、修正できる仕組みにすることが必要です。
5.学びの質を守るために必要な視点
時数を組み替えるとき、最も注意したいのは「時間を減らしても、指導内容は何とか終わらせる」という発想です。内容を急いで通過するだけになれば、理解に時間がかかる児童生徒ほど不利益を受けます。
学校には、少なくとも次の確認が必要です。
- 減らす教科で、どの資質・能力を確実に育てるのか
- 単元同士や教科間で重複している学習はないか
- 理解が不十分な児童生徒へ、どこで学び直しの機会を保障するか
- 振り替えた時間が、どのような成果につながったかを何で確かめるか
- 児童生徒や保護者へ、変更の目的を説明できるか
「時数を守ったから質が高い」とは限りませんが、「時数を減らしても大丈夫だろう」という感覚だけでも判断できません。学習の目標、活動、評価をつなげ、実際の子どもの姿から検証することが必要です。
検証では、平均点や単元の終了時期だけを見ないことも大切です。授業への参加が難しい子、理解に時間が必要な子、日本語指導や特別な支援を必要とする子に、どのような影響があったかを確かめます。柔軟化によって選択肢が増える一方、支援を受ける機会が減っていないかを見る視点が欠かせません。可能であれば、児童生徒自身にも「学びやすくなったか」「時間が足りなかった学習はないか」を尋ねます。
6.明日の授業で始められる一つの準備
多くの学校では、今すぐ時数を変更する必要も、変更できる状況でもありません。それでも、明日の授業からできる準備があります。それは、授業の最後に「今日、子どもが何をできるようになったか」を一つだけ確かめることです。
振り返りの記述、短い確認問題、児童生徒同士の説明、ノートの一部分など、方法は簡単で構いません。教師が教えた内容ではなく、子どもに残った学びを見る習慣があれば、「この単元には本当に何時間必要か」「別の教科と一体的に扱える部分はどこか」を、経験や印象だけでなく根拠をもって話せます。
学年会や教科会では、一つの単元を選び、「目標に対して効果の高かった活動」「時間を使ったが成果を確かめにくかった活動」「別教科と重なる内容」の三点を共有してみます。制度導入を前提に結論を出す必要はありません。現在の教育課程を、子どもの学びから点検すること自体に価値があります。こうした小さな記録が、将来、学校として時間配分を判断するときの根拠になります。
これは、次期学習指導要領と学習評価で扱った形成的な評価にもつながります。また、時間の使い方を変える目的は、個別学習か協働学習かを選ぶことではありません。個別最適な学びと協働的な学びを組み合わせる視点も必要です。
7.現場が今、急いで決めてはいけないこと
調整授業時数制度は、教育課程を学校や子どもの実態へ近づける可能性があります。一方で、学校間格差、教科の学びの保障、教師の負担、説明責任といった難しい論点も残っています。
したがって現時点で、「次の学習指導要領では授業が減る」「この教科の時数を削れる」と決めつけるべきではありません。正式決定と審議中の案を区別し、2026年度末に公表予定の事例集や、今後の中央教育審議会の資料を確認する必要があります。
同時に、制度が決まってから慌てて教育課程を組み替えるのでも遅いでしょう。まずは、学校が育てたい子どもの姿、現在の時間配分の課題、学びの成果を職員間で言葉にすることです。学びを可視化する実践や、情報活用能力を教科横断で捉える視点も、その話し合いの材料になります。
参考資料
- 文部科学省「教育課程企画特別部会(第18回)配付資料」(2026年9月25日)
- 文部科学省「教育課程柔軟化サキドリ研究校事業に係る国としての取組について」
- 文部科学省「調整授業時数制度等の具体化について」
- 出水市立鶴荘学園「教育課程柔軟化サキドリ研究校」
最新の記事
性被害の打ち明けを「詳しく聞かなくては」と聞きすぎない|普通に教師を続けていくために、やってはいけないこと
Published管理職になったら家庭との両立はできるのか|受ける前に確認したいこと
PublishedOECD『Digital Education Outlook 2026』と生成AI時代のレポート課題|AI×教育と学校現場
Published Updated児童生徒の家庭事情を職員室の雑談にしない|普通に教師を続けていくために、やってはいけないこと
Published第22回 若手の「大丈夫です」だけで支援を終わらせない
Published
個別最適な学びと協働的な学びの基本
Published Updated
いじめ重大事態を視野に入れるときに最初に考えること|普通に教師を続けていくために、やってはいけないこと
Published Updated
こども家庭庁が虐待死亡事例を検証|通告後の対応で大切なこと
Published
引き受けたい仕事に向き合う
Published Updated生成AIで作った教材をどう見直すか|AI×教育と学校現場
Published自傷のサインを「気を引きたいだけ」と決めつけない|普通に教師を続けていくために、やってはいけないこと
Published
第21回 難しい保護者対応を若手一人に背負わせない
Published今からでも遅くない|次期学習指導要領で学習評価はどう変わるのか
Published13/50 校内の不審者を教員一人で確認しに行かない|普通に教師を続けていくために、やってはいけないこと
Published
01/100 今からでも遅くない|次期学習指導要領に向けて最低限でも知っておいてほしいこと:情報活用能力は「PC操作」だけではない
Published Updated
