国立教育政策研究所は2026年10月29日、「教員のウェルビーイングに関する実態調査第1波の結果(中間報告)」を公表しました。教員の働き方というと、在校時間や持ち帰り仕事の削減に目が向きがちです。しかし今回の報告は、勤務時間だけでなく、睡眠、私生活の時間、仕事への満足、成長実感、自己効力感、心理的安全性、同僚との相互支援などを含めて、教員が持続的に働ける状態を多面的に捉えています。
これは新しい義務や全国一律の制度変更を示す通知ではありません。3つの政令指定都市の公立小中学校を対象に、2026年6月に実施した第1波調査の中間報告です。結果を全国の学校にそのまま当てはめたり、特定の年代や性別をひとまとめに評価したりすることはできません。それでも、職員室で何を点検すべきかを考える材料として、初任者から中堅教員までに重要な示唆があります。
1.公表されたのは「第1波の中間報告」
今回の研究は、同じ教員の変化を3時点で捉えるパネル調査として計画されています。第1波は年度初めの2026年6月に実施され、第2波は2027年2月、第3波は2027年6月に予定されています。今後、年度末の変化や異動経験の影響などを検討する計画です。
したがって、今回分かったのは、あくまで第1波の回答に見られた関連や傾向です。例えば、心理的ストレスが高い教員ほど離職を意識する傾向が3市に共通して見られましたが、第1波だけで「何が原因で離職意向が生じたか」まで確定したわけではありません。報告書自身も、複数のウェルビーイングの次元に因果関係があるかどうかは今後の分析が必要だとしています。
教育ニュースを読むときには、「公表された事実」「調査から示唆された傾向」「まだ明らかになっていないこと」を分けることが大切です。今回は国の方針が決定したニュースではなく、今後の政策や学校改善に資する研究の中間報告です。
2.ウェルビーイングを三つの面から捉える
報告書は、教員のウェルビーイングを「身体的」「認知的」「社会的・情緒的」の三つの次元から捉えています。「気分よく働けているか」という一つの質問で測るのではありません。
身体的ウェルビーイング
労働時間、睡眠時間、ワーク・ライフ・バランスを基盤とし、心理的ストレス、仕事満足、離職意向にも注目しています。長時間勤務を減らすことは重要ですが、勤務時間が同じでも、休めるか、時間の使い方を自分で調整できるか、私生活の時間を確保できるかによって、負担の感じ方は異なります。
認知的ウェルビーイング
授業づくりや学級経営などの知的な仕事に集中し、自分の成長や手応えを感じられる状態です。報告では、知的エンゲージメント、成長実感、自己効力感が扱われました。単に業務を早く終えるだけでなく、「考える時間がある」「工夫が子どもの変化につながった」「自分の力が学校改善に役立っている」と思えることも、働き続ける土台になります。
社会的・情緒的ウェルビーイング
同僚や管理職との信頼、心理的安全性、相互支援、児童生徒との関係、保護者・地域との信頼などです。困ったときに助けを求められるか、異なる意見を出しても不利益を心配せずに済むか、自分が職員室の一員だと感じられるかが含まれます。これは「仲のよい職員室」をつくることだけではありません。必要な報告や相談が早く行われ、事故やいじめなどの兆候を組織で扱える学校の安全にも関係します。
3.勤務時間だけでは見えない課題
中間報告では、身体的な側面だけでなく、年代、学校種、職名などによって異なる傾向が示されました。小学校では私生活の時間を確保できていない割合が40代を中心に高く、中学校では20代から40代まで幅広い層で高い傾向が見られました。また、社会的・情緒的な側面では、30代の教員や中学校教員などに相対的な課題が示唆されています。
ただし、これは「30代は弱い」「中学校は雰囲気が悪い」と決めつける材料ではありません。3市の調査であり、肯定的回答が全体として多かったこと、背景要因は今後の検討課題であることも併記されています。属性を問題視するのではなく、自校で同じような困りごとが隠れていないかを確かめる入口にします。
特に注目したいのは、学校管理職と一般教員で学校風土の捉え方に違いが見られた点です。学校風土や協調的幸福感は、管理職の方が肯定的に捉える傾向がありました。「相談しやすい職場にしている」という側の認識と、「本当に相談してよい」と感じる側の認識が一致しているとは限りません。管理職の善意や制度の有無ではなく、教職員が実際に相談できたかを確かめる必要があります。
4.明日から確認したい職員室の4項目
この報告を「教員は大変だ」という感想で終わらせず、明日の実務に落とし込みます。大がかりなアンケートを始める前に、次の4項目を学年会や打合せで確認できます。
①時間――何時に帰ったかだけで見ない
退勤時刻に加えて、休憩を取れたか、考える時間を確保できたか、予定外の対応に仕事を中断され続けていないかを見ます。「早く帰りましょう」という呼びかけだけでは、持ち帰り仕事や仕事の密度が増えることがあります。まず一週間、予定外に増えた業務を各自が一つ記録し、学年や分掌でやめる・減らす・分ける対象を一つ決めます。
②成長実感――できていない点だけを返さない
若手への助言が、修正点の指摘だけになっていないでしょうか。「今日の問い返しで、生徒の説明が具体的になった」「保護者への連絡を早く共有できた」など、観察した事実と前進を短く返します。成果を過大に褒めるのではなく、本人が次の工夫を選べる材料を渡します。自分自身についても、退勤前に「今日判断できたこと」を一つ書けば、忙しさの中で失われやすい手応えを確認できます。
③相談――「何でも相談して」から一歩進める
相談しづらい人に「相談して」と言うだけでは変わりません。「授業」「児童生徒」「保護者」「業務量」のどれに近いかを選べるようにし、誰に、いつ、どの方法で伝えるかを明確にします。緊急時は管理職、授業なら教科や学年、健康面なら養護教諭や服務上の窓口など、相談の入口を複数にします。相談できる職員室をつくるで示したように、相談した人が責められず、相談後に放置されないことが重要です。
④相互支援――助けを個人の善意だけにしない
仕事のできる人が黙って穴を埋め続けると、その人の負担は見えなくなります。朝の打合せや学年会で「今日、一人では難しいこと」を一つ出せる時間を設け、誰が何を引き受けるかを明示します。同じ人に支援が集中していないかも確認します。温かい職員室と心理的安全性や、若手教員を育てる職員室も、助けを求められる関係づくりの参考になります。
5.調査結果を自校で使うときの三つの注意
調査結果を校内研修や会議で共有するときには、数字や属性だけを切り取らないことが大切です。
第一に、全国平均として扱わない
対象は三つの政令指定都市の公立小中学校です。自治体の規模、校種、職員配置、地域との関係によって学校の状況は異なります。「全国の教員はこうだ」と一般化せず、「自校ではどうか」を確かめるための問いとして使います。
第二に、属性を原因にしない
女性教員、30代、中学校教員などに相対的な課題が示唆された項目がありますが、性別や年齢そのものが原因だと結論づけた調査ではありません。家庭での役割、校務分掌、担任業務、支援の受けやすさなど、背景は複数考えられます。「この年代は大変らしい」と決めつけず、本人の話を聞き、業務と環境を確認します。
第三に、平均値で少数の困りごとを消さない
全体として肯定的な回答が多くても、個々の教員が困っていないことにはなりません。反対に、調査で課題が示された集団に属していても、全員が同じ状態ではありません。校内アンケートを行う場合も、平均点だけで判断せず、自由記述、個別面談、欠勤や時間外勤務の変化などを組み合わせます。回答を人事評価に使わないこと、回答者が特定されないことも明確にしなければ、率直な声は集まりません。
調査は、職員を分類するためではなく、支援の届いていない場所を見つけるために使います。結果を示して終わるのではなく、何を一つ変え、いつ確かめ直すかまで決めることが重要です。
6.個人のセルフケアだけにしない
睡眠、休養、運動などのセルフケアは大切です。しかし、業務量や役割分担、相談のしにくさが原因なら、個人に「気分転換を」「前向きに」と求めるだけでは改善しません。報告書が扱っているのも、個人の感情だけではなく、勤務、時間配分、学校風土、相互支援といった環境です。
本人ができることは、負担の事実を記録し、早めに共有し、守りたい生活時間を言葉にすることです。中堅や主任は、相談を受けたら自分だけで抱えず、役割と期限を確認して管理職につなぎます。管理職は、相談件数の少なさを「問題がない証拠」とせず、声を上げられない状況がないかを見ます。仕事だけで人生を埋め尽くさない働き方も、生活と健康を判断基準に戻すために併せてお読みください。
7.明日の一歩は「困りごとを一つ見える化する」
明日からできることは、職員室の雰囲気を一気に変えることではありません。まず、学年やチームで「今週、時間を奪っていること」「一人では判断しにくいこと」「助けが必要なこと」のうち一つを、3分で共有します。そして、誰が、いつまでに、何をするかを一つだけ決めます。
ウェルビーイングは、楽をするための飾り言葉ではありません。教員が考え、学び、支え合いながら働き続け、児童生徒に安定した教育を届けるための条件です。今回の中間報告を、個人の我慢や能力の問題にせず、時間、成長実感、相談、相互支援を具体的に見直す契機にしたいところです。
参考資料
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