第23回 ヒヤリ・ハットを報告した教職員を責めない

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「危ないところでした。でも、事故にはなっていません」

教職員からこの報告を受けたとき、管理職は何と返すでしょうか。「なぜ事前に確認しなかったのですか」「担当なのだから、もっと注意してください」と原因を確かめる前に責めてしまうと、次から小さな異常は上がってこなくなります。報告した人だけが叱られ、黙っていた人は何も問われない職場では、危険が見えないまま残ります。

一方で、「事故にならなくてよかった」で終えるのも十分ではありません。ヒヤリ・ハットは、児童生徒がけがをする前に学校の仕組みを直せる情報です。管理職の役割は、報告者を免責することでも、誰も注意しないことでもなく、まず情報を受け止め、危険を止め、事実を整理し、再発防止へつなぐことです。

文部科学省の「学校事故対応に関する指針【改訂版】」は、校内のけがやヒヤリ・ハット事例を教職員間で共有し、重大事故が起こる前に対策を講じる必要があるとしています。また「学校における安全点検要領」は、児童生徒、教職員、保護者、地域から気付きを集め、重点的に対策する場所を絞ることを示しています。つまり、報告が上がること自体が学校安全の重要な力です。

1.ヒヤリ・ハットは「失敗の告白」ではない

ヒヤリ・ハットという言葉を、「担当者がミスをしたが、たまたま事故にならなかった出来事」とだけ捉えると、報告は反省文になりやすくなります。しかし実際には、危険の背景に複数の要因が重なっていることがあります。

例えば、教材棚がぐらついていた場面なら、最後に触った教員の注意だけでなく、固定方法、点検項目、保管場所、児童生徒の動線、修繕を依頼する経路、予算措置まで見なければなりません。体育の活動で接触しそうになった場面なら、説明の仕方だけでなく、人数、場所の広さ、待機位置、用具の配置、補助する教職員の有無も関係します。

報告は誰かを捕まえるための材料ではなく、普段は見えにくい危険条件を見つける入口です。最初から個人の不注意に絞ると、学校として直せる設備や手順が見えなくなります。

2.報告者を責めると、学校から情報が消える

「報告したら長時間問い詰められた」「職員会議で名指しされた」「仕事ができないと思われた」。その経験が一度でもあると、次からは「大したことではない」「自分で直しておこう」と考えやすくなります。管理職には何も報告されないため、表面上は問題の少ない学校に見えます。しかし、危険が減ったのではなく、見えなくなっただけかもしれません。

特に若手や異動直後の教職員は、その学校でどこまで報告すべきか分かりません。忙しそうな管理職に声をかけることをためらい、「自分の判断が大げさだったら恥ずかしい」と迷います。ここで管理職が最初の報告を丁寧に受け止めれば、次の相談も早くなります。

文部科学省の安全点検資料も、ヒヤリ・ハットの気付きを気兼ねなく寄せられる学校安全の風土を重視しています。報告件数が増えたことを、直ちに「事故の多い学校」と評価するべきではありません。報告経路が機能し始めた可能性もあります。見るべきなのは件数だけでなく、報告後に危険が取り除かれたか、同じ事例が繰り返されていないかです。

3.「責めない」と「確認しない」は違う

報告者を責めない方針は、何があっても不問にするという意味ではありません。意図的な隠蔽、決められた安全手順の度重なる無視、児童生徒への不適切な行為などが疑われる場合は、別途、事実確認と適切な対応が必要です。

ただし、ヒヤリ・ハットを聞いた最初の場面で、故意なのか、知識不足なのか、設備や体制の問題なのかを決めつけることはできません。まず児童生徒の安全を確保し、危険な場所や用具の使用を止めます。その後、いつ、どこで、誰が、何をしていて、どのような危険が生じ、直後に何をしたのかを事実として整理します。

人への評価と出来事の確認を分けることが大切です。「あなたは注意力が足りない」ではなく、「開始前の確認はどの手順で行いましたか」「同じ用具を別の学級も使いますか」と尋ねます。原因を一人の性格に置かず、同じ条件なら別の教職員にも起こり得るかを考えます。

4.第一声で「報告してよかった」と伝える

管理職の第一声は、その後の情報量を左右します。まず「すぐに知らせてくれてありがとうございます」「けが人はいませんか」「今も危険は残っていますか」と返します。感謝は出来事を軽く扱うことではなく、早期報告という行動を支持する言葉です。

次に、緊急性を確認します。児童生徒の状態に不安がある場合は、養護教諭への連絡、保護者への連絡、受診や救急要請など、学校の危機管理マニュアルに沿って動きます。設備や場所に危険が残る場合は、立入禁止、使用停止、移動、掲示など、その場でできる暫定措置を取ります。

詳細を聞くのは安全確保の後です。職員室の全員が聞いている場所で事情聴取を始めず、必要な人と短時間で確認します。報告者が動揺している場合は、問いを一度に重ねません。「責任の話は今決めません。まず安全と事実を確認します」と伝えると、隠さずに話しやすくなります。

5.報告を三分でできる形にする

立派な様式を作っても、入力に二十分かかれば日常の気付きは集まりません。口頭、短いフォーム、共有シートなど、学校に合う方法で、まず次の五点を三分程度で残せるようにします。

  • いつ、どこで起きたか
  • 何をしているときに、何が起きそうになったか
  • 児童生徒や教職員への影響はあったか
  • その場でどのような安全確保をしたか
  • すぐに必要な支援や修繕は何か

「反省点」「本人の落ち度」を必須項目にする必要はありません。原因分析は、関係者が事実をそろえてから行います。また、簡易なヒヤリ・ハット報告で、自治体や学校が定める事故報告を代用してはいけません。けがや重大な危険がある場合は、定められた連絡・報告を優先します。

匿名で気付きを出せる入口を設ける方法もありますが、匿名だけでは状況確認が難しい場合があります。匿名、記名、口頭の複数の入口を用意し、緊急時はフォームを待たず管理職へ直接知らせることを共通理解にしておくと運用しやすくなります。

6.集めた情報を「対応済み」に変える

報告制度が形骸化する最大の理由は、伝えても何も変わらないことです。管理職は、受け取った情報を「今すぐ」「近日中」「設置者と調整」の三つに分けます。

今すぐ行うのは、使用停止や立入制限、代替場所の確保などです。近日中に行うのは、用具の配置変更、手順の見直し、点検項目への追加、教職員への周知などです。学校だけで直せない設備は、写真や状況を添えて設置者へ報告し、応急措置と改修の見通しを確認します。

そして、「報告を受け、棚を固定しました」「来週から活動場所を分けます」と結果を職員へ返します。個人名を広める必要はありません。何が危険で、何を変えたのかを共有します。報告が改善につながったことが見えると、次の気付きも上がりやすくなります。

7.会議では個人名より再発条件を扱う

職員会議や安全部会で事例を共有するときは、「誰がやったか」ではなく「どの条件が重なると起きるか」を中心にします。日時や学年など、個人が推測される情報も、共有目的に必要な範囲に絞ります。

検討する問いは、例えば次のようになります。「別の学級でも起こり得るか」「活動前に誰が何を確認するか」「用具や動線を変えられるか」「異常を見つけたとき、どこへ伝えるか」「対策をいつ誰が確かめるか」。対策は「注意する」「徹底する」だけで終えず、人が替わっても実行できる形にします。

全ての事例を長い会議にかける必要はありません。緊急度の高いものは即時共有し、軽微な気付きは月ごとに傾向をまとめます。同じ場所、時間帯、活動で報告が重なっていれば、個別の不注意ではなく構造上の課題として優先的に見直します。

8.管理職が明日から始める五つのこと

  1. 最初の返答を統一する。「報告ありがとう。けが人と残っている危険を確認します」を管理職間の共通語にします。
  2. 三分で送れる入口をつくる。日時、場所、状況、暫定措置、必要な支援に絞ります。
  3. 緊急報告との違いを示す。事故やけががある場合に誰へ直接連絡するかを明記します。
  4. 一件を改善まで追う。受領、暫定措置、本対応、確認日を簡潔に記録します。
  5. 対応結果を返す。個人を責めず、何を変えたかを職員へ共有します。

関連して、第20回「若手の失敗を『本人の問題』にしない」、第22回「若手の『大丈夫です』の捉え方の基本」、児童生徒の事故・けがを自己判断しないための記事、理科実験を慣れで進めないための記事も参考になります。

9.まとめ

ヒヤリ・ハットの報告は、学校の弱さを示す数字ではありません。重大事故になる前に危険を見つけたという、改善のための情報です。

管理職が報告者を責めれば、次の情報は届きにくくなります。反対に、何も確認せず「気をつけましょう」で終えれば、同じ条件が残ります。必要なのは、安全を確保し、事実を整理し、人の評価と仕組みの検証を分け、具体的な改善を返すことです。

報告しやすい職員室は、甘い職員室ではありません。小さな違和感を早く共有し、大きな事故になる前に組織で動ける職員室です。中堅、主任、管理職が「知らせてくれて助かった」と言えることから、その文化は始まります。

参考資料

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