悔しくて悔しくて、今でも忘れられない体験

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一番近くにいる先生を助けられなかった

悔しくて悔しくて、今でも昨日のことのように思い出すことがあります。

一番近くにいる先生を助けられなかった

ことです。
まだ私が経験年数が少ない頃の話です。
何て私は無力だったのだろうと胸が締めつけられます。

(個人が特定されないよう、フィクションを少し加えいます。ご容赦ください。)
同じ学年を組んでいた採用2年目の女性の先生(A先生と呼ぶことにします)がいました。
4月に初めてその先生に出会ったとき、その先生は一番輝いていました。
しかし、日に日に輝きはなくなり、年度末の3月に退職してしまったのです。
当時、学年を組んでいた教師は、「できる教師」ばかりでした。
その教師の一部(3人)が、A先生をいじめはじめたのです。

A先生が職員室にいない時に、A先生の悪口を言うのは日常となっていました。
A先生もそのことに気づき、職員室にはいづらくなっていました。
生徒指導のこと、授業のこと、相談したいことがたくさんあったはずなのに、相談できないようになっていました。
相談できる教師が周りにいなかったのです。
学年会議は、いつも重い雰囲気でした。
会議の終了時に、各クラスの担任から生徒指導の報告があります。
A先生はいつも、ダメ出しをされました。
「B君のことはどうなっていますか」
「Cさんの保護者から苦情の電話があったんじゃないの?」
「授業中、D君が言うことを聞かないのに、そのままにしていたの?」
このような感じで会議が進んでいくのです。
おそらく、その教師の方は「いじめている」という認識はなかったでしょう。
しかし、紛れもなく、やっていることはいじめでした。
当時の私は助けてあげることができませんでした。
まったく力がなかったのです。
見て見ぬ振りをしていたのです。
管理職に相談することさえできなかったのです。
学校外の公的な相談場所さえ、言ってあげることができなかったのです。
そんな中、決定的なことが起こってしまいます。
この年、スケートに校外学習としていくことになりました。
A先生も担任として、当然ついていくことになりました。
A先生も、学年で決まっていたので、生徒とともに一緒にスケートをしました。
スケートをしている最中、A先生は生徒とぶつかりこけてしまいました。
その時はすぐに立ち上がって、再びスケートを始めました。
周りも何もなかったかのように、校外学習は終了しました。
しかし次の日、A先生が学校を休んだのです。
理由を聞いて愕然としました。
「A先生は朝から少し体調が悪く病院に行きました。妊娠されているので、念のためだそうです。皆さんには、たいしたことではないと伝えておいてください」ということでした。
妊娠されていたのです。
それを、学年教師に言えずにいたのです。
妊娠した身体でスケートをしていたのです。
これを聞いたある先輩教師が、
「妊娠しているなら、言ってくれといたらよかったのに。」
と言いました。
「それを言えない雰囲気にしていたのは、お前のせいだろう!」
と、私は言い返すことができませんでした。

妊娠していることさえ言い出せない雰囲気

「A先生が、妊娠していることさえ言い出せない雰囲気」になっていたことは、私にも責任があるという現実。

やるせない感情、自己嫌悪の感情が今でも蘇ってきます。
これを聞いてから、どんなことがあっても、A先生を守っていける力のある教師にならないといけないと覚悟しました。
悩みを聞いてあげることはできましたが、具体的にA先生が楽になることを言ってあげられなかったのです。
3月にA先生がやめると聞いた時、涙が止まりませんでした。
もっと私に力があれば…
もっと私に勇気があれば…
もっと私に、優しさがあれば…

悔しさで一杯です。
それ以降、同じようなこと(教師による教師いじめのようなこと)があっても、毅然と対応できるようになりました。
どんなに主張が強い教師にに対しても、言えるようになりました。
しかし、A先生が辞めてしまったという現実は変わりません。
だから、私はこのブログを通して主張したいのです。
一番近くにいる人を助けられずに誰を助けるのだろうと。

ブログの根っこ

これは、私のブログの根っこの部分です。

A先生の授業はとても知的な授業でした。
毎日遅くまで残って、教材研究、生徒との対応をされていました。
心優しい生徒は、A先生のことを慕っていました。
こんなA先生を退職にまで追い込んだのです。
もう二度とこんな経験はしたくありません。
また、このブログを読んでくださっている皆さんにも経験してほしくありません。

一人残らずすべての先生が輝くこと

私の願いです。

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