児童生徒の腕の傷に気づいた。友人から「自分を傷つけているらしい」と聞いた。本人が「昨日、切った」と打ち明けた――。そのとき、「気を引きたいだけでは」「大げさにすると、かえって本人を刺激するのでは」と考え、しばらく様子を見ることは危険です。
自傷行為がすべて自殺の意図を伴うわけではありません。しかし、自殺の意図がないように見える自傷であっても、強い苦痛を抱えているサインであり、将来の自殺リスクと関連することが指摘されています。教師が動機を決めつけたり、一人で危険度を判断したりしてはいけません。
必要なのは、叱ることでも、安易に安心することでもありません。その場の安全を確かめ、つらさを受け止め、校内で速やかに共有し、保護者や専門家と連携して継続的な支援につなぐことです。本記事では、学校で自傷行為を知ったときに、教員が避けたい対応と取るべき初動を整理します。
1.自傷を「気を引く行為」と決めつけない
厚生労働省は、自傷行為について、つらい感情から逃れる方法がほかに見つからない、自分を罰したい、死にたいといった思いで行われる場合があると説明しています。本人にとっては、耐え難い心の痛みを一時的に和らげる手段になっていることもあります。
そのため、「そんなことをしても何も解決しない」「みんな心配するからやめなさい」「注目してほしいだけでしょう」と言うと、本人は理解されなかったと感じ、行為をさらに隠すかもしれません。発見されたことへの恥ずかしさや自己否定も強まり得ます。
まず伝えたいのは、「話してくれてありがとう」「それほどつらかったのですね」「あなたの安全を一緒に考えたい」という言葉です。行為を肯定するのではなく、行為の背景にある苦痛を受け止めます。教師の役割は、その場で原因を解明したり、本人に二度としないと約束させたりすることではありません。
2.自傷と自殺を同じとも、無関係とも決めない
自傷には、自らの命を絶とうとする行動の一部として行われる場合と、自殺の意図を伴わず反復される場合があります。外見だけで区別することはできません。「傷が浅いから大丈夫」「以前もあったから今回も同じ」と判断するのは危険です。
逆に、自傷を知っただけで本人の前で過度に動揺し、「死ぬつもりだったのか」と責めるように問い詰めることも避けます。落ち着いた場所で、現在のけがや体調、今も自分を傷つけたい気持ちがあるか、死にたい気持ちや具体的な計画があるかを、学校の危機対応手順に沿って確認します。尋ねることを恐れて曖昧にせず、誘導や詰問にならない聞き方をします。
出血が続く、意識や呼吸に異常がある、薬物を摂取した可能性がある、今すぐ自分を傷つける具体的な計画や手段があるなど、生命・身体への切迫した危険が疑われる場合には、本人を一人にせず、養護教諭・管理職へ直ちに連絡し、学校の緊急対応手順に従って救急要請などにつなげます。教員個人が医療的な重症度を断定してはいけません。
3.傷を無理に見せさせたり、詳しく聞き出したりしない
安全確認は必要ですが、本人の同意や尊厳への配慮を欠いて衣服をまくり上げさせたり、ほかの児童生徒がいる場所で傷を確認したりしてはいけません。傷の確認や応急処置は、学校の保健体制に沿って、養護教諭など適切な職員につなぎます。
また、方法や道具、回数を必要以上に詳しく聞き出すことも避けます。初動で必要なのは、現在の安全、医療的対応の必要性、再び行う切迫性、帰宅後を含む見守りの確保、背景にいじめや虐待などが疑われないかを把握することです。興味本位に受け取られかねない質問や、行為の細かな再現を求める質問は不要です。
本人が話せないときに、沈黙を埋めようと急がせる必要もありません。「今すべてを話さなくてもよい。ただし安全のために必要なことは、信頼できる大人と共有する」と伝えます。
4.「誰にも言わない」と約束しない
本人から「親にも先生にも言わないで」と頼まれることがあります。そこで秘密を約束すると、担任が一人で危険を抱え込み、必要な支援が遅れます。厚生労働省も、相談の秘密は大切である一方、命や健康に関わる場合は秘密にできないと伝え、保護者や相談機関、専門家と連携するよう示しています。
伝え方は、「勝手に広めることはしません。でも、あなたの命と健康を守るために、養護教諭と管理職には相談します。誰に、何を、どう伝えるかは一緒に考えます」とします。共有の範囲を必要最小限にし、本人を置き去りにしないことが信頼を守ります。
この点は、「子どもに『誰にも言わない』と約束しない」でも扱いました。本記事ではさらに、自傷を把握した後の安全確認と支援体制に焦点を当てています。
5.担任一人の案件にしない
文部科学省は2026年7月3日の通知で、深刻な自傷行為や自殺をほのめかす言動などを捉えた際、教職員が一人で抱え込まず、校長をリーダーとする校内連携型危機対応チームを組織し、危険度に応じて対応するよう求めています。
担任が情報を得たら、養護教諭、管理職、教育相談担当などへ速やかに共有します。必要に応じてスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、医療機関、教育委員会などにつなぎます。本人の発言、確認した事実、日時、対応内容、連絡先、次の確認時刻を、推測と分けて記録します。
チームでは、誰が本人のそばにいるか、誰が保護者へ連絡するか、医療・相談機関への接続を誰が確認するか、帰宅させてよいかを誰が判断するか、翌日以降に誰が面談するかを決めます。「共有したから終わり」ではなく、担当と期限まで明確にすることが必要です。
「2学期当初に教師が気をつけたいこと」で扱ったSOSの早期発見も、発見後の組織対応とつながって初めて支援になります。
6.保護者連絡を機械的に進めない
通常は、保護者と情報を共有し、家庭での見守りや専門機関への相談につなぐことが重要です。ただし、本人が保護者への連絡を強く恐れている場合には、その理由を確認します。家庭内暴力、虐待、強い叱責、本人の安全を脅かす事情が疑われるときは、担任が独断で保護者へ連絡せず、管理職や児童相談所などと対応を検討します。
保護者へ伝える際も、「学校で困った行為をした」という説明ではなく、「お子さんの心身の安全に関わるサインを確認した。責めるのではなく、学校と家庭、専門家が一緒に支えたい」と伝えます。傷の有無だけで安心せず、医療機関や相談機関への接続、家庭での見守り、危険物への対応などは、専門家の助言と地域の手順に沿って相談します。
いじめや虐待など別の重大事案が背景にある可能性もあります。自傷への対応だけで終わらせず、必要に応じていじめの初期対応や児童虐待を疑ったときの通告・共有の手順にもつなげます。
7.一度の面談で「解決」にしない
本人が「もうしない」「今は大丈夫」と話しても、それだけで対応を終えてはいけません。大人を安心させるためにそう答える場合もあり、気持ちや状況は変化します。自傷の背景が一つとは限らず、短時間の面談で特定できるとも限りません。
翌日、数日後、その後の節目で様子を確認し、本人が相談できる複数の大人を明確にします。欠席、遅刻、保健室利用、表情、友人関係、学業や進路の負担などを、必要な範囲でチームが共有します。見守りを監視にしないため、本人にも「心配だから、しばらく定期的に話す時間を取りたい」と目的を説明します。
周囲の児童生徒への対応も慎重に行います。うわさを広げず、本人の個人情報を守ります。複数の児童生徒に自傷が見られる場合も、集団で一括指導するのではなく、一人ひとりの背景を個別に確認します。
8.記録に評価や決めつけを書かない
校内記録には、本人の発言や確認した事実をできるだけ正確に残します。「かまってほしい様子」「情緒不安定」「家庭に問題がある」といった評価だけを書いても、次の担当者は状況を判断できません。いつ、どこで、誰が、何を見聞きし、本人がどのように話し、学校が何を行ったかを分けて記録します。
本人の言葉を記す場合は、意味を変えない範囲で発言として明確にします。推測を書く必要があるときは、事実と区別して「可能性として検討」と記載します。記録は支援に必要な関係者だけで共有し、個人のメモや私物端末に残しません。引継ぎでは、行為の情報だけでなく、安心して話せる相手、落ち着ける場所、これまで有効だった支援も伝えます。
記録の目的は、本人にレッテルを貼ることではありません。対応の連続性を保ち、危険の変化や支援の効果をチームで確認することです。
9.明日から学校で確認すること
- 最初の報告先を決める
担任が自傷を知ったとき、養護教諭・管理職・教育相談担当の誰へ、どの順に連絡するか確認します。 - 緊急時の役割を決める
本人への付き添い、保護者連絡、救急要請、記録、ほかの児童生徒への対応を分担できるようにします。 - 秘密保持の伝え方を共有する
「命と健康に関わることは、必要な大人と共有する」と全教職員が説明できるようにします。 - 専門家への接続手順を確認する
スクールカウンセラー、医療機関、教育委員会、児童相談所、警察等の連絡先と判断経路を点検します。 - 継続支援の担当を決める
初動の翌日以降、誰が本人と保護者をフォローするか、次回確認日まで設定します。
10.自傷を見つけた教師に求められること
自傷行為を知った教師に求められるのは、本人の心を一人で治すことではありません。「気を引きたいだけ」と軽視せず、反対に決めつけて大騒ぎもせず、安全を確認して支援のチームにつなぐことです。
真剣に話を聞く。命と健康に関わる秘密は共有すると伝える。本人を一人にしない。校内で直ちに共有する。保護者や専門家との連携を組み立てる。そして、一度で終わらせず見守りを続ける。この基本を、個々の教師の勇気ではなく、学校の仕組みにしておくことが必要です。
参考資料
- 文部科学省「令和8年7月3日 児童生徒の自殺予防に係る取組について(通知)」
- 文部科学省「自殺予防」
- 文部科学省「生徒指導提要(改訂版)」
- 厚生労働省「自傷行為や死にたい気持ちに気づいたら」
- 厚生労働省「『自傷』というサイン」
最新の記事
管理職になるか迷ったら、「向いているか」より「引き受けたい仕事」を考える
Published生成AIで作った教材をどう見直すか|AI×教育と学校現場
Published
第21回 難しい保護者対応を若手一人に背負わせない
Published今からでも遅くない|次期学習指導要領で学習評価はどう変わるのか
Published13/50 校内の不審者を教員一人で確認しに行かない|普通に教師を続けていくために、やってはいけないこと
Published
01/100 今からでも遅くない|次期学習指導要領に向けて最低限でも知っておいてほしいこと:情報活用能力は「PC操作」だけではない
Published Updated
12/50 頭を打った子を「元気そう」で活動に戻さない|普通に教師を続けていくために、やってはいけないこと
Published
11/50 校外学習の安全を旅行会社や施設任せにしない|普通に教師を続けていくために、やってはいけないこと
Published
第20回 若手の失敗を『本人の問題』にしない
Published
10/50 理科実験を「前にもやった」と慣れで進めない|普通に教師を続けていくために、やってはいけないこと
Published
日本版DBSとは何か|2026年12月開始前に教職員が知っておきたいこと
Published Updated
09/50 性的な冗談や不必要な身体接触を「親しさ」で正当化しない|普通に教師を続けていくために、やってはいけないこと
Published Updated
学校が「何を今さら」と言われる前に――世界の変化を現場へ届ける仕組みを変える
Published Updated
08/50 体罰を「厳しい指導」と正当化しない|普通に教師を続けていくために、やってはいけないこと
Published Updated
07/50 子どもに「誰にも言わない」と約束しない|普通に教師を続けていくために、やってはいけないこと
Published
