学校で児童生徒が倒れた、呼びかけへの反応がおかしい、呼吸が苦しそう、けいれんしている。こうした場面で、「まず保護者に電話して、救急車を呼んでよいか確認しよう」と考えてはいけません。
もちろん、保護者への連絡は重要です。しかし、緊急性が高いと考えられるとき、救急要請を保護者の了承が得られるまで待つことは、必要な処置や搬送を遅らせます。保護者に連絡がつかない、勤務中で電話に出られない、状況を説明して判断を仰ぐ間にも、児童生徒の状態は変化する可能性があります。
教師が医療上の診断をする必要はありません。必要なのは、校内の緊急時対応に従い、応急手当と119番通報を優先しながら、別の教職員が保護者へ連絡することです。今回は、救急要請、保護者連絡、管理職への報告をどの順序で進めるかを具体的に考えます。
1.「保護者に聞いてから」は安全そうで危険な判断
保護者に確認してから救急車を呼ぶ方が、家庭の意向を尊重しているように見えるかもしれません。しかし、学校で起きているのは、家庭から離れた場所で児童生徒の生命・身体を預かっている時間の出来事です。緊急時に学校が求められるのは、診断を待つことではなく、安全を確保し、必要な救命処置と救急要請を遅らせないことです。
文部科学省の「学校事故対応に関する指針」改訂通知では、事故直後は被害児童生徒への応急手当を最優先とし、119番通報は第一発見者を含め、誰でも即座にできる体制が必要だと示されています。管理職への報告より救命処置を優先することも、参考様式で確認されています。
保護者の了承は、119番通報の前提条件ではありません。保護者には、学校が把握した事実、現在の状態、実施した応急手当、救急要請の有無、搬送先などを、分かる範囲で速やかに伝えます。
2.教師が「救急車を呼ぶほどではない」と決めない
児童生徒が会話できる、立てる、出血が少ないというだけで、緊急性が低いとは限りません。症状が時間とともに悪化することもあります。反対に、軽い症状でも必ず救急車を呼ぶという意味でもありません。大切なのは、教師個人の経験や印象だけで決めず、学校の危機管理マニュアル、健康観察、養護教諭等の助言、119番の通信指令員の指示を活用することです。
意識や呼吸の有無が分からない場合、判断がつくまで通報を待つのではありません。119番通報をすれば、通信指令員から電話口で指示を受けられます。第一発見者が「自分が判断を誤ったら」と迷っている間に、応援を呼び、通報し、指示に従う体制が必要です。
明らかな意識障害、呼吸困難、けいれん、止まらない出血、重いアレルギー症状など、緊急性が高い症状では迷わず119番通報します。症状ごとの具体的な判断は、校内マニュアルや公的な救急情報を日頃から確認しておきます。
なお、「救急車を呼ぶと大ごとになる」「結果的に軽症なら学校が責められる」といった心配を、通報を控える理由にしないことも大切です。119番通報では、通信指令員が症状を聞き取り、必要な指示を行います。緊急性が高い兆候があるとき、後の説明への不安より、目の前の安全を優先します。結果として重症でなかった場合も、当時確認できた症状と校内基準に基づいて判断した経過を説明できるようにします。
3.第一発見者を電話係に固定しない
事故を最初に見つけた教師は、児童生徒のそばを離れず、反応や呼吸の確認、周囲の安全確保、必要な応急手当を行うことが基本です。その人が保護者、管理職、119番のすべてに電話しようとすると、児童生徒の観察が途切れます。
大声で応援を呼び、駆けつけた教職員に短く役割を指示します。
- 児童生徒の観察と応急手当を続ける人
- 119番通報をする人
- AEDや必要な物品を持ってくる人
- 管理職・養護教諭へ連絡する人
- 保護者へ連絡する人
- 救急車を校門から現場へ誘導する人
- 時刻と対応内容を記録する人
- 周囲の児童生徒を安全な場所へ移す人
少人数の場面では一人が複数の役割を担いますが、救命処置をしている人に電話や記録まで集中させません。校外学習では、引率者の携帯電話、現在地の伝え方、救急隊と合流する場所も事前に確認します。
4.119番では分かる事実を簡潔に伝える
119番通報では、まず救急であること、学校名と住所、児童生徒の年齢、何が起きたか、現在の意識・呼吸・症状を伝えます。緊急性が高い場合は、すべての質問に答え終わる前に救急車が出動することがあります。分からないことを推測して答える必要はありません。
「いつもの発作だと思います」「大したことはないと思います」のような評価より、「体育中に倒れた」「呼びかけに目を開けない」「一分前から全身がけいれんしている」など、観察した事実を伝えます。通報後も、通信指令員から再確認の連絡が入る可能性があるため、電話の電源を切らず、現場の近くで連絡を受けられるようにします。
通信指令員から胸骨圧迫やAEDなどの指示があった場合は、復唱し、現場の教職員と共有します。
5.保護者への連絡は救急要請と並行する
保護者への連絡を後回しにしてよいわけではありません。別の教職員が、救急要請や応急手当と並行して、可能な限り早く連絡します。最初の連絡で全情報をそろえる必要はありません。
第一報では、「いつ、どこで、何が起きたか」「現在どのような状態か」「学校が何をしたか」「救急車を要請したか」を伝えます。搬送先がまだ決まっていなければ、そのことを正直に伝え、決まり次第再度連絡します。
「救急車を呼んでもよいですか」と許可を求める形ではなく、「この症状のため、学校の緊急時対応に基づき119番通報しました」と事実を説明します。保護者が強い不安や怒りを示しても、誰の責任かを電話口で議論せず、児童生徒の安全と合流方法を優先します。
6.保護者と連絡がつかなくても対応を止めない
登録された連絡先に電話しても、保護者につながらないことがあります。その場合も、応急手当、救急要請、搬送準備を止めません。緊急連絡先を順に確認し、連絡した時刻、番号、結果を記録します。
救急搬送に教職員が同行するか、学校に誰を残すか、他の児童生徒への対応をどうするかは、管理職が役割分担します。保険証や医療証が手元にないことを理由に搬送を遅らせてはいけません。学校が保有する健康情報や緊急連絡票を持ち出す場合は、必要な範囲に限定し、紛失しないよう管理します。
連絡がついた時点で、搬送先、学校からの同行者、医療機関での合流方法を伝えます。
7.管理職への報告を待って119番通報を遅らせない
「校長の許可がないと救急車を呼べない」という運用は危険です。重篤な事態では、第一発見者や現場の教職員が119番通報を行い、その後または並行して管理職へ報告します。
管理職の役割は、通報の可否を遠隔で一から判断することではなく、現場の対応を支えることです。人員配置、保護者連絡、救急車の誘導、設置者への報告、報道・他の保護者からの問い合わせ対応などを引き受け、現場の教師を児童生徒のそばに置きます。
若手教員が通報した後に「勝手なことをした」と責めれば、次の緊急時に全員が許可を待つようになります。判断の振り返りは必要ですが、まずは生命・身体を守るために行動したことを組織として支えます。
8.時刻と事実を記録する
緊急時は記憶が曖昧になります。余裕のある教職員を記録担当にし、発見時刻、観察した症状、応援要請、119番通報、応急手当、AEDの使用、保護者連絡、救急隊到着、搬送の時刻を残します。
「ぐったりしていた」だけでなく、「呼びかけに返答なし」「右手が約二分間けいれん」など、見聞きした事実を中心にします。原因や責任について推測を書き足さず、後から記録を整える際も、当時のメモと区別します。
記録は、医療機関や保護者への正確な説明、学校設置者への報告、事後検証に必要です。責任回避のためではなく、児童生徒を継続して守るために残します。
9.搬送後も「終わった」にしない
救急車が出発すると、現場には安堵が広がります。しかし、学校の対応は続きます。保護者が医療機関に到着できたか、同行した教職員から新しい情報があるかを確認します。事故を目撃した児童生徒が動揺している場合は、必要な支援を行います。
事実関係が整理できた段階で、設置者への報告、保護者への追加説明、関係教職員の振り返りを行います。個人の判断ミスだけを探すのではなく、通報の基準が分かりにくくなかったか、連絡先は最新だったか、救急車の誘導に時間がかからなかったか、AEDや救急用品にすぐ到達できたかを確認します。
必要に応じて危機管理マニュアルを修正し、全教職員に共有します。
10.明日確認したい五つのこと
- 第一発見者が管理職の許可を待たず119番通報できるか
- 応急手当、通報、保護者連絡、記録の役割分担が決まっているか
- 校内のどこからでも住所や正門の位置を説明できるか
- 緊急連絡先と児童生徒の健康情報が更新されているか
- 救急隊を校門から現場へ誘導する方法を共有しているか
救急要請と保護者連絡は、どちらか一方を選ぶものではありません。緊急性が高いときは、救命処置と119番通報を優先し、複数の教職員で保護者連絡を並行します。「連絡がつくまで待つ」「管理職が来るまで待つ」をなくすことが、児童生徒の生命を守り、現場の教師を一人にしない組織対応につながります。
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参考資料
- 文部科学省「学校事故対応に関する指針【改訂版】」
- 文部科学省「学校事故対応に関する指針の改訂について」
- 文部科学省「心肺蘇生等の応急手当に係る取組の実施について」
- 厚生労働省「こんな時は迷わず119へ」
- 総務省消防庁「救急車の呼び方」
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